2回目 ――リ・ジューム――
あれからしばらく歩き、良さげな酒場があったから立ち寄った。
名を〈テリブル・ドケム〉――店内はありとあらゆるところに綺麗な絵画が飾られている。
もちろん、誰が描いたか分からないが綺麗だと思う。
流石、芸術都市。見ていて飽きない。
が、やけに人がいないのが気になる。
カウンターにはくせ毛でストレート金髪の女性が1人だけ。
ちょこんと行儀よく座り、料理をまだかまだかと待っているようだった。
しかし、あの後ろ姿。私はどこかで見たことある。
「ジョッキ一杯のさ」
「――注文以上!」
「昨日から酒飲んでないんです! 毎日、酒飲めるだけ飲むのがわたしのルーティンなのですから止めないでください!」
「ダメ! 絶対ェに止める! 依頼行く前だからッ!」
「この人でなしっ!」
「人じゃねェもん!」
殺伐とした雰囲気。
ハイネは声を|潤せ酒を飲ませてくれと訴えていた。
もちろん私はアルムの意見に賛成する。
でも、酒飲んで少しだけ緊張がほぐれるなら……。
ダメだ。ハイネの場合、限度を知らない。
限度知らない彼女が酒を飲んでしまい現地に着いてしまったら……、きっと酔った勢いで話すだろう。
しまいにオルォロロロロロ……とゲロを吐いてしまって……。
それを見た依頼人から依頼を断れてしまったら……。
――負の連鎖。
いけない、ハイネをそんな目で疑ってはダメだ。
「なんだよ」
「うるうる……」
ハイネはうるうると潤った目でアルムを見つめる。
目尻に涙を貯めに貯め、今にも放流しそうで、
「酒ぇ……、頼みたかったぁ……」
たった今、放流した。
おそらくアルムが全力で酒の注文を止められたからだろう。
だから、今滝のように涙を流している。
「この後、えらいヤツに会うんだろ? じゃあ、止めるしかねぇじゃねェか。依頼終わったらゆっくり飲もうぜ。俺、飲まねェけど……」
はぁ……とハイネがため息を吐く。
「それにしてもミュゼ・リアに来たのに……、ヴェールも来ればよかったのにニャ!」
「ほんとですよ! だったら、わたしが代表になることなんてなかったでしょうし!」
「こういう時ぐらい一緒に行動してくれるとありがてェんだけどなぁ……」
他愛もない話をしている中――バチンっとどこかで音がする。
まるで人にビンタしたかのような音だったから風が震えていた。
「もう一度聞くよ。今、ここにはお客様がいる。待っているんだ。そんな中、君は帰ろうとしている。どうして君は帰ろうとしているんだい?」
「……えっ……あっ……、今日はもう8時間働きました……。休憩もしてないです……」
「もう一度言うよ。お客様が待っている」
この声は奥からだろうか。野太い男の声とぼそぼそとしゃべる男の声……。
ぼそぼそとしゃべる男からは覇気を感じられず、ただ元気を失っているように感じた。
次の瞬間、――空気が弾ける。
「――お前は誠意があるからここで働かせてもらっているんだろ!」
明らかに一発目よりも強いビンタの音と酒場に怒声が響き渡る。
このお店、どうして人がいないか分かったような気がする。
「のろま! 無能! 給料泥棒! お客様がいる以上は1時間延長だ! バカ野郎!」
しばらくして、男が出てきた。
ふぅ……とさぞ、仕事をしたかのように
「ちょっとミャ―が行ってしばき倒してやるニャ!」
「待とうぜ! ここは」
アルムがニヤを止める。
目線の先にはカウンターに座っていた金髪女性が立った。
「なによ、なによ! なによっ! ワタシのご飯! まだ届かないんだけど!」
行儀よく座っていた金髪女がキレて、男の胸元に掴みかかった。
「お客様、落ち着いてください! 今、作ってますので……」
堪忍袋が切れたかのような声――この声どこかで聞いたことあるような……。
「本屋で会ったホワブロ女の声に似てる……?」
ふと、私は呟く。
思い出した。
あの髪の色は金髪ではない。白金髪だった。
――ぴくり。ホワブロ女の背中が動くと男を放り投げる。
次の瞬間、まるで獲物を見つけたかのように私のほうを振り向くと、
一瞬、――すぐ私の目の前に閃光の如く駆け寄ってきた。
「偶然! やっぱりアナタには運命を感じるわ!」
ホワブロ女の声がデカすぎる。それはもう耳の鼓膜が破れるほどに。
「アヤメ、あの女性誰ニャ? 知り合いニャ?」
「偶然知り合った」
「偶然知り合ったってキリエ……、アイツは――」
「みなまで言わなくていいわ! 何故なら」
ガチャリと奥の扉が動く。
「今日でこの店…………破壊します……。そうしたら、僕……働かなくてすみますから…………」
この声は奥から聞こえたぼそぼそとしゃべる男の声。
首には首輪がついていて、赤く光が点滅している。
やがて点滅が速くなり、
そして、
「――魔術書! 魔具召喚魔術!」
ホワブロ女が魔術書を出現させる。気持ちのいいほどの魔鉄の快音。
「対異世界特攻ナイフ――【A.D.S】」
彼女は瞬く間に男の懐に潜り込み、右に持ったナイフで首輪を下から切るようにかち割った。
そして、流れるような左の拳で腹パン。
見事、腹のみぞおちに当たったようで、そのまま気を失った。
この一連の動作――まるで、閃光の如く。
でも、この力の入れ方、殺さないように手加減している。
「ねぇ? ワタシの名前、教えたはずよ」
うむ……。
確かに名前を教えて貰ったはずだ。
だが、
「忘れた。ホワブロ女すまない……!」
ホワブロ女の顔が赤くなる。
「ワタシの! 名前は! ジャンヌ! ロメル! ジャンヌ・ロメル! ジャンヌ家七代目っ! ジャンヌ・ロメルっ! 絶対! 絶ぇ~っ対! 忘れるんじゃないわよっ!」
私の耳を劈くようなデカい声。
「あぁ……、大体覚えた気がする。ありがとう!」
彼女は彼女で真剣に名前を覚えて欲しいのだろう。
今度こそ名前を覚えた気がする。




