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6 魔法の練習

 ああ夢だな、と頭の片隅で思った。

 目の前でニヤニヤしている人物が、この後私に話しかけてくるその光景が見覚えのあるものだったから。


「うわやっばカッコいい〜!ねぇお姉ちゃん見てよこのスチルヤバくない?」

「うーん…これ現実であったらセクハラにならない?」

「乙女ゲームに現実持ち込まないでよ」


 二人で画面を見ながら笑い合う。

 最近の妹がハマっているのはトキメキ☆ラブマジックという乙女ゲームで、魔法が使える世界で学園を舞台にしたものらしい。

 勉強での暗記は苦手だと言う割にキャラの攻略情報などはしっかり頭に入っているらしく、合間で解説しながら楽しそうにプレイしている。


「でもこの子もね、根は悪い子じゃないんだよ!」

「これだけ嫌がらせしておいて?」

「いやそれが、この子の相談に乗ってあげるフリして唆してるキャラがいたんだよ!全然ストーリーに出てこなかったから一瞬、誰?って思ったんだけど」

「ああ裏ボス的な?」

「そーそんな感じ。基本モブだからあんま覚えてなくて、この子?!って驚いた」

「へー、誰?私見たことあるかな?」

「お姉ちゃんプレイしたのって王子ルートだけだよね?うーんどこだったかなー」


 うーんと考え込む妹に「まぁいいやー」と返すと聞いてるんだからわからない返事が返ってきた。

 それでも手元はしっかりコントローラーを動かしていて、器用だな、なんていつも思うのだ。



 そして、夢は唐突に覚めた。



 目を開けると見慣れた天蓋が目に入り、近くで「あっ!」と声がして視線をやるとハンナが驚いた顔をしている。


「お嬢様!っ誰か!お嬢様が目を覚まされたわ!」

「…新しい起こし方ね」

「何をおっしゃってるんですか…!」


 寝起きのぼんやりとする頭では理解が追いつかない。

 大声を出したハンナは少し泣きそうな表情で、廊下からはバタバタと数人の足音が聞こえてくる。何かあったのだろうか?

 エミリアは慌てて目を擦りながら重い体を起こした。


「ハンナ?どうしたの?」

「どうしたって…」

「エミリア!」


 信じられないものを見るような目で見られ、何のことかと返そうと思ったら勢いよくドアが開いて母であるエリアーデが入ってきた。

 そして一足遅れて、懇意にしている医者が息を切らせながら入ってきてエミリアは更に混乱した。


「ああエミリア!貴女が部屋で気絶していると聞いて、どれだけ驚いたか!」

「えっ…あ、」


 察した。

 どうやら魔力を使いすぎて気を失ったらしい。恐らく部屋で気絶しているエミリアを発見して医者を呼んだのだろう。


「ごめんなさいお母様。私、魔力を使いすぎたみたいです」

「そんなのわかってます。一人で無茶をして!心臓が止まるかと思ったわ!」


 そこからエミリアはひたすら謝った。

 医者に診てもらいながら、魔力ポーションを渡され急かされて飲む間も。飲むのに集中できなくて初めて飲む魔力ポーションの味すらほとんどわからなかった。

 そして今後魔法の練習は一人で行わないことを約束させられた。また倒れてもいいようにとのことだ。本来なら家庭教師をつけるべきところなのだから当然かも知れない。


「レオンハルト殿下もとても心配してらしたわ」

「…えっ?」


 なぜそこでレオンハルトの名前が出てくるのか。

 まさかわざわざこんな些細なことを王宮に連絡したというのか。


「殿下が心配って、なんでですか?」


 詳しく聞くと、さすがに王宮に連絡したわけではなかった。

 私を発見したのはハンナだった。が、ハンナは偶々訪れたレオンハルトを案内して部屋に来たらしく、呼んでも返事がないしドアを開けたら部屋の主がソファで倒れているものだから軽く悲鳴を上げたらしい。

 混乱しながら人を呼ぶハンナの横で、テーブルの上に残る水の入った盥や水跡から魔力切れではないかと判断したレオンハルトがすぐに医者を呼んでくれたという。


「また殿下にご迷惑をおかけしてしまったんですね…」


 前回のお茶会の時といい、タイミングが良いのか悪いのか。いやエミリアにとっては決して良いとは言えないが。


「お礼をしなくてはね、オースティン家からもお礼はするけれど、貴女から殿下に手紙を書くんですよ」

「はぁい」


 時間を確認するともうすぐ昼だった。

 昨日倒れたのはお昼の後だったから、どうやらほぼ丸一日寝ていたらしい。

 体はまだ重いが動けるようになっていたので、身体を清めたりランチを食べたりしたあと、ノロノロとペンを取りどうにか手紙を書き終わるともう夕方で。

 もう疲れた、とその日はのんびりして早々に就寝したのだった。


 それからエミリアは主にハンナの監視の元で、時々一人でもこっそり練習して、少しずつ魔法の腕を上げていった。

 イメージが大事とはいえ、イメージすればどんな魔法でも使えるわけではなく、本を読んで理論を勉強し何度も練習してようやく一つの魔法が使えるようになる。

 エミリアは空いてる時間全てと言っても過言ではないほど魔法にのめり込んだ。


 ある夜、エミリアは暑さで寝付けなくなりバルコニーに出た。夏を迎えた今の季節、太陽の高いうちは日差しが強く外に出るのが余計に億劫だが日が沈めば多少は過ごしやすい。


「風があればもう少し涼しいのに…」


 今日は生憎と無風だった。

 エミリアは掌を上に向け頭上へ手を伸ばすと、うんと細かい霧雨を降らせた。柔らかな冷たさに一息吐くと手すりにもたれかかる。


「アイス食べたい…」


 暑い時期は冷たい食べ物が人気である。

 とはいえ氷魔法は特殊で使える人が少なく、氷を使ったものはなかなかに高価で手に入りにくい。前世での手軽さが羨ましくなる。

 そもそも電気がないから冷蔵庫なんていう便利なものもない。氷を作れても保存が効かないので本当に貴重らしい。

 いっそのこと冷蔵庫の発明を、とも考えたがエミリアの前世は仕組みまで知らなかったらしく全くわからない。

 電気で温度を保つと効いてもまず電気とはなんぞや、となってしまうのでどうにもならなかった。誰か電気を発明してほしい。そうすれば一気に水を凍らせられるのに。


 そこまで考えてエミリアははたと思い付いた。

 氷は水が冷えたものだ。つまりもともとは水だとして、氷も出せないだろうか?

 モノは試しとエミリアは四角い氷を想像してみた。


「氷よ…っ」


 出ない。やはり無理があるのか。

 それならばとまずは水の温度を冷やしてみる。


「冷たい水…冷たい水…」


 雪解け水を想像しながら出してみた。

 結果は水が出た。が、何となくいつもより冷たい気がする。

 次は氷の張った湖を思い浮かべながらにしよう。


「ふふ、水だけど冷たぁい」


 手が冷えていく感覚に嬉しくなる。もう少しで凍りそうな気がする。

 いや、それよりももう一度、


「氷がダメなら、氷山でーーっわ、」


 ずしん、と掌に重みが加わってよろける。

 ぱちりと開けた目に飛び込んだのは、四角い手のひらサイズの氷の塊だった。


「……できちゃった」


 手の平から冷気を感じ、エミリアはにっこりと満面の笑顔になった。

 この日、エミリアは暑さとは別の意味で寝られなくなり翌朝ハンナに首を傾げられたのだった。


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