修行開始 ――ストロング・ウィル――
「何故、手を繋いで歩いているのだろうか……?」
「別にいいじゃろ! キリエンに修行! キリエンに修行! フゥー! フゥ―!」
私は上機嫌なヴェールと手を繋ぎながら、木漏れ日が差し込む廊下を歩いていた。
あさげを食べ終わってから、修行しようと彼女の部屋――それも、アルムとハイネには言ったことも、連れてきたこともない秘密の部屋らしい。
「ヴェールの部屋、修行なんてできるのか……?」
「それはもう! とびきり! 素晴らしい! ウルトラハイパーロマンティック!」
――ウルトラハイパーロマンティックとは……?
最後の言葉の意味がまったくもって分からないと頭の中で宇宙のように広がっていく。
「アルムとハイネが連れてこれない修行をキリエは今からやるのか……?」
「じゃって、キリエンは異世界転移者じゃし……」
「異世界転移者じゃないと耐えられない修行なのか」
「キリエンに修行! キリエンに修行! フォー! フォー! フォー!」
――¨フゥ―¨が¨フォー¨に変わっているし。聞いてないし。
「ん……? 何かツッコミしたそうな顔をしておるな」
ヴェールがこちらを疑い深き顔でニヤニヤしながら……視界が歪んでいる。
まるで、――先が徐々に遠のいていくような感覚。
「この廊下、思っていた以上に長くないか……? 外からこの廊下を見ても、ここまで長いとは思えない」
――おかしい。
さっきまで、すぐに向こう側へ辿り着けると思ったのに、脚が、目が、長いと錯覚している。
脳が騙されるような、ふと、油断したら倒れてしまうような――そんな、気持ち悪い感覚。
魔力が抜けて――。
「――キリエン、集中しろ!」
ヴェールに強く握られる。
すると、私の身体に魔力が流れ――廊下は元の長さに戻った。
「まだまだ、魔力が足りないようじゃったか……」
絶えず彼女の魔力が流れてくる。
私を集中させるようなやさしい魔力。
「何かこの廊下に仕掛けてあるのか……?」
私は気になって質問した。
「ここから先はこの世界の人間に刺激が強すぎるものを保存している。外部の者に盗まれると¨マズイ¨からな」
「そこまでしてマズイのか……?」
「ン~。どうじゃろうか。ただ、精神、倫理観が狂うかもしれない。ディケ……みたいな人がこの世界に現れたら……。マズイじゃろ……?」
ヴェールの目は本気だった。
「さて、着いたぞ! まず、この扉を開けてもらう。名は〈セフィラの扉〉」
目の前に現れる古びて錆びた扉。
「異世界転移者なら開ける用に設計されている」
「なら、簡単に……」
「そうじゃといいのじゃがな……」
ヴェールが神妙な顔をする。
「じゃあ、我、もう疲れたから後は頑張ってね! バイビー!」
「――えっ……? 待ってくれ……! ヴェール……!」
彼女は廊下の入口まで走り去ってしまう。
沈黙する空気を感じながらキリエは困ってしまった。
見ると、木のレリーフが掘られており、赤、緑、青……といった綺麗な丸い宝石みたいなものが埋め込まれている。
それにドアノブが右側にあって――回せば開くということか。
試しに握って回してみようと手を伸ばす。
ふと、思い出す。
さっきの廊下、魔力を吸い込んできた。
きっと、この扉にも何かあるに違いない。触れたら何か起こるかもしれない。
何が起きてもいいように身を構えながらドアノブに触れて回した。
――が、何も起こらない。私の心配のしすぎだったか。
しかし、扉が開かない。
引いても、前に押しても全くもって動かない。
引っ張っても。
力を入れても。
やはり、扉は開かない。
ふと、キリエは考える。
魔力を扉に流し込んだらどうだろうか。
さっきの廊下だってそうだ。
魔力を意識に集中させないと辿り着けなかった。
だから、扉を開けたければ¨魔力がいる¨ということではないだろうか……?
そう考えると、右手に魔力を集中させてドアノブを回すと――扉から魔法陣が浮かび上がって――。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「っで、どうじゃ……? キリエン? アァッッッツ……!」
ヴェールは机を持って来て、白く綺麗なカップに紅茶を入れてティータイムを始めていた。
決して優雅とは言えないが……。
「駄目……。全くもって開かない……」
無理だ。全くもって開かないどころか扉から発する魔力衝撃波で吹っ飛ばされてしまう。
これを6回も繰り返して、頭が痛いし、視界もグルグル回っている。
こんな扉、どうやって開けたらいいんだろうか……?
「切り口はよかったと思ったのに流石に今じゃ駄目じゃったか……」
ふぅ……ふぅ……っとティーカップの中の熱い液体に息を吹きかけながら氷を入れている。
よっぽどさっきは熱かったのだろう。
「あっ……、気分転換に一緒に休憩はどうじゃ……? 頭、スッキリするぞ!」
「……キリエはヴェールと一緒に修行したい」
「もう既に始まっているのじゃが……。まぁ、いいか。キリエンは紅茶、飲める……?」
「えっ……? あぁ……」
彼女がそう言うと、飲んでいたティーカップをその場に置く。
私の目の前に新しいティーカップを置いて紅茶を入れる。
「キリエンは¨何も混ざってない¨紅茶が飲みたいそうじゃなぁ……」
左手から転移魔術を発動させると、ミルクパックを取り出す。
開け口を開けて、中に入っているミルクをコップの中に入れ始めた。
茶色く透き通った液体は乳白色に濁っていく。
「おぉ、すまない、すまない! 手癖でミルクを入れてしまった! キリエンが飲みたかったのは……¨何も混ざってない¨……紅茶じゃよな……?」
そう言って手をかざすと、魔力を流し込んでミルクを浄化した。
ヴェールは何か訴えたそうな表情で見つめてくる。
紅茶とミルクが混ざり合ってしまったものを一瞬にして元に戻す…………。
混ざりあった二つが元通りの一つに……。
「――キリエ、何だか分かった気がする!」
注いでくれた紅茶を一気に飲み干すと、魔力を身体全身に集中させてもう一度、扉に向かって走り出した。
廊下が魔力を吸ってくる。
ただ、今は真っ直ぐ進むことに集中しているから。
だから、視界が歪まない。
私はヴェールに修行を見てもらったら今よりももっと強くなれると思っていた。
――それは違う。
大事なのは私の力を信じて強くなりたいと願う心――ヴェールがいようがいまいがその心さえあればこれからもきっと強くなれる。
これ以上、目の前で私に関わってくれた人たちが殺されぬように強くないたい――だから!
「――――ありったけの魔力をッ! 注ぎ込むッ!」
身体に集中させた魔力を右拳に集め、扉を思いっきり殴り飛ばした。
「……ヴェール……、扉……開けた……!」
私はその場で寝転がる。
今、持っている魔力全てを拳に込めてしまった。
だから、身体が疲れてしまった。
「最高じゃな! キリエン! どうする……? また、おやつ休憩するか……?」
ヴェールが上から見下ろすように私のことを見つめてくる。
顔を見ればキリエでもわかる――上機嫌だった。
「また今度でいい……」
そんな彼女に私が出来る最大限の笑みと右手を握りしめ、親指を立てて前に出す。
どうやら、ガッツポーズというらしい。
昔、私が幼い頃、ホムラ姉ェに目的を達成したら、全力でやっていいポーズって教わった。
成長した私のガッツポーズをホムラ姉ェに見せられなかったことは後悔しているが、天から頑張ったねって褒めてくれるだろうか?
「なんじゃ、じゃあ修行終わったら明日、付き合うんじゃぞ!」
「よろしく頼む」
ヴェールが差し出した右手を私は掴むとその場にようやく立つことが出来た。
扉の先は奥が深くて暗い。
でも、この先に私を強くしてくれる修行が待っている。
そう思うと、自然と脚は深い闇の先へ――一歩、また、一歩と歩き出していた。




