銀時計の少年
場所 季節の国 城下町
人物 ネアラ —— 季節の国の王女 姫
フーム —— 姫の世話役 大臣
オイラー —— 銀時計の少年
なんでも屋の主人
季節の国 城下町
城の外、 城下の町を城門まで移動している姫と大臣。
あら、 ね、 彼らは何をしているの?
ふむ……あの子どもが何か盗んだんでしょうな、 ほら、 捕まえているのは、 なんでも屋の主人です。
なんでも屋?
ふむ、 なんでも置いてある商店です、 姫さま。 それで物と金貨を交換したり金貨を貸す代わりに物を……って、 あ!
ねえ、 こんなちいさな子どもに何をしているの?
ん? なんだお嬢さん? んん? お前も子どもじゃねえか、 や、 こいつはうちの店から銀時計を盗んで持っていこうとしたんだよ、 だからとっちめてるんだ!
へ! ぬっ、 盗んでねぇ! これはおジイの形見で、 オイラの宝物なんだ! それ、 盗まれたんだ、 ダレかに! それ、 売り飛ばされたんだ、 あんたの店に! う、 裏にイニシャルだってキザまれてんだ……!
んん? だからといってタダで持っていっていいなんて道理はないね! こりゃあ高価な代物なんだ。 それなら金貨はちゃんと払いな!
へ! もっ、 持ち主が盗られものを取り戻しにきたんだ! 何がキンカだ! ひ、 他人のものを売りさばくのか! なぁ!
ん? うるせえ!
ねえ! あなたが持ち主なら、 それを証明できるのね? その名を?
うん! おジイの名前だ! イニシャルだ! ヒトに聞けばわかんだ! ショ、 ショウメイするサインだってあんだぞ! へっ!
んん? イニシャルだけじゃあわからんぞ? 似たような名前はそこら中にいるんだからな! とにかく、 そいつを寄越しな!
へ! い、 いやだったらャだ!
ふむ、 で、 それはいくらだったのだ? なんでも屋のご主人よ!
ん? ああ、 ま、 一年分は飯に困らないほどの値でさぁこれは。
あら、 じゃ、 わたし、 代わりに払うわ。 で、 それっていくらほどなの?
ひ、 姫さま! 一年分と言えばなかなかの額ですぞ! 姫さまのりんご三百六十五個分ですぞ! 今の我々の手持ちにも、 ましてこの国の金庫にも、 もうそんな金貨はありませんぞ!
あら、 どうして? ぜんぶ使いきってしまったの?
ひ、 姫さま! 金貨や宝石をりんごや食糧に変えろとおっしゃったのは姫さまですぞ!
あら、 ええ、 そうだったわ。 じゃあその……わたしたちの食糧を金貨に交換したらいくらになるのかしら?
んん? だははは! 小娘っ子に簡単に払える金額じゃあねえよ! 大貴族様でもなければな、 こいつは銀時計にしてはなかなか精巧で、 かなりの値打ち物でしてね。
おい! なんでも屋の主人よ! 姫さまに向かって小娘っ子などとは! 四季の花さえ思わず憂いのため息をもらすこのお顔に、 見覚えがないとは言わせんぞ!
ん? ひひひひ、 姫さまだと? お城の姫さまがなぜここに? なんで旅の格好をしているんだ?
あら、 わたし、 これから旅に出るのよ。 うふふ。 ……そうね、 では、 なんでも屋さん? あなたもいずれ金貨を食糧に変えるのなら、 いまわたしたちの食糧とその銀時計を交換しましょう!
んん? だはは! いやいや! まさか、 まさか! 食糧よりも金貨! 金貨があればなんでも買える! 金貨がなけりゃなんにも買えねえ! 食い切れずに腐っちまうような食糧で、 ましてやりんごで金貨は買えませんのや!
あら、 パン屋は作ったパンと金貨を交換しているじゃないの?
ん? なあ姫さま、 うちはパン屋じゃないんで、 物を仕入れて物を売らなきゃやっていけないんです。 パン屋だって小麦粉買わなきゃパンがこねられないでしょう。 まずは金貨が必要なんですよ。
あら、 金貨は食べられないのになぜ?
んん? だから金貨が食糧に変わるんですよ、 食糧を金貨で買えばいい。 金貨でりんごを買うでしょう? ま、 もっともこのところじゃこの国は不作続きと聞いているが、 それは何でか、 んなこと知ったこっちゃあない。
ええ、 そうよ、 このまま不作が続けば小麦もりんごもできないし、 食べものも尽きてしまうでしょう。 そうなったとき、 あなたは金貨を食べられないわよ?
んんん? だっははは! ああ、 姫さま、 な、 それは悲観しすぎでさ、 なんだか知らんが冬がきて、 今年は小麦が足りてねえ、 しかしだ、 冬が過ぎたら春が来て、 そん次、 夏来てほら、 また収穫だ。 だからそんな心配は、 いらないんですわ!
ええ、 夏が来るよう祈るといいわ。 そうね、 何かあなたがその銀時計と交換できる価値のある物があれば良いのでしょう? ……ねえ、 わたしの櫛を出してちょうだい?
ひ、 姫さま! まさか、 まさかあの金の櫛をお売りになるのですか? あれはこの千年! 先祖代々、 この国の王女に受け継がれてきた、 王家の櫛! 宝物ですぞ!
ええ、 知ってるわ。
ふむ! ほ、 宝石も散りばめられているんですぞ! その宝石は王が夜空から星を摘みとってきたという伝承! どこぞの安物銀時計などとは、 とうてい比較にならん王家の宝物なんですぞ!
なぁ! 安物銀時計などってなんだ! へ! オイラの宝物なんだ! おジイの形見なんだ! 宝石にも金貨にも、 これは何にも代えられないンだぞ!
ね、 この毛先から金星がすべり降りていくのを見るのも、 さいごになるわ。 ……さあ、 あと布切りばさみを出してちょうだい、 仕立て用のがあるでしょう?
ふむ? ぬ、 布切りばさみ? な、 何をなさるんです、 姫さま?!
ねえ! なんでも屋のご主人! よく見なさい、 わたしのこの、 髪を、 あなたに売ります! ね、 その銀時計を買い戻すだけの値打ちにはなるのでしょう?
ふむ?! あ! あわわわ、 姫さま! 気が違われましたな! まさか! え!
あら? わたしは正気よ。
おい! なんでも屋よ! 姫さまがここまで言っているんだ! お主も引き下がらないか!
んん? うるせえ! 商売人がタダでモノをくれてやっちゃ破滅だよ! 金貨だ金貨! 金貨が全て! しかし姫さま、 正気ですかい? それはたしかに銀時計どころの値打ちじゃあない。 ま、 本当に姫さまのモノだという保証を付けてくだされば、 だが。
あら、 保証するのはここにいる者たち全員よ? その目で見なさい。 ええ、 必要であれば、 あとで一筆用意するわ。 ……さあ!
——パスっ パラパラ……パラ……。
ふ! む! あああああ! やってしまわれた! 切ってしまわれたああ! 姫さまの自慢だったあの髪を! あの輝きを! 三日月と金星のあのすべり台を!
んん……ああ……。
ね、 さあ、 これを持っていきなさい、 そしてその子を解放し、 銀時計を返してあげてちょうだい! ……そして、 これでさっぱり解決よ、 うふふ。
ひ、 姫さま! 笑っておられる……ついに、 とうとう気がふれてしまわれた! あああ、 あの髪を……。
あら、 ちょうど旅の前に短くしたかったのよ……月と金星たちは空に帰っていったわ。 さあ、 この櫛はまた大切にしまっておいてちょうだい。
んん……おい、 次は盗まれたりしないように鎖でもつけて首から掛けておくんだな。 そして裏にフルネームでも刻んでおけ。 次またうちの店に流れてきたら、 すぐに売り飛ばしてやるからな!
ええ、 そうね、 名前があれば持ち主がわかるもの。 わたしたちの、 季節の国の中ならどこで落としたってちゃんと戻ってくるわ。
うん! わかった! そうする! あと今日のこともキザむよ! 忘れないよに、 時計の裏に! ありがとぅ! な! 姫!(手をふり走りさって行く)
おい! 姫、 さま、 だ! ふむ!
うふふ。 それじゃ、 わたしたちは、 旅を始めましょう!
ふむ! あああ、 姫さまの、 姫さまの髪がすっかり、 すっかり……。
あら、 おかしいかしら? 自分で切ったから。
ふむ! いや! もちろんそのまばゆさ! 春の絹糸! 天使の光輪! それは変わらず! しかし三日月の毛先、 あの長さだけが……短く!
うふふ、 ねえ、 肩がちょっとだけさむいの、 この冬はわたし襟巻きが、 欲しいわ。