ニヤ族の少女 ――ニヤ・マーリン――
「失礼する。誰かいるか?」
トントンと今でも朽ちそうなドアを叩いても反応がない。
上を見れば、焼き焦げてしまった看板が不自然に右斜め下に傾いてしまっている。
食堂〈ニヤの尻尾〉だ。
私はヴェールに『どこにも行ってなければ、〈ニヤの尻尾〉にいるじゃろう』と言われ、入口の目の前に着いていた。
理由は、今日の晩飯を作れる人がいないからだ。
いや、ヴェールは自身持って『我、作る! 我、作る! 1人でできるもんっ!』と言っていたが、アルムとハイネが『『お前だけは作るのやめてくれ!』』と口を揃えて全力で止めていた。
ヴェールが作る料理がなんなのかキリエは気になるが、何故、2人が冷や汗をかいてまで止めるのかも気になる。
だから、ニヤを呼んでくれとこうしてキリエが来ているのだが……、やはりドアの反応がない。
――本当にいるのか……?
「了解。入るぞ」
キュロリィ……ときしむ音を出してドアは開く。
よかった。〈セフィラの扉〉と違い、まともに扉が開くようだ。
あれは殴り飛ばさなければいけなかったもんな。
少しだけ安心する。
中はどこか不気味な感じ。
焼き焦げたはずなのに未だに壊れずに立つなんてゾンビみたいだ。
――だが、面白い!
私だって暗殺依頼が来ない頃、不気味な心霊スポットに行っては月間ヌーで記事を書いて生き延びてきた。
これぐらいなら行ける! オバケでもなんでも来い! 相手してやる!
そう思って、ドアの先の景色を見ると、――外見とは裏腹に中は既に綺麗になっていた。
驚いた――記憶の中の〈ニヤの尻尾〉は燃やされて灰まみれだったからだ。
私の足を一歩、また、一歩踏み出せば、しっかりと歩ける。
料理を食べる机と椅子は燃えてなくなってしまったのか、でも、灰で汚れていたフローリングがつるつると新品同様のように光り輝いていた。
私は階段を足音を立てないようにゆっくり上がる。
ふと、上を見上げれば天井がなくなってしまっていた。
この前の火事で焼き落ちてしまったのか……?
「綺麗になったな……」
ふと、私は呟くと、
「ニャッ!? 誰ニャ……!?」
後ろを振り向けばニヤ族の少女が腰を抜かして驚いていた。
確か名は……
「ニヤ・マーリン……名は合っているか……?」
「ニャっ……ニャっ!? なんで知らないヒト族がニヤの名を……?」
私がそう言うと、彼女が目を丸くして驚く。
金色のオカミに黄色と緑色が混ざったかのような目。
ニヤ族特有のニヤ耳はキリエがこの世界に来る前の世界にいた猫という動物に似ている。
後ろの尻尾は激しくブンブンと左右に振りながら、彼女はキリエのことを凝視してくる。
瞳孔も開いている――キリエのことを警戒しているのか……?
しばらくして、
「思い出した! 昨日の夜のヴェールの新入り! あんなならず者暴れん坊ギルドにどうして入ったんかニャ!?」
地面を這うようにして私に詰め寄ってくる。
――猫だ。人の形をしているとはいえ、この動きは昔、幼い頃に見た猫にそっくりだ。
緑色の目はエメラルドのように輝かせている彼女は私のことを興味津々のようだった。
そんなに気になるのか……? なら、
「えっ……、あぁ……、ゼネの成り行きというかなんというか……」
と頭を掻きながら私は答える。
「本当にそれだけニャ?」
彼女は疑い深かった。
「私の運命が変わると思った。このギルドに入ったら自分が為すべき道を為せると思ったんだ……」
ポツリポツリ。
私の頭に水雫が当たる。
ふと、天を見上げる。
これは――¨雨¨……?
この雨、肌に触れれば人の魔力が少しこもっている感じがする。
それにどこからか¨雷¨の音も聞こえてくる。
今日の朝、アルムが読んでいた新聞に¨今日の夜は晴れる¨とそう書いてあったはず。
この感覚、嫌な予感。周りの風が嫌がっている。
――この現象、推測すると魔術によるもの! どこかに魔術師がいる!
「逃げろ! 1階に避難するぞ!」
「どうしてニャ?」
「――――死にたいかッ!」
ニヤの手を掴んだ刹那、一筋の雷光が私たちに襲いかかってきていた。




