灰に帰れ ――アッシュ・ナッシェ――
私たちは襲撃を受けたために魔術書を出現させた状態で即座に馬車から降りた。
――真横を横切るように2匹のお馬さんがヒヒーンと叫びながら走り抜けていく。
土埃が舞い、だらしなく舌を出しながら唾液をありとあらゆるところに飛ばしながら走る様子は自分たちが殺されぬように全力で走っていて……なんだか、見ていて可哀想だった。
馬車を見れば、お馬さんを縛っていた縄は切れていた。おそらくは弓の一撃によるものだろう。
果てしなく続く森林地帯を切り開いた1本道に使えなくなった馬車から放り出されたようだった。
敵はどこにいるか分からず、辺りを見渡せば草ばかりで――油断できない状況だ。
「魔具召喚魔術、【旋風刃】」
私は至近距離からの襲撃も遠距離からの弓撃も全て打ち払えるように魔術書から旋風刃を召喚し、警戒するように構えた。
(さぁ、どこから来る――どこからでも来い!)
「では、探知をはじめましょう……!」
ハイネは落ち着いた表情で呟くと、腰からコルクで蓋をした試験管のようなものを取り出す。
見たところ中には灰色の粒子が入っていて、夕焼けの光が綺麗に赤くガラス照らした
「弓の攻撃は気にしなくていいのか……?」
「気にしても、気にしたところで、彼らには無駄な抵抗ですよ」
綺麗な灰色の髪を輝かせながら試験管のコルクを外し、手のひらに一掴みぐらい出来る程の量を乗せていく。
「きっと、キリエさんとアルムさんが守ってくれるでしょうし、いざとなったら私が灰にしてしまいます」
そう言いながら灰髪の彼女は綺麗に淑やかにキリエに微笑むと、試験官の口を塞ごうとコルクを刺して腰にしまう。
――真正面から矢が飛んでくる。
しかし、口から出た言葉を守るよう手を前にかざした瞬間、徐々に徐々に矢のスピードが落ちてボロボロに朽ちてしまった。
いともたやすく簡単に灰にしたのだ。
「――始めましょうか」
彼女が真剣な表情に切り替わる――さっきの微笑みはどこへ行ったのやら、灰色の眼は真っ直ぐな眼差しをしていた。
「キリエさん、簡単な風魔術は使えますか? この手のひらの灰を飛ばすだけでいいんです」
「なら、簡単に飛ばすぞ」
左腕に少しだけ魔術書に魔力を込めて、
「風魔術――【風】」
右腕から魔力を持った風を放出した。
ヒュルヒュルとやさしく撫でるような風が右手の手のひらに乗ってる灰を満遍なく飛ばしていく。
すると、ハイネは手を払い、右足にマウントされた水筒を取り出しキャップを開けると、突然、水分摂取しだした。
ほんのりとアルコールの匂い漂って……――もしかして、水筒に入っていたのはお酒だったのか……?
彼女は一口、また一口とちょっとずつ飲み、蓋を閉めて、右足にまたマウントする。
「さぁ、やりますよ!」
頬をほんのりと赤くしながら、彼女は魔術書に魔力を込める。
「灰魔術! 【灰被り】!」
落ち着いた声でハイネが魔術を発動すると、辺りから灰色に感じ取れる魔力オーラが発生した。
「キリエ、ハイネを守るぞ! あの状態になると無防備だ」
「今、何をやっているんだ……?」
アルムが私に言ってくる。どんな魔術か気になって聞いてみると、
「人というか生物は心臓は動くだろ? 動けば¨灰¨が反応し、場所が分かる。だから、さっき風で飛ばした灰を使って敵はどこにいるか? 探しているんだ」
赤髪の彼女は自慢げに話を聞いて、だから、さっき灰を飛ばしたのかと勝手にキリエの中で納得した直後、灰色のオーラが強くなる。
「――見えました!」
ハイネはそう呟きながら目を見開くと同時に、胸の心臓をめがけて矢が飛んできた。
灰髪の彼女は両腕を勢いよく突き出して、
「灰魔術 【灰に帰れ!」
濃い灰色のオーラが両腕の中で塊となり、空気に波動が生じるように一筋の破滅の光が放出された。
森林地帯を一直線で通過する灰色の禍々しい光は、放たれている矢だけでなく、触れた木を朽ちさせて灰にしていく。
ついに、
「ギャァァァァァアアアアアアアア」
断末魔が遠くで鳴り響く――ついに矢を撃った本人に直撃したのだ。
キリエは【灰に帰れ】の発動によって、朽ちてしまった木の穴から遠くを見る。
弓を持った狩人は徐々に人の皮膚が灰になっていき、ついに追い剝ぎゴブリンの姿になって苦しみもがいていた。
ハイネの魔術の発動が終わり、灰色のオーラが消えていく。
「強いだろ? ハイネは」
「とてつもなかった」
アルムは自慢げに話しかけてくる。
語彙力を失ってしまうほど凄まじい威力だった。
その証拠に追い剝ぎゴブリンは既に灰になっていた。
「いっつも肩書きクソデカサボり魔に泣かされているが、あれでも一番弟子なんだぜ」
「そうなのか……?」
衝撃の事実に驚いた表情を見せたと思う――あの幼女とは扱う魔術の毛色が違っているからだ。
「おそらくはもう追い剝ぎゴブリンの領域でしょう」
真っ直ぐと魔術を発動した方向を見つめる彼女を見ると、よく見てれば確かにあの幼女の残り香を感じる。
なんだか泣く姿よりも、酒飲んでゲロを吐いているよりも――見ていてかっこよかった。
「もし、あの弓使いが村へ追い込むように矢を撃ったと仮設を立てるなら、この道の先に追い剝ぎゴブリンの村が存在する……うっ……」
「――ハっ……、ハイネっ……!」
ハイネがその場でゲロを吐き出す――ついに、アルコールという効果が切れた合図だった。
キリエは即座に彼女に駆け寄り、背中をさする。
なんだかんだでいつもと変わらないハイネで安心する。
「ハイネが落ち着いたら歩いて向かおう! みんなで不幸の連鎖を断ち切りに行こう!」
私がそう言うと、彼女はニッコリ微笑んだ。




