襲撃開始 ――ランペイジ・スタート――
太陽が真上に昇る頃、ギルド〈デイ・ブレイク〉一行は非公認ギルド〈テレス・アルレギオン〉アジトの目の前に転移していた。
ハイネの二日酔い。
ヴェールの寝坊癖と二度寝癖。
これら全て一緒に泊まってくれたゼネがすべて対処してくれた。
念のために彼女たちのことを考えて酔い止め薬と頭痛薬を事前に用意していたのだという。
有能すぎでは。そう思えるほどに彼女の準備は万端だった。
ゼネはまだ抱えている仕事があるということなので帰り際に非公認ギルド〈テレス・アルレギオン〉について伺った。
〈テレス・アルレギオン〉――この世界で救えない者を異世界に転生できることを信じ込ませて救済しようとしているわけがわからないギルドが存在しているらしい。
本当ならば、警備隊を派遣させてその場で処分するのが正式な対応らしいのだが、充分な証拠が揃っていなくて断れてしまったという。
――だから、ギルドが依頼として扱った。
ギルド管理条約26条『違法ギルドが解体処分に応じなかった場合、武力を持って処分する』に乗っ取り、ギルド〈デイ・ブレイク〉私に頼んだという。
そして、『エンデ・ディケイドと名乗る人物がいたら厳重に警戒、もし殺せるなら殺してしまって構わない』とだけ言って、ギルド管理協会へそそくさに帰っていった。
なんだかいつもの明るいノリと違う暗い雰囲気だったのが気になる。
それよりも、ヴェール。
なにが『明日は太陽が出る前に起きじゃぁぁぁあああ! さっさとカチコんで昼寝するぞ!』だ。
空を見上げれば一面の澄みきった青空が広がっていて、気持ちがいいほどの快晴だ。
――もう昼になってしまっているじゃないか!
私は自慢の黒髪をかきあげて青空を見つめる。
「私たち、いつもこんな感じで……、うっ……」
おろろろ……とギルド〈テレス・アルレギオン〉の入口で吐き続けるハイネ。
こんな調子で戦えるかどうか心配になってきた。
「やられたら嫌な嫌がらせです! これで解体してくれるでしょう!」
ガッツポーズをするハイネ――確かにやられたら嫌だけれども。
「そうじゃな……。 建物からは魔術無効化のバリアが塗られているようじゃ……」
一同が建物を目にする。
ギルド〈テレス・アルレギオン〉のアジトはこの世界に来る前の寺院を感じさせる。
どこかから漂ってくるお香の匂いは気持ちが安らぐような空気がしていた。
「見てくださいよ! あの像! ケイ・トラックに似ていますね! 確か、ファンタジー上の動物でしたっけ?」
ハイネが指を指したその先に景色とはまったく合わない石像が配置されている。
「大体はそうじゃな……、わざわざ作って置くなんて変な趣味をしておる」
「タイヤも造形されていますよ! 昔、読んだ『いせかいのとびら』を思い出すな~!」
「絵本なのに禁書になってしまったのが残念じゃったがな……」
私も見たことがあった気がした。
この世界に召喚される前に大事に読んでいた真っ白な本――
「不法侵入者だ! 異世界に転生するために全員捉えろ!」
ぞろぞろと敵兵が現れる。気づかない内に目の前まで迫ってきていた。
「どうやらノコノコと向こうから来てくれたじゃねェか!」
「充分、吐き終わりましたよ! 破壊魔術使いたい放題です!」
アルムは待ちわびたかのように肩をほぐし、ハイネはヴェールのほうを向いてガッツポーズをする。
2人は迫りくる敵の方へ向くと、
「魔術書!」」
並ならぬ魔力を持つ魔術書を瞬く間に出現させた。
「灰魔術 【灰に帰す】!」
「魔具召喚魔術 【獅子王の爪】シリーズ! 装甲発動!」
アルムの周囲に身に纏う武器が召喚されている間、ハイネは灰魔術を発動する。
すると、向かってきた敵兵の鎧、武器があっという間に灰になってボロボロと崩れてしまった。
「一瞬で俺の武器、防具が……」
「なんでまっ裸にされているんだよ……」
装備を灰にされた敵兵はすっぽんぽんで何もできなさそうだった。それはもう恥ずかしそうに。
デカい葉っぱを見つけ、大事な場所を隠すと安全な場所へ逃げるように走っていく。
その間、アルムは【獅子王の爪】と呼ばれる攻防に優れた鋭利な武器を両腕、両足に武装完了していた。
「女ごときに! やってやるぞォ!」
破壊魔術から逃れた敵兵はハイネの背後を狙って向かってくる。
「やぁぁぁぁぁぁぁあああああ!」
敵兵の気合を込めた叫び――必死な眼差しで向けられた殺意を槍に宿して腹を目掛けて一刺しを狙う。
――直後、鉄の音が鳴り響いた。
「――遅いぜ!」
アルムは目にも止まらぬ速さで右腕の【獅子王の爪】で槍を受け流すと、抜群の身体能力で身体をひねり、その場で敵兵に回し蹴りをした。
蹴り飛ばされた敵兵がアジトに突っ込むと、衝撃でなだれ込むように半壊する。
見ればあまりにも力業だった。
「女二人ごときになに苦戦してんの……! もっと兵力を回せ!」
アジトの外からまたぞろぞろと敵兵が現れ、アルムとハイネを回り込むように勢ぞろいしてく。
「先に行きな! 入口は作ったぜ! 露払いは」
「――私が引き受けます!」
「――俺が引き受ける!」
アルムとハイネが息と背中を合わせて言う。
「なら、我らは最奥へ行くぞ! キリエン!」
「了解!」
私とヴェールはこの場をアルムとハイネに任せて、2人作ってくれた入口から走り始めた。
最奥にはギルドマスターがいるだろう。
――覚悟を決める!
廊下にろうそくの炎がゆらゆらと揺らめく中でキリエとヴェールは最奥を目指してひたすら廊下を走っていた。
道中、敵兵が現れたりしたが切り払うだけで倒すことが出来た。
相変わらずヴェールがついてくるように走ってくるが、息を切らしているようだった。
靴も走るためのものではない――ハイヒールだ。
コツンコツンと廊下に音が響くおかげで、キリエよりも背丈が小さいヴェールがどこにいるかも分かるし、速度も調整できる。
「スピード落とそうか?」
「そんな心配……、目の前じゃ!」
私は旋風刃に魔力を込めると、刀の刃が風になるように消滅していく。
「――風魔術 【辻切り】!」
そう言うと、風の刃になりて流れるように目の前の敵を切り付ける。
私の目に切りつけられた者の苦しむ顔が横に映るが、お構いなしに走る。
ギルドからは殺せと言われていない以上は、アキレス腱や関節だけを狙って風の刃を飛ばして切っている。
じゃないと、犯罪者だ。
ギルド管理協会所属の暗殺者はギルドから暗殺対象になった時のみ、¨殺していい¨と判断できる。
だから、動けなくなるぐらいの致命傷を狙う。
しばらく、私とヴェールはひたすら走ると、最奥がすぐ目の前に現れる。
この扉を開けば、敵のギルドマスターがいる。
もし、エンデ・ディケイドがいたら――関係ない、切り殺すだけだ。
おばあちゃんの家で見たふすまのような扉をスライドさせると、
「かかったな! ドアホォ! 召喚魔術――」
私の足元に魔術紋章が浮かぶ――召喚獣が召喚される一歩手前で、
「前へ行け! キリエン!」
ヴェールは小さい足で私を蹴り上げ、魔術紋章の発動範囲から離された。
「――焼き滅ぼせっ! 【九炎狐フォクス・ナイン】!」
魔術紋章からフォクス・ナインが現れる。
真上にいたヴェールはそのまま流れるように丸吞みされ、アジトを突き破って天へ登っていった。
「噓……」
吹き飛ばされた私は態勢を整えても遅かった。
あんなに偉そうにしていたヴェールが、一瞬でやられてしまったのである。
――唖然。
ただこの一言に尽きる。
何も感じない匂いは一体、何だったのか。ただ単に調子に乗っている幼女だったのか。
「俺のフォク助がお前んとこの幼女を飲んじまったようだな」
敵ギルドマスターが憎たらしく微笑むのを見て、キリエは旋風刃を構える。
中段払いの構え――敵がどんな攻撃をしても切り払いで対応出来るように。
「お前はエンデ・ディケイドか?」
目の前の敵に名を尋ねた。
「ペテン・シストール! 名前だけ覚えて死ねっ!」
ゼネから聞いたエンデではないようだが、討伐対象を倒す目的ならキリエにある。
――対象を捕獲して、復讐相手の居場所を聞くこと! その目的なら何度でも戦ってやる!
キリエはそう思うと、敵の元へ駆け出した。
「魔術書!」
敵が魔術書を出現させると、
「呪魔術【骸囁き】!」
魔術が発動し、亡者を纏いし呪いのオーラがキリエのところに向かってくる。
駆け出している脚を止め、旋風刃にキリエの身体から流れ出る魔力を込める。
気持ちを落ち着かせ――打ち払う!
呪いのオーラを真っ二つになると、それるように飛んでいく。
ぶつかった先の壁が嫌なオーラを発した。
「このまま絶望して死ねぇぇぇえええ! お前は異世界に転生できないぃぃぃいいいいいいい!」
「エンデ・ディケイドはどこにいる?」
「質問、うるせぇんだけどっ! 今頃、何処かの村を焼いて異世界人でも探しているんじゃねぇのぉぉぉおおおおお?」
この男の先にムシャノ村を焼いた真実が待っている。――絶対に生け捕りにしてエンデ・ディケイドの場所を吐かせる!
「切る!」
私は旋風刃を構え直す。ヴェールの仇を取るために。