ギルド ――デイ・ブレイク――
「ようやく来おったか! ゼネと若娘!」
ゼネに連れられて、ギルド〈デイ・ブレイク〉まで転移してきたまではいいが、目の前にはドヤ顔で存在主張する幼女が目の前に立っていた。
虹色に煌びやかと光る髪色にクリスタルのように透き通った目を見て、異世界転移するまでに読んでいた絵本を思い出す。
この世界に来る前におばあちゃん家で読んでいた表紙が真っ白の絵本の主人公に特徴が似ていたからだ。
「物」と「者」は違えど、どこか懐かしいような雰囲気――ギルドに入って早々なんとも言い難い気持ちになっていた。
いけない、まずは挨拶を先にすませたい。
「ギルドマスターはどこにいる……? 挨拶に行きたいのだが……」
きょろきょろと辺りを見渡すが、それらしき威厳がある人物はどこにもいない。
確認できたのは奥の机で泣きながら書類を片付けている灰髪でロングストレートの女性と、額に怒りを表しながらコチラに向かってくる赤髪で三つ編み一本にまとめた女性。
「どうも~!」
目の前にいる幼女が細い腕でひたすら存在をアピールしてくる。
「……どうも……」
この幼女は何者なんだ……? と思いながら、彼女に挨拶を返す。
まずはこのギルドのギルドマスターに挨拶したかったのだが――どんな相手や状況でも挨拶はしなければいけないと私のおばあちゃんが言っていた。
だから、例え目の前にいる幼女でも挨拶しないといけない気がしたのだが、――直後、赤髪の女性が耳を劈くような声で怒鳴り散らした。
「お前ェは溜まっている仕事! 机に大量に放置されている書類を片付けるんだよ!」
勢いよくこちらに向かってきた赤髪の女性は、五本の指に力を込めて握りしめて、幼女の頭の頂点向けてげんこつを飛ばした。
「――痛い! 痛いじゃないかアルムン! 我、挨拶したかっただけだもん!」
「――うるせェ! 挨拶は俺がやっとくからお前ェはハイネと仕事しろォ!」
頭を痛そうに撫でながら駄々をこねる幼女と背中を掴んで元の仕事場に連れ戻そうとするアルムンと呼ばれる赤髪の女性。
まるで、駄々をこねる姉と妹のようだ。
もしかすると、ここは姉妹で仕事しているギルドかもしれない。出しゃばったら全員に嫌われてしまうから、空気を読みながら出来るだけ影を消して仕事をしようと思う。
すると、ゼネがようやく口を開いた。
「ご紹介しますね! 奥のほうで泣きじゃくりながら仕事している方がハイネ・ディスト。彼女はなんでも灰にしてしまう灰魔術の使い手です! しかし、感情を制御できないので魔術のコントロールができません!」
「よろしくお願いします~」
ハイネは涙で潤った声で弱弱しく返事する。見た目が長身ですらりとしていて綺麗な方だった。
「さっきゲンコツを飛ばした女性がアルム・エーデ。彼女は筋肉強化魔術の使い手で常に殴ってます!」
「よろしく頼むぜ!」
アルムは勇ましい声でゼネに返事する。私と比べると身長は少しだけ小さいと思うが、やるときは徹底的にやるタイプだと思われる。
「よっ、声デカ暴力女!」
「誰が声デカ暴力女だ!」
デカイ声でゼネに怒鳴り込む。至近距離だったら私の鼓膜が破れていただろう。
「そして、アルムに掴まれている出来損ないのゴミ屑引きこもりニートなギルドマスターのなりそこないがヴェール・クリスタです!」
「我だって自己紹介したいのに! そんな言い方はないじゃろうが! ゼネ!」
――驚いた。
ゼネは酷い物言いだが、さっき目の前で目立とうとしていたあの煌びやかな虹色髪の幼女がギルド〈デイ・ブレイク〉マスターというのか。
「ちなみに、ヴェールんは五本指に入る最強魔術師です! 流石、私の親友です!」
「――あの幼女がゼネの親友なのかっ!?」
「――我のこと幼女って言ったっ!?」
私は開いた口が顎が外れたかのように塞がらなかった。
あまりの驚きにもしかすると、もしかしなくても、本心が口から出たかもしれないが、酷い言いっぷりの割にはあのゼネの親友だなんて……もしかしてヤバいやつなんだろうか。
目を凝らして彼女を見れば魔力や緊張感というものを全く感じられない。
下手したら昨日助けた少女のほうが魔力は大きかった。
魔力――人の体内エネルギーから発生されるもの。
人それぞれだが、火の魔術師だったら木が焼き焦げるような匂いがするし、アルムからは大地のようなやさしい土の匂いがした。
きっとハイネからは灰のような匂いがするだろう。
しかし、ヴェールはどうだ。
目の前にいたが、何も匂わなかったどころか、何も残っていない。まるで、虚無そのものじゃないか。
「ふふっ、凄いでしょ。ヴェールんは。これまでいろんな人と繋がってきたんですよ」
よく分からんがゼネが思い出に懐かしむように話す。
目が珍しく輝いていた。仕事を貰うために共にいたがこんな顔初めて見た。
「仲間だったのか?」
「そうですよ。やる気がなかったから戦力外通告されてましたけどね!」
「そんなやつがギルドマスターで大丈夫なのか?」
さっきまで饒舌に話していたゼネが突然、黙り込む。そして、
「ダメだからキリエさんが来たんじゃないですか~! キリエさんがギルドに入らなかったら明日で解体!」
「「「「えっ?」」」」
ゼネ以外のこの場にいる全員が同じタイミングで言う。
「解体ですよ!」
にっこり笑顔でゼネがトドメをさした。
ヴェールはアルムを振り払って、ばたばたと飛び込むように走る。
「ちょっ、待ってくれ! マジプレから予約していた魔術人形の請求をどうしろと言うんじゃ! 来月、届くんじゃぞ!」
「解体されるので払えませ~ん」
続けて、ハイネとアルムが首を突っ込んでいくように走る。
「人形よりも、給料ですよ! 給料! 今月、払ってないじゃないですか!」
「そうだぞ! 給料よこせェ! 給料も払えないのかァ! ロリニートォ!」
「――ロリニートとはなんじゃ! 声デカ暴力女!」
「解体されるので給料も出ないで~す」
「なっ……、なんじゃと……!」
沈黙する私とギルド〈デイ・ブレイク〉一同。ハイネに至っては灰になりかけていた。
ヴェールが口を開く。
「そうじゃ! さっき、この若娘がギルドに入ったら解体されないと言いおったな?」
「もう一つ、条件があります!」
ゼネはニヤリと眼鏡を光らせながら話を進めているが、私はニヤリとも笑えない。
――いつの間にか入る前提にされているからだ。
「明日、非公認ギルド〈テルス・アルレギオン〉に襲撃しに行ってください!」