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異世界転移ノ魔術師々  作者: 両翼視前
第二襲 災炎嵐龍編
17/85

「守る」ということ ――スタンドアップ――

 (キリエ)はふと、思い出す。


「私は〈ニヤの尻尾〉を守れなかった……」


 ヴェールと共にウサギの形に切ったコリンを食べた後、口から言葉となって吐き出してしまった。

 昨日は、散々な日で守りたい命を守れなかったからだ。


 手のひらをじっと見ても、ギュッと強く握ってみても答えは出てこない――考えれば考えるほど今までにないくらいに天井を見てしまっていた。


 考えても考えても出てこない答え――キリエはなんのために暗殺者をやっていたんだ? ムシャノ村の復讐を果たすためでもあるし、力を持てない人間を守るためになったのだと思う。


 でも――目の前に仮面の女が現れ、もしかすると義姉かもしれないと思うと、心が自由に動かなかった。

 殺すことよりも、私が生きられるような防衛的な戦い方になってしまっていた。


「何をいまさら……」


 部屋の椅子に座りながらヴェールはキリエのことを見つめる。


「どうせ、我たちが間に合ったところでそこにいた人たちは死んでいた」

「…………」

「それでも、我たちの思い出を……、場所を……仮面野郎から一矢報いるために戦ってくれた。そこに意味はあるんじゃないか?」

「キリエは仮面の女を傷つけただけだ……」

「それでも、なにもしないよりもましじゃ」

 ヴェールが椅子から離れるとキリエの方へ向かってくる。

 物腰を柔らかくしてやさしく包まれるような声色で話しかけられると、なんだか涙が出てしまう。


「罪もなく死んでった人間は――」

「――少なくとも、例えば、我がなにもできずに殺されて、やり返してくれたならありがとうと言う」


 小さな幼女は身体を抱いて頭を撫でてくる。

 あんなに普段、無茶苦茶に〈デイ・ブレイク〉のみんなに命令する見た目幼女な彼女がだ。


「撫でるのやめてもらえないか?」


「誰に対しても撫でられるのが幼女の特権だぞ! キリエンが元気になるまで我はやめない!」


「はぁ……」


 私はため息を吐く。やさしく安心するような――そんなため息。

 心は恥ずかしいけど嬉しかった。

 転んで擦り傷を剝いて涙を流していたとき、おばあちゃんに撫でてもらった時ぶりだろうか。


「だから、落ち込むな! ――一番、頑張ったキリエンが落ち込んでいると我も悲しい」


 暖かい――この一言ですむような暖かさが手のひらの温もりにあった。


 ヴェールも似てる――悪びれないようなドヤ顔をしながら撫でているのだが、小さくて可愛い手のひらはおばあちゃんに負けないほどじんわりとした暖かさがある。


 ヴェールは撫でるのをやめて、キリエからそっと離れていく。

「だから、いつまでもうつむいていないで前を向く! 次の仕事、ゼネから依頼されているから明日、元気になったらキリエンも行くぞ!」


 宝石のようなキラキラとした笑顔で微笑む。


「キリエはヴェールと一緒に食べるお子様ランチ楽しみにしていた。初めて友達と食べる昼飯くらい笑顔で……」


 私は拭えない気持ちをこの部屋から離れていく幼女に訴える。


「そうか。なら大丈夫じゃよ!」


 あっけにとられた顔でヴェールの背中を見る。


「調理師の娘がいる――一年前、おやっさんが笑顔で『娘が俺の後を継いでくれる! 俺が死んだらよろしく頼むぞ!』って笑顔だった」


 ヴェールが私の方へ振り向くと自信満々な微笑みで、

「だから、我は依頼に同行せずに娘の様子を見に行こうと思う。3人で追い剝ぎゴブリン討伐頼んだよ!」


 希望に満ち溢れた声色でそう言うと部屋から出ていってしまった。


 いつまでもいつまでも過ぎ去ったことでくじけてられない。


 自分の手のひらを開いて、もう一度ギュッと握りしめる。


 次は――次こそ、ちゃんと罪のない人たちを守ろう! そのために暗殺者になったのだから。


 次の依頼に備えて、今はしっかり休もうと涙を拭き、また布団に潜り込んで瞳を閉じた。

 しばらくしたら、この胸も、地面に落ちた涙も次第に消えていくと思う。

 あんなに小さくて綺麗な見た目の最強幼女に励まされたんだ――いつまでもいつまでも嫌な思い出なんかに負けてられない。


♢ ♢ ♢ ♢ ♢


 私のムシャノ村から貰った大切な着物のような衣服は机の上に綺麗にたたまれていた。


 洗濯もしてくれたのだろうか――石鹸の香りがして綺麗な気持ちになっていく。


 きっと、みんながヴェールに文句言いながらやってくれたのだろう。

 そう思うと――なんだか嬉しい。

 流石、2日も眠れば、身体は元気になるのかすこぶる調子が良かった。

 魔力の使い過ぎによる身体のけだるさも激しい動きによる筋肉痛も――全て綺麗さっぱりなくなってしまった。


 手に甲を守るためのグローブを通すと、強く握りしめる。


 これなら――次、仮面の女が来ても戦える! 次は仮面を引きはがして義姉かどうか確かめてやる!


 私は部屋から飛び出すと、依頼に行くのにまだかまだかと待っている仲間(とも)の元へ向かった。

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