帰るべき場所 ――タダイマ――
身の回りの極光が粒子になって消滅すると、私はふぅ……と息を吐く。
「おっ邪魔する二ャ~!」
相変わらず私よりもニヤは元気だ。羨ましい。
ヴェールの転移魔術によってようやく〈デイ・ブレイク〉に帰れた。
ニヤの肩を借りないと歩けないぐらい、両脚、両腕の筋肉痛が酷い。
「――ボロボロじゃねェーか!」「――ボロボロじゃないですか!」
アルムとハイネがキリエを見て叫ぶ。
それもそのはず。
窓をふと見れば、うっすらと擦り傷だらけのキリエの姿が反響するように映っているから。
だから、2人が心配して駆け寄ってきていた。
「何があった……!?」「何があったんですの……!?」
アルムに左腕、ハイネに右腕を強く掴まれる。
こういう時は息が合うのかと少し微笑ましく思える。
私は答えようと口を開く間もなく、ニヤがニョっと視界に生えるように現れて、
「金髪チャラ男とクソ失礼ショタの襲撃にあったの二ャ! もぉ~、大変だったの二ャ! 何がまな板女二ャ!」
同意――金髪男は確かに強かった。
あんな調子が崩れる相手、今まで見たことがないどころか聞いたこともない。
雷を四方八方発射する楽器型の魔具には私を殺そうとする意思――つまりはあの金髪男が心の中で願い、念じたからこそあの挙動であった。
それに魔術で雲を作り出す少年。
彼もまた厄介な相手だと思った。
雷と雲――どう考えても魔術のシナジーが生まれている。
私にとって性格的に相性最悪な2人組であった。
運良くマナリア王国騎士団が2人を捕まえてくれたらしい。今頃、牢獄にいるはずだ。
おそらく、私が生きていく人生の中で今後、戦うことは2度とないだろう。
あってたまるか。
「マーリンじゃねェか! 久しぶり! 昨日はぐっすり眠っちまってよ~! ん……? 昨日の夜、何があったんだ……?」
「久しぶりです! 昨日は挨拶できなくてすみませんでした……」
「状況が状況だったし、別によかったニャ」
「そう言って頂けると、ありがたいです! それにしても、2年で凄い成長しましたね! 調理師になれそうですか?」
「魔術書! よいしょ……じゃーん二ャ!」
ニヤは魔術書を出現させると、調理師ライセンスを取り出した。
「「おおおぉぉぉお!」」
アルムとハイネが驚く。
カードには青白く幾何学模様みたいな柄が光り輝いている。
名前、歳、取得日、そして、謎の紋章が銅箔で箔押しされていた。
「この紋章は……?」
「この紋章は調理師のミシェランクニャ! ミャ―は取ったばかりだから〈ブロンザリオン〉ニャ!」
「〈ブロンザリオン〉の上もあるのか?」
「もちろん二ャ! 〈ブロンザリオン〉の上〈シルバリオン〉。その次、〈ゴルドリオン〉。そして、最上位、〈プラチナリオン〉二ャ!」
「そうか、ニヤは上を目指すのか……?」
「ニャア! どうせ目指すなら〈プラチナリオン〉! パパは〈シルバリオン〉止まりだったけど、ミャ―はパパの背中を追い越せるように頑張る二ャ!」
ニヤは屈託のない笑顔で私に言う。
「そうか……、追い越せるといいな」
「ありがと二ャ!」
夢があるって羨ましい。キリエの夢は汚れているように感じているから。
ニヤの夢が叶いますようにと願ってそう言った。
「「二ヒヒヒヒ……」」
突然、アルムとハイネが不敵に笑いだす。
すると、ニヤの尻尾がピンっと跳ねた。
一瞬――アルムとハイネの動きが目にも止まらないほど素早かった。
「スゲーじゃねェか! マーリン! 今日はマスターの代わりに喜ぶぜ! よしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよし……」
「もふもふです! もふもふですよ! もふもふっ!」
「――やめる二ャ! 触る二ャァ! 撫でる二ャァア!」
アルムに頭を撫でられて、ハイネに抱き着かれて、ニヤは嫌がる。
その証拠にニヤ族のニヤ耳がピクピクと動き、尻尾はビクンビクンと張っていた。
なんというか……、今なら帰り道でニヤがヴェールたちのことを迷惑客って言っていたことが分かるような気がする。
「っていうかどうして、おミャ―らが調理師になるって知ってるニャ……?」
「そりゃあ、店に行く度にマーリンの親父が¨ライセンス取って無事に帰ってきてくれるだろうか¨って心配してたんだぜ」
「そうだったのニャ……」
「そう言えば――」
私はおもむろに口を開くと、アルムとハイネがこっちを見る。
ギョッとした目――――なにかを察したなという目だった。
「ヴェールはどこにいる……?」
この一言で彼女2人の空気が変わった。
「あのロリニートはなぁ……」
「えぇ……」
おもむろに彼女2人は口を開く。
しばらくして、
「なっ――――なんじゃこりゃァアアアアアっ!? 甘ァアッ!」
聞こえる――奥からヴェールの声。
この距離ならキッチンだろうか。
声が聞こえた方へ脚をひきずりながら歩くと、キッチンでヴェールが料理の味見をしていた。
「ちゃんと適量分入れたはずなんじゃけどなぁ……」
「ヴェール……?」
鍋の中には茶色くドロッとした液体が入っている。
どこかスパイシーな匂いに鼻孔がくすぐられ、キリエの脳が思い出した。
――私のおばあちゃんがよく作ってくれた料理の匂いにそっくり。
「キリエンじゃないかっ!? おっ帰りぃ~!」
「あぁ」
ヴェールが私に気づく。
向かって元気よく笑顔で話しかけてきた。
「この匂いは確か……」
ふと、私の視界にヴェールの指を見る。切り傷だらけだった。
「結局、止められなかったから俺たちも一緒に作ったんだけど……」
「目を離しましたら……ねェ……」
アルムとハイネが申し訳なさそうにキリエに言う。
この料理が¨まずそう¨に聞こえるが、
「レシピ通りに作ったからちゃんと出来たはずなんじゃが!? ¨カレー¨を¨華麗¨に――」
「¨加齢¨の間違いだろ」
「おいッ!」
ヴェールがアルムのことをつっこむ。なんで、つっこんだのかは私には分からないが、それよりも目の前の料理が気になっていた。
「カレー。この世界にもあるんだな……」
自然と私の口からヴェールに溢れ出る言葉。まさか、この世界で食べれると思わなかったからだ。
「キリエンが喜ぶと思って、久しぶりに作ったんじゃぞ! 具材入ってないんじゃけれど……」
「それでも、作ってくれるだけでありがたい」
――ぐぅ~。腹の虫が五重奏に鳴る。
この場にいるみんな、お腹が減っているようだった。
その音を聴いたヴェールが私に向かって微笑む。
「よし、晩飯にするか! キリエン! 味に……自信はないが、でも、死なずに食べれると思う」
あんなにいつも自信満々なヴェールなのに、料理に関しては自信ないんだって思うとふふって笑ってしまう。
「キリエンまで笑いおって酷いじゃないか!」
「ヴェール、1つ聞いていいか……?」
「なんじゃ……?」
「おかえりって言われたら、なんて言えばいい……?」
〈デイ・ブレイク〉に帰ってきた時に言わなければいけなかった言葉があったはずと頭の中でずっともやもやしていた。
――いつからだろう。
あの日、ムシャノ村が燃やされてからだろうか。
帰る場所が無くなってから思い出せないあの言葉。
必死に生き抜こうと歯を食いしばり、その日その場暮らしで言わなくなってしまったあの言葉。
今後、この世界で生きてく限りこの言葉を言うことはないと諦めてしまった大事な大事な大切な言葉。
今なら思い出せると信じて、ヴェールに聞いてみる。
「そうじゃなぁ……、やっぱ¨ただいま¨しかないんじゃないか?」
「そうか……」
ヴェールの顔を見て、心が安堵する。
「ただいま」
なんだ。こんなにもやさしい言葉を私は忘れていたのか。
「「「おかえり」」」
アルム、ハイネ、そして、ヴェールが暖かい光の中で笑顔で言う。
今度は忘れない。忘れてたまるか。
今の私にはムシャノ村に負けないぐらいの帰る場所が出来たのだから。
/第三章 虚幻相体編・了
♢ ♢ ♢
晩飯を食べ終わる。
カレーのスパイシーな匂いにしてはやけに甘すぎるような気がしたが、私の気のせいかもしれない。
しばらくして、ニヤは上着のポケットから封筒を取り出していた。
「そういや、見てくれ二ャ!」
「ん……? なんじゃ……これは……? ゲッ……」
ニヤが封筒から紙を出して広げる。
そこには、『ギルド〈デイ・ブレイク〉に依頼する。太陽が7回昇る頃に芸術都市ミュゼ・リアに来てほしい。放棄した場合、全員、ギロチン処刑に処す! マナ・リア王国騎士団オルレアン部隊』とだけ書かれてあった。
「嫌じゃ! この仕事、やりとうないっ!」
ヴェールが涙目で叫ぶ。
しかし、相手がマナ・リア騎士団である以上、生きたければ逃げるという選択肢は絶対になかったようだ。
虫歯治療治りました!
治ったはずです!
奥歯ぐりぐり~って……。痛かった……(涙)
っと思っていたら喉痛めました……(涙)
コロナじゃなさげでよかったけど、絶賛、死んでます(涙)
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次回から最新章、¨歌衝争儀編¨が始まります!
プロローグのサブタイは
「私が決めた日 ――アイ・スクリーマー――」
です!
敵はもっとやべーヤツ!?
また、次回もよろしくお願いします!




