邂逅 ――エンカウント――
「なぁ……、ラァメンはまだかよぉ……」
「百合眼鏡に経費で落とさせない……。百合眼鏡に経費で落とさせない……。百合眼鏡に経費で落とさせない……。百合眼鏡に経費で落とさせない……。百合眼鏡に経費で落とさせない……」
アルムがはぁ……と思いっきりため息を吐きながら、肩の力を落としながら歩く。
それはもう、魂が抜けていておかしいくらいに。
それもそのはずだった。
依頼を終えた私たちはマナ・リアのメインストリートを歩いていた。
ゼネもついてきているから、ハイネは呪文のように「百合眼鏡に経費で落とさせない……」と壊れた機械のように繰り返していた。
ゼネは隣でうふふと笑っている。上機嫌だった。
「ってか、まだそのこと言ってんのかよッ!」
「百合眼鏡に経費で落とさせない……。百合眼鏡に経費で落とさせない……。百合眼鏡に経費で落とさせない……。百合眼鏡に経費で落とさせない……。百合眼鏡に経費で落とさせない……」
まだ、彼女二人との付き合いは浅いが、きっとアルムがハイネに突っ込むことはレアケースなんだろう。
ぐぅ……――私の腹から何もない悲しき音が鳴る。
今日はよく動いた。
恐らくは予想もつかないくらい魔力を使ったからだろうか。
少なくとも〈ニヤの尻尾〉での戦いを活かして風と同化した旋風刃の魔力をコントロールしたはずだった。
しかしだった。
ふと、左の手の平を強く握りしめれば、64枚に抑えても尚、魔力量が足りないと言わんばかりの痛みが私の左腕に襲ってきていた。
この手の力は――まだ非力。
技は完成したと思ったのに、あと何かが足りないと感じる。
目の前の敵を殴り飛ばしたいイメージじゃあ足りないのか……?
「キリエさん、どうかされたのですか……? 顔色が悪く感じますよ! 今日はやめますか……?」
ゼネが顔色を伺うように私を見てくる。心配してくれているようだった。
私は左手の手の平を感慨深く見る。
「いや、キリエは……もっと強くならなきゃいけない……。今日よりももっと強くなって、村の人たちの復讐を果たしたい……。それに……」
「それに?」
「今は共に生きたい大事な仲間が出来たから……!」
そう言うと、手の平を強く握りしめる。
強く握りしめたから筋肉がズキズキと痛むが、でも、仲間を守れるならこんな痛み、我慢出来る!
私はゼネの方へ振り向くと、握りしめた手を包み込むように握ってきた。
「少しは愛想が良くなりましたね!」
ニッコリと満足気に微笑んでいた。
包み込まれた手は温かく、夜の肌寒さが吹き飛んでいく。
聞くならこのタイミングだろうか……?
「一つ、気になることがある」
「なんでしょうか……?」
「何故、ゼネはキリエ専属の依頼人になった……?」
私は前から疑問に思っていた。何かがなければ有能な依頼人がつくとは思えないからだ。
当時のゼネでさえ金三ツ星クラス。たった独りの実績もない少女に近づく理由なんてないはずだ。
だから、私は彼女の心理が未だに分からなかった。
「そうですね……」
♦ ♦ ♦
ギルド管理協会から正式に依頼が受けられるようになるマスター・ライセンス発行試験に合格した日――ゼネ・コントルと出逢った。
私は確かに周りの試験者たちよりも強かったと自覚していた。
筆記試験では、ギルドマナーについてはよく分からなかった。だから、書けなかったが、魔獣の知識については筆記欄全て書くことができた。
終わると、「初心者にSクラスの魔獣の知識を求めるのかよっ!」だの、「徹夜すればよかった~!」だの、試験者たちによる文句言い合い大会会場になっていた。
魔獣討伐試験では剛毛猿バリゴングと戦わされた。
ムシャノ村にいた時に見た魔獣図鑑を見て育ったから、すぐに弱点を思い出して、風の魔術を身体にかけて加速しながら尻尾を切る。すると、バリゴングの肉質が柔らかくなるから、怒り狂っている内に首を切り落とした。
剣術組み手試験では、襲い掛かる組み手相手の動きを見ると、脇の締め具合がどうしても気になってしまった。
だから、私の剣を投げ捨てて、相手の剣を無刀取りし、そのまま寝技に持ち込んだ。すると、相手は気絶してしまい、どういうわけか観客席から歓声が沸き起こった。
試験が終わり合否が発表されると、私は無事に合格していた。
これでやっと入口に立てる。そう気持ちを昂らせ、いち早くマスター・ライセンスを発行しようと向かったところ――大勢の人たちに道を阻まれた。
服飾が綺麗なドレスを身につけているギルド。
キンキラキンで財宝を一杯身につけた煌びやかなギルド。
頑張って倒したのだろうと思われる魔獣の皮を身につけた強そうなギルド。
見るからに新しく結成したギルドから貫禄ありそうなベテランギルドまでもがキリエをスカウトに来ていたようだった。
私はやはり人が嫌いだった。見れば見るほど邪悪で真っ黒な邪なオーラが見えてしまう。
この世界に来て、ムシャノ村を燃やしてしばらくしたら、どういうわけか人の魔力オーラが見えるようになっていった。
だから、私は何も言わずに逃げ出したところ――いつの間にか、どこかの個室と目の前にギルド管理協会の女性がいた。
目の前の彼女は魔術書を消滅させる。
星が瞬くように消える魔術書なんて初めて見た。
恐らく彼女の魔力属性は〈宇宙〉――極めて希少で滅多に発現しない魔力を持っているようだった。
温かそうなコー・ヒーを優雅に飲んでいる女はただ、一言――「これからよろしくお願いしますね!」と言い、名刺とマスター・ライセンスをキリエに提示してくる。
この人――明るいけど、どこか悲しそうなオーラがうっすらと視える。でも、この人となら――やれる!
私は彼女を信用して名刺とマスター・ライセンスを受け取った。
ゼネ・コントル――これが私とゼネの初めての出逢いだった。
♦ ♦ ♦
彼女は天空を見上げていた。
私も一緒に見上げてみる。
空に広がる満天の星はキラキラと瞬いていて綺麗だ。
そう言えば、私は嫌なことがあると夜、星々を見ていた。
見たら私の悩みなんて星々の数と比べたらちっぽけなもの。
見ているだけで心がほんのりとやさしい光で包み込まれるような気がした。
これで、今日のことも――いや、まだ忘れられそうにない。
「最初の仕事仲間と約束したんですよ! 『私がいなくなっても孤独そうな少女くらい救ってやってくれ!』って」
ゼネがようやく口を開いた。
「キリエよりも前に仕事仲間がいたのか……?」
彼女は少し考えた素振りを見せる。すると、キリエの手を離して、
「――秘密です!」
唇に人差し指を置いてきた。
「なんだよ、キリエ。妬けてんのか……?」
「妬いてないし」
にひひと笑うアルムが肘でキリエの腹につっついてくる。ゼネはギルドに依頼を紹介する仕事をしているから別に不自然だとは思わないが。
それでも、どんな人だったか少しは気になる。
「あっ、この道を真っ直ぐですよ」
「百合眼鏡に経費で落とさせない……。百合眼鏡に経費で落とさせない……。百合眼鏡に経費で落とさせない……。百合眼鏡に経費で落とさせない……。百合眼鏡に経費で落とさせない……。――ハッ! もう着きましたの!」
相変わらずハイネは呪文を唱えるかの如く、ぼそぼそと呟く。
ゼネがそう言いながら指を指した先には、ノレンにラ、ァ、メ、ンと書かれた屋台みたいなものが見えた。
一人の喪服姿の男がノレンをくぐるようにして出てくる。
すると、さっき笑顔だったゼネは何処へやら。表情が崩れていった。
男がこちらに気づいて微笑む。
「おや、奇遇だね。君たちも来てたのかい……?」
気安く話しかけてくる男――どこか吐き気を感じる。
「なぁ、コイツと友達な――」
「――エンデ・ディケイドッ! お前が何故、ここにいる! 生きている!」
「元彼女には興味がないよ!」
エンデ・ディケイド――確かにゼネはそう言った。
ゼネは軽蔑する目で彼を見ている。
「なかなかの軽口だな! 俺たち、腹が減ってんだから、邪魔だぜ! お前ェ!」
アルムが肩を回しながら拳と拳を合わせる。
すると、ゼネが右手で止めるようにして、
「アルムさんは近づかないでください! 私が……片づけますからッ!」
エンデは気持ち悪く、私たちを見下したように笑い続けていた。




