親孝行
メスガキの元で過ごして早1ヶ月。メスガキの姿はここにはいない。
俺は家の中を探索した。赤ちゃん部屋、食卓、浴室などを探したけど見当たらない。
捨てられてしまったのではないかとやや不安になる。
俺は頭を振って脳内からそんな嫌な気持ちを消し飛ばした。
再度、食卓の机をちらりと見た。
机の上には1通の書置きが置いてあるのを見つける。
書置きには"仕事があるため帰ってくるまで大人しくしてるんでちゅよー"と書かれている。
メスガキめ。こんな書置きでも赤ちゃん言葉を書いているなんて……。
だけど、大人しくか。難しい注文をするものだ。
俺はメスガキママに対して親孝行がしたい。
拾ってくれたお礼をするべきとして、まず何をすればいいのだろうか。
俺はしばらく考える。元の世界では母の日にみんなどんなことをしていただろうか。
プレゼントを贈る?ここに閉じ込められたそもそも買うことができない。
ならば家事の手伝いだ。それならここにいても問題なく実行できる。
まずは部屋の掃除でもしようか。
俺は辺りを見渡した。部屋の中は綺麗に片付けられている。
メスガキのくせに案外整理整頓が出来ているなんて意外だな。
ふと、気になるものを見つけた。ちょうどメスガキサイズの鏡が壁に立てかけてある。
こんな大きな鏡を何に使うんだろうか。俺は不思議そうに鏡を覗き込む。
鏡には薄っすらと何かが映りだす。
見覚えがある世界が見えてきた。ここは俺が居た公園だろうか。
まだ1ヶ月しか経過していないのにとても懐かしい気がする。
そうか、ここで彼女は俺のことを見ていたのか。
彼女は今までどこで見ていたのか疑問ではあったが解決した。
この鏡を操作したら元の世界のことが少しでもわかるのではないか。
俺は鏡を操作するスイッチがないかを探したが見当たらない。
魔法が使えないと操作できないのかもしれない。
俺は小さくため息をついた。
やっぱり元の世界に未練がある。
確かにもう仕事はなく、残している者は何もない。だけど簡単に忘れられるわけがない。
今まで28年間過ごしてきたんだ。今までは知る手段がなかったから諦めていたけど元の世界のことを知る手段があるなら縋るしかない。
俺は一か八か鏡に触れた。
この世界の魔法の仕組みについてよくわからないが、もしかしたら魔力があって都合よく動くかもしれない。
鏡はタッチパネルみたいに反応を示した。
俺は触れた指先を横にスライドさせた。鏡の視点が切り替わり公園のベンチからブランコを映し出す。
どうやら無事反応したみたいだ。
俺はスマホを操作するかのように鏡を触った。
何について調べるべきだろうか。俺は首を傾げて考え込む。
手始めに自分が元々住んでいた場所について調べてみるか。
俺の部屋に視点を移動した。
部屋の中にはパソコンとベッド、本棚が設置されていた。
よかった、まだ荷物はある。部屋の中を見渡した。
俺は懐かしいなという気持ちで胸がいっぱいになった。
帰りたい。懐かしさと共に俺の胸を占める思いが強くなる。
拳を強く握りしめて胸に押しあてた。ドクン、ドクン、と胸の高鳴りが聞こえる。
帰りたかった世界が目の前にある。
その期待に胸が躍っている、もしかしたら帰ることができるかもしれない。
元の世界に帰ったら何をしようか。溜まっている推しの配信を見るべきか。
それとも見れなくなったアニメや漫画を見るか。とても悩ましい。
だけど、俺が帰ったらメスガキはまた一人になってしまうのかな。
俺はそう思うと何故だか胸が苦しくなった。
メスガキは家族が欲しいと言った。一人だから俺を呼んだと言った。
……俺は彼女の赤ちゃんである。メスガキのたった一人の家族だ。
そんな俺がメスガキを裏切っていいのだろうか。
考えるだけで胸が苦しくなった。俺は鏡から手を離した。
これ以上考えたくないな。俺はモヤモヤとした気持ちを抱えたままその場から立ち去ろうとした。
痛い。足の小指に激痛が走る。
俺はあまりの痛みに対して思わず言葉を失った。
しゃがみ込んで足の小指をしっかりと握りしめた。
……っ。上手く言葉が出てこない。
俺は力強くまぶたを閉じた。ギュッと音が聞こえた気がした。
ゆっくりとまぶたを開ける。
俺がタンスの角に足をぶつけた衝撃によって地面には数枚の写真と日記が散らばった。
いけない、いけない。
メスガキの私物を散らかしてしまった。俺は写真を片付けるため一枚拾い上げた。
見るつもりはなかったけど目の中に入る。
どうやら家族写真のようだ。メスガキの他に2人の大人の姿が見えた。
一人は美人なお姉さんと呼んでも差し支えないだろう。
メスガキと同じ釣りあがった目付きが特徴的だ。
もう一人はふくよかな男性だ。
真面目で優しそうなのが写真からでもよくわかる。
これがメスガキの家族なのだろう。どうして離れ離れになってしまったのかはわからない。
……この日記を読んだら何かわかるかもしれない。
俺は日記を――――。
それから俺は家族であるメスガキの帰りを大人しく待つ。
色々と話すことがある。俺はしっかりと決意を固めた。
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