黒い妖精
場所 季節の国
人物 ネアラ —— 季節の国の王女 姫
フーム —— 姫の世話役 大臣
黒い妖精 —— 黒い蝶の羽が生えた妖精
季節の国、 城内 姫の部屋
日差しと春の風が吹き込む窓辺の花壇をながめる姫と大臣。
甘い香りはトパーズ、 咲きだす花びらはプラチナ、 みんな春の音楽を奏でているの、 ねえ、 どうして花は種をつけるのかしら?
ふむ、 花は種をつけることになっているから、 でございましょう、 姫さま。
ね、 わたしの花たちにお水あげなくちゃ。
ふむ、 それはこの、 季節の国に千年前より伝わる王家の花。 花のあとには青水晶のようなその種が、 残りますぞ。
あら、 千年前。 わたしもあなたも生まれてないわ。
ふむ、 それが伝承、 言い伝えというものでございます、 とにかく貴重な花なのですぞ、 姫さま。
ね、 ちいさなつぼみももうすぐ咲きそう。 ね、 風が外からノックするのが見えているの? ……ねえ、 つぼみって、 食べられるの?
ふむ? なぜ! なぜ食べようと思われるんです? 姫さま、 花の蜜ならともかくつぼみなど! まあ、 リスか妖精くらいのもんでしょうな、 ぱくっとかじってむしゃむしゃと。 それに花には毒が、 あるかもしれませんぞ!
あら、 毒なんてないわよきっと、 これはずっと伝わってきた王家の花なんでしょう? だいじょうぶよ、 ね? うふふ。
ふむ、 姫さま自慢の花ですからな、 種から育て、 水やりをかかさず! 日々お手入れをされて! やっと花もその目を覚ます頃! ここまでつぼみも大きくなって! あとは開花を待つばかり……や、 あっしも楽しみですなその花が…………うおっ! なんだ? 虫か!
窓から黒い蝶のようなものが部屋に飛び込んで来る。
あら、 なあに? その、 黒い、 ちょうちょ?
ふむ、 蝶……じゃない妖精だ! 黒い蝶の羽が生えていますがね、 姫さま、 これは妖精、 黒い妖精です。
あら、 本当! どうして妖精が?
ふむ! 窓辺の、 姫さまの花の匂いにつられて飛び込んできちまったんでしょう……壁に当たって落っこちたか! おい! 腹がへっているのか? ……おい! しっかりしろ!
ねえ、 水やりを忘れた花のようにぐったりしているわ……しんじゃったの?
ふむ、 いや、 ぐるぐると目を回しているだけ、 あ! ほれ! 目を開けましたぞ!
……ぼく……おなか……ぺこぺこ……つぼ…………。
おい! ああ! また眠ってしまった。
ねえ、 妖精って……何を食べるのかしら?
ふむ? 妖精の食べ物……あっしにはわからんですので、 食事係にちょいと聞いてきます! (部屋を出ていく)
……あら、 困ったわ、 何を食べるのかしらね……とにかく 何か、 あげなくちゃ。
ね、 ……これ、 食べる?
…………。
………………。
……………………。
(大臣、 駆け込みながら)…… 姫さま! 食事係にも妖精が何を食べるのかわからないと……ふむ? お! 回復したのか!
ええ、 もうだいじょうぶよ、 ちょっとおなかが空いちゃってただけみたい、 でもまた眠っちゃったわ。 ね……五月の空から降ってきたカナリアみたい。
ふむ、 カナリア、 黒いカナリア! 黒い妖精! まさに、 手のひらにすっぽり!
ねえ、 お人形用のベッドがあったでしょう、 あすこでゆっくり休ませてあげたいわ。
ふむ、 そうですな、 ではその黒い妖精は、 あっしが責任をもって連れていきますので 姫さまはどうぞ、 あの花の水やりの続きを……!
うん、 だいじょうぶよ、 あの花にはもう水をやらなくてよくなったの。
窓辺には切り取られた茎だけが生えた花壇が春の日差しを浴びている。
ふむ! あああ! なんと! 姫さま! え! あの自慢の花が! つぼみが! 切り取られ、 むしり取られて? 消えてしまった! ……まさか、 姫さま、 ご自分で?!
あら、 そうよ、 妖精さんに食べさせてあげたの、 うふふ。