夏の国
夏の国 夏の間
ふむ、 ここが夏の国……ああ、 景色がゆらぐ……陽炎がもうもうと……汗が、 吹き出てきますな……姫さま!
ええ、 さすが夏の国ね、 でも懐かしいくらいだわ、 このまぶしさ、 目の底に青の空が焼きつきそうなくらい……わたしたちの国にもまたこの太陽と熱を早く取り戻しましょ…………あっ。
ふむ! 姫さま! どうされました?!
ね、 また、 またあの声がする……。
ひ、 姫さま、 またですか? や! あっしには何も、 何も聞こえませんぞ……。 あ。
わ、 わあああああああ!!
うーん……。
ふむ……姫さま大丈夫ですか?! ……ここは?
ええ、 ここが夏の……精霊王の間かしら?
いかにもわたしが夏の精霊王、 いかにもここは夏の国。 夏の間へようこそ、 ご用件は?
ふむ、 姫さま、 あの言葉を!
ええ、 わたしは季節の国の王女、 ネアラよ! 夏の精霊王! 夏をください! わたしたちの国に夏を取り戻したいの、 もう一度。 そのために夏の精霊王、 あなたに、 会いにきたのよ。
いかにもわたしが夏の精霊王、 ですが取り戻すとは? あなたがたの夏は奪われていないし盗まれてもいない。 誰か、 何かに?
ふむ、 またか……や、 ごもっとも!
ええ、 その通りだわ、 でも、 季節の国にはもう夏が来ないの! でも夏は必要なの! 夏の精霊王、 あなたの力をわたしたちに、 ね、 貸してくださらない?
ふむ! 夏の精霊王よ! どうなのだ?
いかにもわたしが夏の精霊王、 いかにもその力はわたしの中にはありません。 夏の指環がその力を持っています。
夏の指環……!!
ねえ、 夏の精霊王、 どうか、 その力をわたしたちに貸してほしいの!
いかにもわたしが夏の精霊王、 ですがどうしてそれがわたしにできるでしょう? この夏の国から夏を、 消してしまうようなことが。
ふむ! そう! そりゃごもっとも!
ねえ、 でも夏を消してしまうようなこともあったんでしょう? その、 伝承とかによると……。
ふむ! 夏の精霊王よ、 春の国には伝承があったが、 この国にも長い歴史の中で、 その、 例外のような事も、 あったのではないか?
いかにもわたしが……
夏の精霊王!!
伝承によると千年前に一度それはありました。 この国から、 夏が消え失せたときです。
ふむ! やはり、 で、 その伝承とは? 人々はどうだったのだ?
残念ながら、 伝承文は途切れています、 ある夏に伝承ごと吹き飛ばされてしまいました。
ねえ、 でも少しは残っているのでしょう?
そうだ! それは何と言っているのだ!
——冷たき天使……はしゃぎ……。
…………。
……それはいつにもなく過ごしやすくうららかで人々は穏やかにほほえみ楽しんでいた……。
以上がこの夏の国に伝わる伝承の全てです。 このように人々は大変苦しい日々を過ごしました。
ふむ? なぜだ! 過ごしやすくてうららかだったのだろう?
そうよ! 人々はきっと冬のあとに訪れた、 うららかな春を楽しんだんだわ……!
ふむ! そしてなぜ、 また夏の国に夏が戻ったのだ?
ええ、 どうしてかしら、 夏の精霊王!
いかにもわたしが……
夏の精霊王!!
夏の指環が戻ったのです。 なぜ消えたのかは伝承にありません。 しかしそれは戻り、 そしてまた同時に夏も戻ったのです、 それから今まで千年の夏が続いています、 ずっと。
ふむ……千年間の常夏か! いやはや。
ねえ、 なぜ消えたのか教えてあげましょう! それはきっと夏を貸し出していたのよ! その頃にもきっと、 わたしたち季節の国で何かがあったんだわ。 そしてわたしのずっとずっと前のそのまたずっと……きっと、 季節の国の誰かがその指環を、 あなたたち精霊王に、 夏を借りるためにこの国へやってきたのよ!
ふむ! おおおなるほど! さすが姫さま! どうだ夏の精霊王よ! これは二度目の例外だ!
ええ、 どうかわたしたちに夏を、 夏の指環を、 貸してください!
いかにもわたしが夏の精霊王、 いかにもあなたがたに夏の指環を、 この国の夏をお貸ししましょう。
やったー!! ありがとう精霊王!
……ですが、 いかにもただでお貸しすることはできません。
ふむ? な! なんと? 対価が必要か?
ええ、 それもそうね、 筋は通っているわ! でもわたしたちの、 季節の国には金貨や宝石は、 もうないのよ!
いかにも夏の国は豊かな国です。 金貨や宝石の類は、 必要ではありません。
ふむ? なんと? ではなにが必要なのだ?
ええ、 わたしたち何も持っていないのよ!
氷です。 いかにも夏の国には氷が必要です。
あら、 氷?
ふむ、 氷?
いかにも千年前……この夏の国に現れた凍える夏によって、 国には千年氷ができ、 それがこの千年の間、 残っていました、 しかしそれもついに解けて消え失せようとしています。
ふむ、 しかし、 夏の国はその千年の、 さらに前の千年間は、 氷など必要なく過ごしてきたのではないか?
うん、 そうね、 なぜかしら夏の精霊王?
いかにもわたしが夏の精霊王、 いかにも人々はこの千年間で氷を知り、 氷の冷たさやその味を知りました。 もう戻れません。 その冷たさ、 その味を知る前、 には。
ふむ、 なるほど! そりゃごもっとも!
あら、 じゃあ夏の精霊王! わたしたちに夏の指環を貸してもらえれば、 この夏の国にも自然とまた冬がやって来るわ! そうしたらまたその……千年氷もできるのでしょう?
ふむ! その通り! 指環の力がこの国から消えればたった六月で冬がめぐってくるぞ! 少しの辛抱ではないか!
いかにもわたしが夏の精霊王、 いかにも氷が、 わたしたち夏の国には氷が必要です。 今すぐに、 でも。
ふむ、 なぜだ? あと少し待てないのか? どちらにせよ我々が来なかったら、 夏の国の千年氷は解け尽きて、 そのまま氷のない夏を迎える運命にあったんだろう?
ええ、 でも氷の味を知ってしまったなら仕方ないわね、 だって夏には氷がつきものでしょう? わたしたちが来たのもまた、 運命なんだわ。
ひ、 姫さま! しかし、 このままでは!
いいわ! 夏の精霊王! わかりました、 わたしたちが冬を先に連れて来る! この夏の国へ。 先に冬の国へ行き、 冬の指環を借りて来ます!
ふむ! なんと? 姫さま! 我々の、 季節の国はどうなります? 春の次に、 冬が!
あら、 まだ春を返すまでには時間があるわ。 その間に冬の国から冬を借りて、 冬を少しだけ長く貸してもらって、 ええと、 夏の国へ冬を貸している間に、 わたしたちは夏を貸してもらえば、 ね、 だいじょうぶでしょう?
ふむ、 こんぐらがってきましたな、 それに冬を長く貸してもらうとは……できますかな? 冬の国は、 どうなります?
あら、 それは相手次第でしょう? とにかく行ってみるしかないわ! 夏の精霊王、 わたしたちはまたここへ来ます! 冬を連れて、 ね、 それでよろしい?
いかにもわたしが夏の精霊王、 いかにも氷、 わたしたちの国には氷が必要です。 あなたがたを、 はい、 待ちましょう。