姫のねがいごと
場所 季節の国
人物 ネアラ —— 季節の国の王女 姫
フーム —— 姫の世話役 大臣
黒い妖精 —— 黒い蝶の羽が生えた妖精
ひ! 姫さま! なぜ! あんなに、 あんなに大切に、 咲くのを楽しみにしておられたのに! この国の千年の、 先祖代々、 王家の花! 雨の日も槍の日も守り抜いたあの花! それを……姫さま、 お気は確かですか!
ええ、 気は確かよ、 それに妖精さんのおなかのなかで、 まだ咲いてるわ。
ふむ! や! まあ! しかし! なぜ!
ね、 他の花びらは食べなかったの、 あのちいさなつぼみがお気に入りだったみたい。 おなかぺこぺこだったのね、 むしゃむしゃあんなに、 つぼみをのどにつまらせてしんじゃうかと思ったわ、 うふふ。
ふむ! ししし! しかし姫さま、 種はどうするんです?! あの花から取れる予定だった種! 先祖代々の花の種! 青水晶のようなあの種! あれはもう、 この季節の国には一粒、 一粒も残っていないんですぞ?!
ええ、 それは仕方ないわ。 また別の花を育てましょう? それではだめ?
ふむ! だめですだめです! 千年も続いてきた王家の花! あれに代わる花なぞ、 もう! この先千年、 一万年! 天地を巡ってどこにもありません! あの色! あの蜜! あの香り! 青の水晶! 千のプリズム! ああ! ああ、 途絶えてしまった、 この国の、 季節の国の、 王家の花が……ああ。
あら、 おおげさ、 途絶えたならまた始めれば良いじゃない、 ねえ? ……あ、 あら! 妖精さん? 目を覚ましたのね! よかった!
さきほどはぼくをたすけてくださってありがとう、 おかげでぼくはたすかったようです。
ふむ! それはそれは! まことにけっこう、 たいへんよかった! ま! お前さんのおかげで? 姫さまの花と国の家宝が、 この季節の国から、 消え失せてしまったのだけれどな! ああ! 永久に!
ねえ! そんな言い方をしないで? ね、黒い妖精さん、 あなたが助かってよかったわ。 あの花のつぼみが好きなのね? わたし知らなかったわ。
そうぼくらあのはなのつぼみがだいすき、 ほかにもたべるものはあるけれど、 あのはなにはめがないんです。 だからつい、 さいているのをみつけて……あの、 まどべに。
ふむ! それで窓から飛び込んで壁にぶち当たって目を回して墜落したというわけか! ああ! あの壁! あの壁め! 妖精用の穴を開けておくべきでした! 虫が入るからと言ってピッチリ閉ざしたあの壁に! 妖精の出ていく穴を開けておくべきでした! そうすりゃそのまま右から左! 青空に飛び出して永久にさようなら! ……だったものを、 ああなんという……。 おい! 黒い妖精よ! 姫さまに礼を言うんだな! ……ああ、 あの花よ。
ほんとうにありがとうございました。 だからおれいをさせてください。 なにかほしいものはありますか?
あら、 わたしの欲しいもの? そうねえ……。
おい妖精! 姫さまはな! この季節の国の姫であるのだぞ? この国にないものは何にもない! 金貨も食糧も余りあり! お前の背丈ほどの不便もない! ましてや王女である姫さまにとって、 欲しいものなどと……。
あら、 わたしにもあるわ、 欲しいもの! ねえ、 黒い妖精さん、 わたし、 世界の半分が、 欲しいわ。
ふむ? ええ! 姫さま! どこで! どこでそんな事を覚えられたのです? そんな! 大それたこと! せ、 世界の半分が欲しいなど、 と! は! まさか! は! もちろんご冗談でしょうな?
ええ、 もちろん、 ご冗談よ。 うふふ。
ぼくのちからではそのようなねがいまで、 かなえてさしあげることはできません。 ほかにはなにか、 ありますか?
ふむ! だから言ったろう! 黒妖精! この国にはすべてが揃っているのだ、 姫さまも我々も、 砂漠の砂つぶのなみだほどにも困っておらんと……。
ね、 じゃあわたし、 ずっと続く春が、 欲しいわ。
それならおやすいごよう、 かなえてあげます、 さしあげられます。 それでよろしいですか?
ひ、 姫さま! どういうことですか? それは! ずっと続く春が、 欲しい、 とは?
あら、 だってぽかぽかしていて、 あたたかくて、 見て! お花も緑も何もかも午後のまぶしさの中にあるでしょう? それでこうしてこの窓辺で水をやりながら、 ずっと終わらない春の中で、 外をながめて過ごすのも、 ねえ、 きっと素敵でしょう?
ふむ! 終わらない春! それはけっこう! しかし! しかしですな、 お水をやるための、 あの花! 花を、 姫さまの大切なあの花を! 失くしてしまわれた、 ではないですか?
ええ、 また探しましょう? 新しい花。
ふむ! に、 せよ、 です! ずっと春が続いてみましょう! 夏や秋がこなけりゃ麦も刈れません! 冬がなければウサギも木の実も! 風も土も鳥たちもみんな次の春への支度ができません! つまり四季とは……。
ええ、 もちろん、 言ってみただけよ、 そんなこと叶わないもの。 でも、 春のうららかな陽気は、 そんな事さえ夢見させてくれるものでしょう? うふふ。
もういいですか? ぼくはもう、 そのねがいをかなえてしまいました。 このくには、 もうずっと、 はるです。
おい! こらこら! お前も何を言っているんだ! あっしらが、 何も知らんからと言ってお前を助けた恩人に、 よりにもよってこの姫さまに! そのような嘘! など許されん! 黒い妖精なんぞ、 あっしが子どもの頃に手づくりした自慢の虫かごに、 ぶち込んでやる!
うそではありません。 そらをみてください。 けしきをみてください。 まさしく、 はるです。
ふむ! もちろん! 今は春だ! しかしそれは今がすでに春だったからであって、 お前が春にしたのではない! お前は何もしていない! したがって次は夏がくるのだ、 季節は進み止まっておらん! また、 止まることもなし! 永久に! それが自然の摂理! ああ、 あの虫かごはどこに閉まっておいたかな、 大事にしすぎてほこりをかぶったあの虫かごは……!
あら、 じゃあわたし、 夏が欲しいわ。 たしかに、 今が春ですものね、 だからきっと、 暑くなればわかりやすいもの、 めまいがするくらい、 ね、 そうでしょう? それにわたし、 夏も、 好きよ。
おい! 黒い妖精よ、 聞いたか! ずっと夏! ずうっと夏だ! 姫さまの言う通り! 夏もふむ、 けっこうな季節だ! できるものならやってみせてくれ、 この季節の国をずっと夏! 夏が欲しいとのお言葉通り! さあ夏に!
わかりました。 ではこのくにをずっとなつに。 …………はい、 もう、 ずっと、 なつです。
…………。
…………。
……ふむ? 何も変わっとらんぞ? ……またお前はそのような、 適当なことを……!
ね、 待って! あの空! もくもくの、 雲!
……ふむ! あれは確かに雲! 夏のランプから飛び出した白き魔人! しかし姫さま、 春の次は夏なんです、 少し気の早い夏空が、 夏を待つこの国に、 白雲の使いをよこして、 早めのあいさつをしたとしても、 ふむ、 おかしくはありますまい?
あら、 わたしずっとお城の中にいて、 あの窓辺から見える雲、 しか知らないわ、 そうなの? ね、 妖精さん?
なつ。 ぼくはなつにしましたよ、 もうずっとなつです、 これでいいですか?
ふむ! 待て待て! 黒い妖精よ! これではまだ姫さまへの恩返しをしたことにはならん! それに妖精が季節を動かすなんて話は聞いたこともない! ましてこんな、 まっくろくろの妖精に! さあ、 あっしはもう虫かごを取りに行くぞ! かごのほこりをきれいに洗い流したら、 お前をあの中へ、 そっとやさしくていねいに、 ぶち込んでやる! 永久に!
ねえ! そんな言い方はないわ、 ごめんなさいね……そうね、 雪よ! わたし雪が、 冬が欲しいわ。 ずっと冬が良いわ、 それで、 ね、 この窓辺から手を伸ばして、 雪のつめたさを指先のあたりに感じて、 過ごすの。
ふむ! 冬! 雪! 雪景色もけっこう! 外は寒くともこの城の中はあたたかいのだ! 金貨に宝石、 暖炉のほのお! 燃えろよ燃えろ! 国の者も皆、 おのおのお家の中で、 ゆっくりほくほく過ごせば、 良い! そうだ冬! 冬だ冬! 黒い妖精よ! それが無理ならお前は虫かごで過ごすことになる! 風通しの良い木の虫かごだ! 夏はよいよい冬はさむいぞ! さあ! どうする黒い妖精!
ね、 妖精さん、 わたしのおねがいはこれでさいごよ!
わかりました。 ねがいをかなえました。 これからこのくにはもうずっと、 ふゆ、 です。