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5 魔法

 そして、エミリアは困惑していた。


「独学ですって?」

「え、ええと、はい、何かよくなかったでしょうか?」


 驚きを隠せない母、エリアーデの勢いに見えない圧力を感じながら、エミリアは眉を顰める。母の驚きの理由がまったくわからなかった。


 町から帰り部屋着に着替えてのんびりお茶を飲み始めたところで慌ててやってきたエリアーデはなぜかエミリアが出かけたことを知っていて、テーブル脇に立つハンナが話したんであろうことは容易に推測できるが。

 「お母様に言うなんてなんという裏切り…」という思いを込めてハンナを見やれば、ひくりと頬を引き攣らせたあと目を逸らされた。


「それでエミリア、どうやって魔法が使えるようになったのかしら?」


 お茶を飲んで気持ちを落ち着かせたらしいエリアーデが問う。どうと言われても。


「本で読んで、やってみたら出来たのです。まだ、少ししか使えませんが」

「そう…エミリア、貴女魔法には属性があることは知っているわね?」

「はい、勿論です」


 魔法は主に火、水、地、風、光、闇と六つの属性がある。派生で細かい属性もあるがあまり使える人はいないらしい。

 人によって魔法を使える力、すなわち魔力の量や大きさは異なり、火属性で例えるとマッチに火を灯す位の小さい火しか出せない人がいれば大人の背程もある大きな火を出すことができる人もいる。

 殆どの人は魔力があるが使えるのは平民よりも貴族に魔力の多い者が多い。

 属性は親から子へと遺伝することが多いが隔世遺伝もある。また平民で魔力量が多いと貴族に養子に入ることもあるので、一族全員が同じ属性ということはほとんどないという。

 むしろ貴族の婚姻では属性が違うことの方が良いとされているらしい。だから魔力が強いひとは婚姻の際に有利だとか。


 クローバー王国では、一定以上の魔力を持つ者は十三歳からアカデミーに通うことが義務付けられている。

 暴発して周りを巻き込むことがないように、コントロールできるようにするためだ。

 大体の人は十歳ごろまでには魔力の片鱗が見え、力が強ければアカデミーに入るまでの間、独自で家庭教師を付けることもあるらしい。


 そうして話していて、今、やっと気がついた。

 エミリアは、魔法が使えるようになったことを誰にも言っていなかったのだ。

 魔力の片鱗が見えるどころいきなり属性魔法を使っていれば驚いて当然だろう。


「…言うのを、忘れていました。水属性の魔法が使えるようになりました」

「貴女って子は…!」


 深いため息を吐かれた。仕方ない。前世の記憶のこととか、色々あったのだ。

 正直言うと、魔法が使える様になったことをつい最近まで忘れていた。とは流石に言えなかった。


「まぁいいわ。どの程度使えるのか聞いても?」

「はい、ええと…」


 ハンナに盥を持ってきてもらい、エミリアは両手を盥の上で合わせたあと少しだけ開き、「水よ」と呟いた。

 途端に手と手の間、ちょうど真ん中あたりから水が湧き出てくる。

 ちらりとエリアーデに視線を向けると、感心したように頷いていた。


「おめでとうエミリア。今のところはきちんと制御できているように見えるわね。アカデミーまであと三年あるけれど、家庭教師は…」

「いやです」


 食い気味で即答した。

 エリアーデも「でしょうね」と頷いた。

 人に会うのを嫌がるエミリアだ、返事はわかっていただろうが一応聞いたらしい。


「最近はよく出かけているみたいだし、貴女少し変わったわねぇ」


 うふふ、とエリアーデが嬉しそうに笑う。

 エミリアは心の中でごめんなさいと呟いた。

 いくら家族でも、前世の記憶があるなんて言いたくなかった。そんな話、聞いたことがないのだ。

 両親の性格上、邪険にされるようなことはないだろう。けれどもまた困惑の表情で見返されるのが嫌だった。


「必要になったらいつでも家庭教師は用意する」とエリアーデは部屋から出て行った。

 その後を追うように出ていこうとするメイドに向かって、エミリアは口を開く。


「ハンナ」

「あっ、お嬢様私あのー、紅茶のお代わりを準備して参りますね!」

「ちょっと!もう…」


 まだ声をかけただけなのに、文句を言われるとわかったらしいハンナはするりと姿を消した。逃げ足の速いことだ。



 その日の夕食はお祝いだからとエミリアの好物ばかりが並んだ食事だった。少ない時間の中でシェフが相当頑張ってくれたのだろう。エミリアはしっかりとお礼を言っておいた。

 食事中にお祝いと称して何度か水を出してみるように言われたが見かねたハンナがさりげなく止めに入ってくれてどうにか流れを変えることができた。

 魔法を披露する度に両親にも使用人にも褒められたが、酔いが回っているのかとても大袈裟なのだ。恥ずかしすぎて涙目になっていたことに気づいたのはハンナだけだった。


 けれどもエミリアは知っていた。

 嫌だと思っているエミリアを、ハンナが生温い視線で見守っていたことに。

「お嬢様、すごく嫌そうだなぁ」と思いながら何度目かでようやく助けてくれたことに。


「もっと早く助けてほしかったわ」

「お嬢様、これも経験です」

「ほんの少し水が出せるだけなのに」

「よほど嬉しかったのだと思いますよ。魔法の才能があるかも、とお話しされてましたから」


 うぅ、と唸ったエミリアは、披露しても恥ずかしくないようにもっと魔法を覚えようと誓った。




 それからエミリアは、一日の大半を魔法の練習に費やすことが増えた。

 披露しても恥ずかしくないように、という理由からだったがせっかく使えるのだから、他のことができたら楽しそうだ。


 魔法には決まった呪文がない。

 けれども同じ呪文を使う人は多いという。

 頭の中でどうしたいのかをイメージして、魔力を外に出すことで形となったものが魔法である。

 漠然としたイメージでは形にならず、何にどんなふうにどうしたいのか、細かく想像することが大事らしい。

 呪文を唱えることはイメージをより鮮明にする手段であり、口に出すことで形にしやすくなるそうだ。

 だから人によって違う呪文もあれば同じものもある。


「とにかく、色々イメージしてみるのがいいわね。まずはーー水よたくさん出て!」


 びしゃっ!

 指先から盥に向けて水が出たが勢いが良すぎて周りが水浸しになった。


「もう少し勢いを弱くしないと。ポットから注ぐ位の水量なら平気かしら?水を、ゆっくり、たくさん…」


 チョロチョロチョロ…と出てきたのはイメージ通り。だけど、これでは盥を満たすのに随分時間がかかりそうだ。


「もっと一度にたくさん、いっぱい」


 ばちゃん!と水の塊が出た。難しい。


「うーん、水の…シャワー?」


 如雨露みたいになった。庭師が喜びそうだ。

 けれどもやはり出てくる量が少なく感じる。もっと手っ取り早く水で満たせないものか。

 何度か違うイメージをしてみるものの、なかなか思い通りにいかない。


「過程をイメージするのって難しいのね。どう考えればいいのかしら」


 せっかく魔法なんだから。こう、ブワッと。ブワッと?


「ん?ちょっと待って。もしかして、手から出す必要はないんじゃないかしら」


 エミリアは盥を見つめ両手を広げて翳すように前に出した。

 前提条件が違うのだ。水を注ぎたいのではない。


「私はこの盥を水で満たしたい」


 ーーじわりと盥の中心に水が滲んだと思ったら、一気に水が盥を満たし始めた。

 コポコポと小さく音を立てながら溜まっていく水を見ながら、エミリアは口元がニヤけるのがわかった。成功だ。

 エミリアがイメージしたのは、水が湧き出て盥を満たすこと。ぴったりその通りになった。


「でも、なんだか少し、疲れたような…」


 怠さを感じて椅子に座ると、急激に体が重くなったように感じる。指一本も動かしたくない。眠気?いや違う。


「(これはちょっと、よくないかもしれない)」


 そう思っても時遅し、ついに瞼が下がり、エミリアの意識はそこで途切れた。


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