襲撃前夜 ――ビギニング・ボンド――
【キリエの思い出――14歳の記憶、ムシャノ村にて】
「キリエ、今日は森獣モーガメスを討伐しに行ってきます!」
清々しい天気にも負けないような元気のいい返事。絶好の狩日和だった。
ムシャノ村に拾われてから8年間、村の人たちに育てられながら、時に手伝いをし、時には狩りの仕方を教えられながら生きてきた。
そして、今日――キリエの初任務。ようやく村の狩の仕事を任せてくれた。
私には魔力がなかった――この世界で生まれた人間じゃなかったからだ。
しかし、ムシャノ村の人たちは暖かく迎え入れてくれた。
後で村の書物を見て分かったのだが、先祖も魔力が使えなかったかららしい。
きっと似た境遇だったから迎え入れてくれたのだろうか。
ムシャノ村の先祖は偶然、打ち取って領土を広げた村の住人に魔力を流し込んでもらい、魔術を身につけたものがいた。
魔力を持つ者と結婚をして子を生み、魔力を持つものもいた。
こうしてデカくなっていたのだと。
だから、ムシャノ村の人たちからエールを受けた。
『努力をすれば必ず身に付けられる。例え、才能がなくても諦めることだけはするな』と。
そう言われ、キリエは毎日の日が昇る頃、タケで出来た簡易的な刀を毎日、素振りした。
ご飯を一杯食べた午後からは、魔術が使えるように村の人たちに魔力を注ぎ込んで貰った。
いつか私も――魔術が使えるようにと信じて……。
そして、今日まで頑張って下級風魔術と刀を扱う抜刀術を身につけた。
私には超えたい背中があった――先に旅立った義姉――ホムラ・トモエ――を。
「気を付けて行って来るんじゃぞ! 死にそうになったらこれを使え!」
「煙幕玉だ! ありがとう!」
「生きて帰ってこれたらまたチャンスがある! 死にそうになったら帰ってくるんじゃぞ!」
村長さんが涙を流しながら言うと、向こうから母代わりのホムラ・ゴゼンが息を切らしながら走りながら小包を投げた。
「これ……! お腹が空いたら……食べなさい……!」
「これってご飯?」
「村伝統の食べ物、オニギリよっ! 『腹が減っては戦はできぬ』でしょ!」
「ありがとう! 狩ったら戻ってくる! 死にそうになっても戻ってくる!」
こうして私は森獣モーガメスを狩るために村を飛び出した。
あの日、見た村の人たちの笑顔を未だに忘れられない。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
「キリエ、ギルド加入お祝いと!」
「ゼネの奢りで!」
「宴じゃぁぁぁあああ!」
私は困惑しすぎてボーっとしていた――まだ、加入すると言ってないのに既に打ち上げが始まろうとしていたからだ。
でも、辺り狭しに何の肉か分からないステーキや魚介の刺身、果物が並んでいて、久しぶりに食事という食事にありつけて嬉しいかもしれない。
ここ一週間、マロリーメイト――魔力を高めるクッキーみたいなもの――だったから、腹がなって仕方がなかった。
ここまでの食事を用意したのはゼネだ。流石、黒三ツ星クラスの受付嬢は給料も違うということか。
人をどうしたら動いてもらえるだろうかと一手、二手先を考えながら彼女は働いている。だから、黒三ツ星クラスに最年少でなれたのだと勝手に推測した。
「あはははっ、酒! 酒が美味い!」
「その代わり、明日はしっかり働くんですよ!」
「流石、親友! 気が利くのぉ!」
ヴェールはゼネに乗せられて酒をグイグイ飲み進める。
幼女なのに酒を飲んでいいのかとツッコミを入れたくなるが、楽しくなっているから彼女たちはそれでいいのだろうとしておく。
「どうだ! 食が進んでいないんじゃないか? キリエン」
――きっ、キリエン!? まだ、出会って間もないのに愛称で読んできただとっ……!?
まるで、電気が流れてきたヴェールの一声で困惑してしまった。
「あっ……、ありがとうございます……。ごちになっています」
萎縮して敬語になってしまう。普段あんまり使わないのに。
「そうですよ~! こういう時~、人の給料で~食べるご飯は格別ですよぉ~! ヴェールとゼネさんにぃ……、ひっく……、感謝しましょうぅ~」
(ハイネ、酒飲ませたらダメなタイプだ……! ってか、酔って寝るのが早いし……! ご飯、まだ食べてないし……!)
こうして、不安な心を持たされた状態でギルド《デイ・ブレイク》のキリエギルド加入パーティが幕を上げた。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
寡黙に食べていたアルムが口を開く。
「なぁキリエ、外の空気浴びにベランダに出ないか?」
辺りを見渡せばヴェールとゼネは何やら話をしているようだった。
久しぶりの再開で話に花が咲いているようだったからそっとしておいたほうがいいかもしれない。
ハイネはすやすやと巨大瓶を片手にすやすやと寝ていた。
ってか、ご飯は食べなくていいのか……!? と心配してしまう。さっきまで熱々で湯気が出ていたのに、今はもう冷めてしまっていた。
「分かった」
そう言うと、その場に立つ。赤髮の彼女はニヤけると一緒にベランダに出た。
(明るい空気の中で誰とも話せずにいた。嬉しいかもしれない)
「ふぅ~、気持ちいい~、今日は星が綺麗だな~!」
アルムの声が解放された空間の中で響き渡る。
空を見上げれば、辺りに綺麗な星がところせましと並んでいた。
毎日、毎日、暗殺依頼をこなしていたキリエだが、空を見上げる余裕なんてなかったのだ。
――心から感動した。
「どうだ、ここの夜空は? ヴェールがギルドを建てるなら星が見えるいい場所じゃないとダメって駄々をこねたからな!」
「ヴェールはロマンチストなのか……?」
「ただ単に、綺麗なものを見るのが好きなんだとよ」
「そうか」
意外だった――あんな小さい幼女がこんな綺麗な夜空が好きだとは。
「なぁ、本当にお前、ギルド入るって言ったのか?」
「何故、それを……?」
どうやら私の顔に出ていたかもしれない。ポーカーフェイスができない暗殺者で恥ずかしいと心が赤くなるように沸騰しだす。
「せっかくの歓迎会なのに、辛気臭かったから絶対、裏でなんかあるだろう……って呼び出したんよ」
「バレバレだったのか?」
「まぁ、顔に出てたからな!」
アルムは赤くて綺麗な髪を揺らしながら私の方へ向く。
にっこり微笑みながら言う彼女を見て、やっぱり顔でバレてたのだと反省する。
「っで、入るの? ギルド《デイ・ブレイク》に? 給料は時たまにしか出ないぞ」
「考えたい」
「おっ! いい返事じゃねェか!」
「入ると言ってないのに……?」
「考えてくれているだけで俺は嬉しいよ」
「そうか……」
アルムが私に向けて力強い手を差し伸べてくる。どうやら、握手を求めているようだった。
「握手だよっ! 握手! ヴェール曰く、異世界の¨友達になる¨おまじないなんだと」
ムシャノ村の思い出が蘇る。義姉と喧嘩したら必ずと言っていいほど握手をしていた。
『喧嘩してもこれで友達! これで絆は揺るがないね!』ってよく義姉が言っていた。
「絆……か……」
私がなりたかったのは孤独な暗殺者なんかじゃない。
仲間と笑って一緒に生きられる人だったのかもしれない。