『「光」と「闇」』 ――テイク・イット・オール――
「リリースッ! ニャァア!」
エンデの顔面にぶつけると同時に、透明で青白い魔力が通った糸が切られる。
¨止まれ¨の標識なのにぶつけた衝撃でくるくると回り続ける。
ヴェールが腰をかけて乗る魔具のボディは街灯に照らされて、白金に輝き続ける。
そんな魔具が私たちの目の前に止まると同時に、標識が地面に鈍い音を響かせて落ちた。
虹色に光り輝く2輪の車輪は魔力を失うと、私には分からない文字がなめらかな動きをして消灯する。
「馬車が未だに走る世界で自動二輪車とは……。いくら君でも世界観、破壊しすぎではないのかな……? クリスタ……?」
エンデは鼻を抑えながら、苦しそうに言う。
地面を見れば、ドス黒い赤い池が出来てるようだった。
「よいしょ……っニャ!」
マーリンというニヤ族の少女が二輪の魔具から飛び降りる。
「全員、無事か……!?」
ヴェールはそう言うと、ヘルメットを外して、きらりとした虹色の艶がある長髪をさらりとかきあげる。
必死で焦って来たかのような目――ぜぇぜぇと息を吐き続けていた。
彼女は不思議な白金ボディの魔具の席から降りる。
「遅ェんだよ! ロリニート! ん? 今はロリじゃねぇな……?」
「マーリンさん、無事に連れてこれたんですね!」
「――ほぼ無理矢理ニャ!」
アルム、ハイネ、そしてマーリンががやがやと話し出す。
しかし、ヴェールとゼネはエンデを睨みつけるようにして見ていた。
「随分、楽しくなってきたね……」
エンデは袴の裾からナイフを取り出す。
自分の心臓がある場所に突きつけると――
「――我がディケのことを目の前で死なせると思うか……?」
ナイフが地面に落ちる。
彼女のか細い腕とは裏腹に、ヤツの力強い腕を払いのけた。
ヤツは心臓をナイフで深く突き刺して自殺するつもりに見えた。
おそらく、鼻を酷くケガしたからなんだろう。
今までの行動を見て推測するならば、――1回死んで、自分の身体の調子をリセットした状態で蘇ること。
だから、ヴェールは阻止したと考える。
「クリスタ、君はやっぱり強くて安心する。君がいなければ僕は……、この世界で1番になれたというのに……、折角、異世界に転生したのにそれだけは残念だった」
エンデは顔をしかめ、舌打ちする。
「それほど世界が広いってことだ! もっと世界を見ろ!」
ヴェールの顔は必至だ。
ヤツを否定して、止めようとしているからか。
ヴェールとエンデ、2人は距離を取る。
「魔術書! ――極光虚無魔術! 無「光」ッ!」
「魔術書! ――無闇虚永魔術! 永「闇」……!」
2人は魔術書を出現させて、魔術を発動する。
ヴェールの光の魔術が、向かい来るエンデの闇の魔術がぶつかる。
私は何が起こったのか分からないまま光と闇の魔術のぶつかりによって発生した空間に飲み込まれた。
■ □ ■ □ ■ □
ヴェールとエンデだけが戦っている。
エンデはナイフで自殺をするため。
ヴェールはそれを食い止めるため。
お互い、魔力を使わず体術で目にも止まらないスピードでせめぎ合っていた。
私の身体が、目が、動かない。
意識だけが身体を離れ、2人を捉えていた。
周りも止まっている。
ゼネも、
アルムも、
ハイネも、
マーリンも、
動いている様子はなかった。
こんな感触は初めて――。
心は¨無¨。
でも、どこかで何かを吐き出し続けているような感覚。
なにがなんだか分からない状況。
これは――¨夢¨。
¨夢¨を見ている感覚に近い。
身体から意識がふわふわと飛んでいるような感じ。
私は¨夢¨と例えることにする。
しかし、今、ヴェールと組み合っているエンデからドス黒いオーラがより強く視える。
アルムからは視えないが、ハイネ、マーリンからは心が黒く視える。
なによりもゼネ――エンデに負けじとドス黒かった。
これが何を意味するか分からない。
――ヤツが魔術を使ったから……?
違う――深い深い心の奥から沸き出てくる邪悪な闇。
邪悪な闇を見つめていると、――――飲み込まれてしまった。
■ ■ ■
『やぁ〜い、魔~女、魔~女! 本ばっか読んでるヤツは魔女だぞ! 殺される前ににげろ~!』
人の声が聞こえ、目を開ける。
ついさっきまで発生した空間は何処へやら、キリエの目にはこの世界に来る前の世界が広がっていた。
手の平を握ってみても変な感覚はしない。
さっき感じていた意識がふわふわしているような感覚はもうなかった。
ふと、誰かの泣き声が聞こえる。
後ろを振り向くと、幼いキリエが机で泣いていた。
机の下には絵本が落ちている。足跡が汚くついていた。
――そうか、思い出した。
少年が3人だっただろうか。私はそんなヤツらにバカにされて泣いていた。
持っていた好きな絵本は全部奪われ、3人に踏まれ、挙句の果てに「魔女かどうか確かめる為の踏み絵で~す!」だと。
思い出しただけで精神にくる。
好きなものを否定されてとても悔しかったし、悲しかった。
そしてなによりも、大好きな絵本がバカ3人に踏まれ、キリエも心が痛かった。
だから、――目の前の幼い私は苦しくて苦しくて泣いている。
泣いたって友達いないから助けてくれる人なんていないのに。
――いや、違う、私が幼い私を助けるんだ。
ふと、
「魔女でもいい……」
幼い私に向かって呟く。
『えっ……?』
無残に散らばった絵本を両手で拾い集めながら、幼い私に勇気を授けられるように渡す。
「魔女ならバカにしたヤツ、全員、魔術で葬れる! 魔女になって、あのバカ3人を見返そう!」
「――――!」
幼い私が笑顔になって受け取った時、渡した絵本が眩い光となって包まれた。
□ □ □
意識を取り戻すと、魔力空間の身体への抵抗を無視して勝手に動いていた。
ホムラを止めるために魔力を全て使い切ったはずなのに、不思議と心の奥底で魔力がふつふつと湧き上がってくる。
なら、ヴェールがエンデと殴り合っている隙を狙って――――この一振りに全てを掛けて振り下ろす!
「――――なんだとッ!」
エンデの右肩に向かって旋風刃を振り下ろそうとしたところ、右手で受け止められて刀の衝撃波が発生する。
「――隙ありッ!」
エンデが私の方へよそ見した隙に、ヴェールの右ストレートがヤツの顔面にのめり込むように直撃して殴り飛ばした。
■ □ ■ □ ■ □
やがて、刀の衝撃波が荒れ狂う風となり、光と闇の魔術で発生した不思議な空間を吹き飛ばす。
「流石だな、キリエン! ディケ、負けだ! 大人しく足を洗え!」




