白金髪の聖女 ――ホワイト・ブロンド――
空が紅く染まる夕方頃、私はマナストリートを歩いていた。
流石、夕方というべきか、人通りが少ないように感じる。
それに冷えた風が心地よく、動きやすかった。
私の目的は本屋にある。
本屋に行って、芸術都市ミュゼ・リアの観光ガイドを買いたいのだ。
何故なら、――初めて行く土地だから。
折角、行くのだから初めて行く土地ぐらい今は何が名物で、何が美味しいか……?
私は知りたい。知らなければいけない。
心を震わせ、
胸を躍らせ、
腹の音がぐぅ~っと鳴った。
早く本を買って〈デイ・ブレイク〉に帰らなければならない。
ニヤが調理した夕餉をあったかいうちに食べたいからな。
そういえば――ヴェールが『明日まで秘密っ! 秘密の魔具じゃから!』と言っていた。
マナ・リアからミュゼ・リアまではざっと260kmぐらい。
行きたければウエストランド・ロードと呼ばれる整備された道を通らねばならないが、如何せん馬車が高すぎる。
「いらっしゃいませ!」
私はヴェールは一体、何を考えているのだろうか? と思考を張り巡らせて本屋に入る。
本屋の紙がまとまった匂い――好き。気持ちが落ち着く。
観光ガイドなら¨ろろべ¨がいいだろうか?と思うと観光本コーナーにまで歩き、ミュゼ・リアの文字を探す。
――あった!
私は手を伸ばすと――
「「あっ」」
いつの間にか、私の隣には紺眼でくせ毛のストレート金髪の女性がいた。
「ワタシが先だったでしょ!」
……この声……どこかで聴いたことがある。
しかし、顔を見れば初対面だ。誰が誰だか分からない。
「どうしたの? ワタシのことじっくり見つめて?」
「どこかで会ったことがあるだろうか……? 私に金髪の知り合いなんて」
「――金髪女ですって!? 失礼ね! ワタシの髪はホワイトブロンド!」
目の前のホワブロ女が逆上して私に怒ってくる。
私が言った言葉、もしかして地雷だったかもしれない。
「何よ、何よっ! 何なのよっ、もうっ! 不敬罪! だから、その本はワタシが買うのよ! よこしなさいっ!」
「私は明日、仕事でミュゼ・リアまで行かなければならない。どうしたら譲ってくれる?」
「――お客さま……!」
私とホワブロ女――息が合ったかのように後ろを振り向く。
店長と書かれたネームプレートを吊り下げた筋肉質の男が立っていた。
「お客様、本を補充するので落ち着いて頂いてよろしいでしょうか?」
急いで私とホワブロ女がどくと、本棚の引き出しから『ろろぶミュゼ・リア』がもう一冊取り出された。
「ウチは在庫量ならどこにも負けません。お困りごとでしたら店員に訪ねてください」
どんっと本を置く。
店長曰く、¨これでもう争うな¨ってことだろう。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
¨リンカネーション¨はアンティークなカフェテリア。
どういうわけかホワブロ女に連れられて初めて来た。
――連れられて……?
訂正する! ホワブロ女に肩をがっしりと力強く掴まれて無理矢理連れて来られた。
いきなり初対面の人に『ねぇ、カフェに行きましょうよ! なんかの縁かもしれないわ!』とよく言ってきた。
私は断ろうとした。
……「い」を言った時点で私の惨敗だった。それはもう醜く。圧倒的に。
あのホワブロ女『イエス!? じゃあ、行きましょう!』と言ってきた。
せめて、「や」まで言いたかった。
……まったく……、どういう脳ミソをしてるんだ……。
本屋の店長に怒られた後なのに、よく私を誘ってこられると彼女を見て感心する。
店内は午後だからか客は少ない。知る人ぞ知る名店なのかもしれない。
特徴といえば、おばあちゃん家に置いていた機械が壁に掛けられている。
……確かあれは……¨時¨を刻む機械のはずだ。
時を刻む機械が壁一面に掛けられてカチカチと時を刻んでいた。
店内は薄暗かったが、私たちは夕焼けに照らされたテラス席に座っている。
注文したアイスミルク・ティーというものを机に置き、ちょびちょびと少しずつ飲みながらホワブロ女を見ていた。
甘い――私、好みの味だ。
程よい砂糖の甘味と茶の葉の匂いが心地よい。気分が少しリラックスする。
ただ、目の前にホワブロ女さえいなければもっとリラックス出来ただろうに。
それだけが残念だった。
「アナタもミュゼ・リアに行くのね! 偶然!」
「あぁ……、偶然だな……」
会話が勝手に盛り上がってる。
「どこへ行くの?」
「気になったところ」
そういえば――彼女を見て気になったことがある。
このカフェに来るまで、一般人がホワブロ女を見るたびに会釈していた。
彼女、そんなに有名なのか?
確かにギルド管理協会に依頼を探しに来る女性と比べたら、天と地の差があるほど顔が整った女性だと思う。
「ホワブロ女は有名人なのか……?」
私が彼女に聞いた時、彼女は飲んでいたティーカップをソーサラーに静かに置いた。
「ひったくりよ!」
どこからか叫び声が聞こえる。
聞こえた方へ振り向くと、カバンを持った盗賊とそれを追いかけるおばあさんの姿だった。
「はぁ……」
ホワブロ女がため息をつく。
直後、顔が変わって――――何かを投げ飛ばした。
「痛いっ……! 腕にナイフが、カバンが刺さっ……た……」
「魔力が……抜け……」
叫び声が聞こえる。カバンを持った盗賊とそれを追いかけていたおばあさんだった。
2人の左腕とカバンには鉄のように黒く光るナイフみたいなものが刺さっている。傷口を見れば魔力が蒸発するように漏れていた。
おそらくは魔力が抜けきってしまったため。だから、2人は顔色を青くして意識を失い倒れてしまったのだろう。
「せ~っかく、休日満喫中だったのに! しょうがないわね! 魔術書!」
ホワブロ女が立ち上がると、魔術書を出現させる。
驚いた。こんな魔術書見たことがない。
まるで、幼い頃見た¨飛び出す絵本¨かのような厚みがある。
魔術書は人が出せる魔力の集合体のようなもの。
だから、彼女はかなりの実力者で変わり者であることが¨眼¨を通して分かった。
「あの2人――盗賊にカバンを盗まれたおばあさんと見せかけて、助けたらカバンでなにかする。いや、あれはただのカバンじゃない。カバン型の魔具……」
「よく分かったわね! カバンで人を吸い込んで、人身売買するつもりよ! 【檻籠】!」」
彼女は【檻籠】と呼ばれる魔具で倒れた2人を捉えると、魔術書に中に光として消滅させた。
「ごちそうさま。また、アナタとミュゼ・リアで逢える気がするわ! 何故なら、ワタシと同じ感じがするから」
彼女は振り向くと、やさしい笑顔を私に浮かべた。
もう一つ、ホワブロ女を見て思うことがある。
ヴェールとどこか魔力オーラが似ている。
この世界でまともに生きていたら発現しないような不思議な魔力オーラ。
もしかすると、彼女も――
「名前は……?」
私は帰ろうとするホワブロ女に名前を尋ねる。
「マナ・リア王国騎士団オルレアン部隊隊長のジャンヌ・ロメル。よぉ~く覚えておくのよ!」
「顔は覚えた。ホワブロ女」
マナ・リア王国騎士団の誰だかよく分からないが、とんでもないやつに顔を知られてしまった。
ティーカップに入ったミルク・ティーを飲み干すと、私は帰るために立つ。
〈デイ・ブレイク〉のみんなが帰りを待っている。
お土産話まで出来たことだしもう帰ろう。
私はホワブロ女が歩く反対の方角へ歩き出した。




