旅立ち
場所 季節の国
人物 ネアラ —— 季節の国の王女 姫
フーム —— 姫の世話役 大臣
黒い妖精 —— 黒い蝶の羽が生えた妖精
侍女 —— 姫の世話係
季節の国 姫の部屋
姫の洗いたての長い髪を侍女が豪華な宝石飾りのついた金の櫛でとかしている。
それを見ている大臣。
窓辺で冬の日差しを受けて光輝く髪。
髪は絹糸、 毛先は三日月、 朝の金星がすべり降りていきますわよ、 姫さま。 わたし、 姫さまのお髪が羨ましいですよ、 ほほほほ。
あら、 金星はどこへすべり降りて行くの?
降りて行くことになっている場所へ、 でございましょう、 姫さま。 ほほほほ。
ふむ! 姫さまと姫さまの髪はまさにこの国の宝! 国宝! 絵画では現せぬその色! その艶! 光りの噴水! 王家の櫛に輝く宝石たちさえそのまばゆさには敵いません!
うふふ。 寒い冬はずっと伸ばしているのが良いわね、 でも早く春になればいいのに……。
…………。
——姫さまが黒い妖精にお願いして季節を変えてもらった春の日から丸一年。 突然の冬がずっと続いている。
——ねえ、 妖精さん、 やっぱり春に戻して?
もうそれはぼくのちからではむりです。
ええ?!
きせつがすっかりくるってしまいました、 ぼくのちからがみじゅくだったんです。
おい! 黒い妖精よ! ではもうずっと、 ずううううと冬のままなのか? この季節の国は!
いえ、 いまはふゆでもはるでもなつでもあきでもなんでもないきせつになってしまいました。
あら、 なんでもない季節?
このくににはもうきせつがありません。 ですがきほんてきには、 ふゆ、 です。
ふむ! あれからもうすぐ丸一年だ! 黒い妖精、 お前の言う通り基本的には冬! しかし今ではもうさっぱり季節がわからなくなってしまった……ああ、 我々の、 あのいたずらな願いのせい、 いやすべては証拠を見せろなどと言ったあっしのせいで……。
あら、 わたしのせいだわ。 ずっと同じ季節でいいなんて、 お願いしてしまったんだもの。
はい、 あなたさまのねがったとおりです。
おい! まっくろ妖精! そもそもお前があの日、 あの姫さまの、 あの春の窓辺から飛び込んで来さえしなければ、 姫さまの花、 王家の花も失われず、 この国の季節を失うこともなかったのだ!
ねえ、 それは妖精さんのせいじゃないわ。
ふむ! し! しかし姫さま! 今では国はすっかりこごえてしまった! この城の中はまだあたたかい、 だが雪におおわれ国はまっ白! お先まっ暗! 日差しが届かず草は育たず! このまま食糧も尽きれば人々は大混乱! そうなったら千年続いたこの国ももうお終いですぞ!
ええ、 春が冬になってしまったんだものね。
ふむ! 夏と秋の収穫を失い、 収入もない!
あら、 収入?
ふむ……つまりこの城の金貨も、 もはやありません。 姫さまもこのお城でこれまでのような、 夢見心地でのんびりとした贅沢な暮らし、 はできませんぞ。
あら、 わたし、 夢見心地でのんびりとした贅沢な暮らし、 だったのね? そうなのね!
ふむ、 ここは他国にくらべて豊かな国でした。 や、 姫さまご自身は贅沢はされていなかったが、 それでも城を、 国を保つためには金貨が必要です! それにこのまま作物の収穫がなければ、 国の民はどうやって暮らして行けましょう?
あら、 このままでいたりしないわ、 わたし。 また、 春がくれば良いのよね?
ふむ、 しかし、 その春が来んのです……!
ね、 妖精さん? 季節を元通りにするほうほうは?
はる なつ あき ふゆ それぞれのくににいって、 せいれいおうにあってください。
ふむ、 精霊王? 精霊の国の王たちか!
はい、 きせつがそこにあります。
あら、 その精霊王たちに、 話をしてわたしたちの国へ、 季節を戻してもらうのね?
ふむ! では姫さま、 早速、 使いの者を手配し、 それぞれの国へ向かわせましょう!
せいれいおうとのこうしょうは、 くにのだいひょうしゃしかできません、 つまりひめさま、 あなただけ、 です。
ふむ? な、 なんだと!
あら、 いいわ、 わたし、 行くわ。
姫さま! 姫さまに? 旅は無理ですぞ! この城からほとんど出たこともないのに、 どうしてそのような旅ができましょう? ええ! あっしをどうか国の使いとして代表にしていただければ………おい! 黒い妖精よ! 姫さまでなくても精霊王との会話はできるのであろう?
できます。 でもひめさまもひつようです。
あら、 だいじょうぶよ、 わたし、 旅に出るわ!
ふむ、 いや、 しかし……この季節の国をどうします? 国を放って旅には出られませんぞ! ですから旅は、 あっしにお任せを……!
ええ、 もちろんよ! でもこのままここにもいられないでしょう? そうね、 じゃあこの城の金貨や宝石は、 ぜんぶ、 食糧に変えましょう。 それで国の人々のために、 食べものと必要なものを分け与えましょう!
ひ、 姫さま! なな、 なんですと! ししし、 城の物を、 売り払うおつもりか!
あら、 仕方ないわ? 物は食べられないもの。 夢見心地でのんびりで贅沢な暮らしはもう、 おしまいよ!
ふむ、 や! 贅沢どころか大貧乏ですな! 天上の天使が天のベッドで虹色の夢を見、 朝にはルビーを味わっていたその翌日から、 まさか! 城の床そうじにも使わなかったおんぼろのボロ布をまとい、 ネズミやモグラたちと同じ、 どぶ色の夢を見て、 土のベッドに眠り、朝には落ちたりんごをがしがしとむさぼることになるとは……!
あら、 だってわたし、 りんごの代わりにルビーをかじりたくないわ? いくらおなかがぺこぺこでもね。 それにわたし、 天使なんかじゃないわ。 にんげんよ!
ふむ! ですから! ルビーでりんごを買ったらよろしいではないですか?
ええ、 それが今でしょう?
ふむ! りんごなんぞ天の川ほど買えますな!
うふふ、 わたしのりんごは一個でじゅうぶんよ、 あとは皆に与えなさい! さあ、 わたしたちは旅の支度を始めましょう? そして夜が明けたら、 出発よ!
ふむ! しかし、 りんご一個、 などとは!
ええ、 いいの、 わたしちょっと前歯が弱いのよ。 うふふ。 さあ、 行くわ! 用意をしてちょうだい!