〈ニヤの尻尾〉にて ――ヘル・フレイム――
【ホムラ視点】
退屈。私は〈ニヤの尻尾〉で座りながら、注文したコー・ヒーを眺ているだけ。
今日は異世界転生教の重役と待ち合わせだ。昨日の夜から刈り取った命の取引をするためである。
コードネームはハシュウという者らしい。
こんなマナ・リアの目立つ場所じゃなくてもと思うが、彼曰く『デートしたいから』らしい。
ムシャノ村が焼き滅んでからというもの、異世界転生教に入るとは思わなかった。
依頼先で読んだ『いせかいのとびら』に興味を持ったからである。
世間はファンタジーだとからかうが、村の歴史書物を見れば本当のことだと思った。
昔、村の人間の魔力がない理由が、別世界に来た人間だとしたら――話がまとまる。
だから、一刻も早く人間の命を集めて異世界に行きたかった。
この黒い混沌から登っていく湯気のように異世界転生してしまいたかったのだ。
ふと、足音がする。
「そこのお姉ちゃん、俺ら今から会計なんだけど。よかったら奢ってあげるよ」
三体の男はゲスな笑いを浮かべて立っている。
「ひぃ、ふぅ、みぃ……」
私は小枝のように細い指で数えながら、相手の特徴を見ている。
1体目は細長い男――服から使い古した雑巾のような腐った匂いがする。
2体目は太っている男――歯が黄色いし、金歯もついてる。
3体目は中背中肉の男――靴に穴が開いてる。残念。
(ダメね――全員、タイプじゃない)
私は乾いた唇をペロリと舐めると、席から立ち上がる。
「じゃあ、私が3体分払ってあげる――これで帰りなさいよ」
3枚の金貨を空中に投げる――男3体は金貨に注目して顔を上げた。
私はポケットから魔力を持たないサバイバルナイフを取り出すと、
――刹那の速さで、男3体の首付近の空気を切りつける。
3枚の金貨が地面に落ちた――。
「金貨じゃないか!」
「マジかよ! お姉ちゃんお金持ちなんだな!」
「金貨って重たいんだな!」
3体の男は心が飛ぶほどに金貨を拾いに行っていた。
「えぇ――でも、命のほうが重たいわよ」
私は満面の笑みで答える――妖艶な笑みは見惚れてしまうほどに綺麗だと自分で自画自賛する。
「早くその金貨で支払いなさい――じゃないと、取り上げるわよ!」
蛇のように睨むと、3体の男は逃げるように
「「「はっ、はいっ!」」」
お会計を済ませに行った。
席にゆっくりと座るホムラは少し冷めたコー・ヒーを飲む。
「あなた達も出来るといいわね――異世界転生」
鈴の音が鳴る――食堂のドアが開いた。
こちらのほうに向かって心臓のように静かな足音で歩いてくる。
私が見上げると、
「やぁ、久しぶり!」
白い喪服姿の男――ハシュウが誰にも負けない素敵な笑顔で腕を組んで立っていた。
「座ってもいいかな」
「じゃあ――立ってて」
「相変わらずSだな~!」
笑いながら目の前の席に座る。正直、気味が悪い。
「ねぇ、さっき入口に死体が3体転がっていたけど、もしかして……やっちゃった……!?」
「何のことかしら――私はさっぱりね」
すました顔でとぼける顔は窓側を見る。通りがかった人間が何事かと騒ぎになっていた。
どうやら、さっき切りつけた真空波が見事、首を切り終えたらしい。
道路で3体の血が綺麗にドロドロと流れ出ている――明るい暖色のレンガ道に赤が差されてとても綺麗で興奮した。
「すげぇーマヌケ面で死んでたよー! 身なりクソだと殺されちゃうんだねぇー! ねぇー!」
大袈裟に無邪気に笑う姿を見て、私は心証を害する。
ハシュウは店の人間を見つけると、
「あっ、店員さん氷コー・ヒー1つ! 1つね! 間違えないでよっ!」
氷コー・ヒーを注文した。
そこまで言わなくても間違えないと思うが、なんでもかんでも大袈裟すぎて呆れてくる。
ハシュウが注文し終えると雰囲気が一転する。
「――では、本題に行こうか」
顔が子供のような無邪気な笑みから悪人のような腹黒い笑みを浮かべていた。
「狩場はどうだい? 弱いやつらが沢山来て、¨命¨を刈りやすいだろ?」
「その分、退屈よ――雑魚ばっか」
私は灰の底からため息吐く。来る人来る人初めて殺し合いするような人間ばかりで戦いがいがなかったからだ。
「アハハ、君は強いね! 昨日はどうだったかな?」
魔術書を出現させると、人間の心臓を2個取り出す。
「回収できたのは2個だけ――1人はゴブリンに譲り、もう1人は焼け死んだ」
ハシュウは心臓2個手に取ると、魔術書を出現させて中にしまいこむ。
「十分だ! 帰らぬ命より帰ってくる命のほうが立派だ」
ハシュウは笑い転げ落ちる。すると、いかにもここの店主だという人が氷コー・ヒーを持ってやってくる。
「お客様、店の中で他のお客様の迷惑になるような行為は禁止! 魔術書を出現させるのも禁止ニヤ!」
机に怒りをぶつけるような勢いでコップを置くと、ハシュウは奪い取るような勢いで右手で取りにいく。
瞬く間に、氷コー・ヒーを飲み干して、地べたに氷を1つを唾液を飛ばすように吐き出した。
「ごちそうさま。汚い泥水だったよ。苦かった。会計は頼んだよ」
ハシュウは腕を組んで店から出ていく。
「砂糖――あったのに」
店主はこちらを睨むように見てくる、ニヤ族独特の目の広がり方を私は見せられていた。
「残念、金貨なくなっちゃった――じゃあ、今日でこのお店、閉店の日にするわね!」
私はここにいる全員に向けて微笑む。
「魔具召喚魔術――【焔灯火】!」
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
【キリエ視点】
爆発の音がマナ・リアで鳴り響く。
「なんじゃ! 何が起こっているんじゃ!?」
食堂〈ニヤの尻尾〉が轟轟と燃えていた。恐らく――魔力を持った炎によってだ。
「き……、気がついたら人がパックリ真っ二つになって死んだんだ!」
店の前では3人の死体で一般人がパニックになっているし、何がなんだか分からない光景がキリエの目の前に広がる。
私は建物を凝視すると――嫌な熱いオーラを感じた。
燃え盛る炎の中で、もがき苦しむ人々の魔力オーラが陽炎のように揺らめている。
「とてつもなく嫌なオーラがする!」
「キっ、キリエン……!」
食堂を目指して走る。まだ、罪のない生きている人がいると信じて。




