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赤ちゃんとしての覚醒

書き溜めていた分を消化してしまったため、次回以降の更新ペースは落ちると思います。

なのでもし興味を持っていただけたのならブックマーク登録をお願いします。


また、できるだけ早めに投稿しようとは思っていますので温かい目で見守っていただけると幸いです。

草木が生い茂る草原の中、女性が立っている。風吹かれて髪が大きく揺れ動く。

顔はよく見えないが何故だろうか落ち着く。俺は勢いよくその女性に駆け寄って胸に飛び込んだ。どこか懐かしい匂いに身体が包まれるような気がした。

女性は俺の背中へゆっくりと手を伸ばす。背中をさするように触り、小さな声で呟く。


「……育史。」

「ママ……。」


俺は思わず声を漏らした。

母親の夢を見るなんて何十年ぶりだろうか。物心つく前から母親という存在は居なかった。だけど寂しいとかそういう思いは一切なかった。それが日常になっていたからだ。

なら何故今になってこんな夢を見ることになったのか。答えは簡単だ、あのメスガキの影響だろう。あいつが甘えていいなんて言い出すから。今まで一人で生きてきたのに……。


そんな俺の気持ちを察したのか、女性は俺の耳元付近にまで顔を近づけた。

「今まで一人で生きてきたんだから。ちゃーんと、素直に生きるのよ。」


ふぅー……と生温かい息が吹きかけられ、ウトウトと心地良い波が襲ってくる。

俺はまだ眠気を感じる眼をぱちくりと開く。だんだんと視界がクリアとなる。


「あっ、ようやく起きたんでちゅかー?」

目覚めて最初に目に入ったのはメスガキの姿だった。

じーっと俺の顔を見ていたのか目が合う。メスガキは顔を少しだけ赤く染め上げ、照れを隠すため煽るように言葉を紡いだ。


「……耳元でなんか変なこと囁いただろ。」

最悪な目覚めだ。メスガキが耳元で変なことを吹き込んだから母親の夢を見たんだろう。

今まで一人で生きてきた、高校の学費だって自腹だ。友達すら作らずにバイトに明け暮れた日々があったからこそ高校を無事に卒業できたわけだし、今さら甘えるなんてできるわけがない。

いくら仕事とはいえ。


「もうダメでちゅねー、育史は。朝起きたらおはようございますって言うんでちゅよー。そんなのもわからないんですかー?本当に育史はダメダメな赤ちゃんでちゅねー。」

このメスガキめ。話を逸らそうとしてるな。


「おはよう、さっさと質問に答えてくれないか。」

俺は睨みつけるかのように相手の目を見た。

彼女は向けられた指摘に困惑し、堪忍したかのように口をゆっくりと開く。


「……だって、可愛かったから。夢の中ではママぁ~なんて呼んじゃって、素直じゃないんでしゅからー。」

恥ずかしそうに頬を抑え込んで耳のようなツインテールをぴょこぴょこと動かす。


「だから、夢の中では素直に甘えさせてあげようかなって思いまちて。」

「余計なお世話だ!!」

俺は思わず怒鳴り声をあげた。

甘えたくない。そんな気持ちをどんどんと大きく膨らませていった。


「……もうダメでちゅねー、そんな大声をあげたら。」

彼女はそんな取り乱す俺の様子を見てにっこりと笑った。

引く様子もなく、俺を落ち着かせるためにぎゅっと抱きしめた。


「大丈夫、リーベはずっと傍にいるから。」

彼女は耳元で優しく囁いた。

何故だろうか、先程まで感じていた黒い気持ちがどんどんと消えていく。

このままずっと抱きしめられていたい。そう思った瞬間、俺は両手を伸ばして抱きしめ返した。


もっと甘えていたい……。まるで猫のように顔を左右に揺らしてすりすりと甘える。

彼女は嫌がる素振りを見せることもせずしっかりと受け入れた。

あぁ、甘えてもいいんだな。俺は心の中で密かに思う。


「大人しくできて偉いでちゅねー。」

彼女はおっとりとした声で囁いた。それは俺を甘やかすかのように、優しい雰囲気を醸し出した。

そっと俺の頂点に手のひらを置く。手のひらを左右になでなでと動かした。


「……ん。」

小さく吐息を漏らした。俺は目を閉じて頭を撫でられる心地よさを味わった。

彼女は俺の様子を見て朗らかな笑みを浮かべて立ち上がる。


近場に置いてあるエプロンを手に取り身に着ける。

「それじゃご飯の時間でちゅよー!ちょっと待っててねー。」

彼女は元気のいい声を出した。杖を一振りしてふわりと俺の身体が宙に浮く。


ゆらゆらと身体が揺れる。まるでゆりかごの中にいるような気持ちだ。

彼女は奥にある扉を開けた。俺も連れて扉の奥へ入る。


食卓だ。足を踏み入れて最初に目に入ってきたのは無垢木材で作製された机と椅子。

レンガを積み立てて作られた釜には小さな鍋が二つ置いてある、鼻をくんかくんかと動かすと香ばしい匂いが鼻腔を支配した。


口元からじゅるりとよだれが垂れる。慌てて口元を隠すように手で抑える。

彼女は杖を一振りして俺を椅子に座らせた後、ゆっくりと近づいてきた。


「もうダメでちゅねー、よだれこぼしちゃって。」

彼女はポケットから取り出した布で口元を拭いた。


「う、うるさい……。これは生理現象だ!」

「はいはい。しょうがない子でちゅね。育史は。あ、赤ちゃんだから仕方ないか。」


彼女は俺の言葉を右から左へ受け流した。思い出したかのように煽り文句を口にして小バカにしたような見下した目線を俺に向ける。

このメスガキめ!俺は改めて胸に反抗心を灯す。


「メスガキめ。いい加減にしないと……。」

俺は声を低くして怒りを露にした。最大限、眉間に皺を寄せて彼女を睨みつける。

彼女はそんな俺の態度を悟っていたのか人差し指を俺に突き付けてチョンっと鼻先に触れた。


「そんな怖い顔しちゃって……そうすればリーベが怯えると思ったの?」

にっこりと笑う彼女、俺はすっかり身動きが取れなくなった。

まるで風の力によってその場に抑えつけられているような感覚に陥る。


「こう見えてもリーベは結構強いんだよ?恥ずかしいからってそんな態度取るのよくないでちゅからねぇ。」

手足が見えない力によって抑え付けられた。彼女はしかめっ面を浮かべた俺の姿を見て頬を優しくなでた。

そして耳元まで顔を近づけた。ぼそぼそと囁き、口元を釣りあげて怪しげな笑みを浮かべた。


「は?別に照れてるわけじゃないし……。」

「またまたー。照れてないなら反抗的な態度はダメだよねー。」


俺は必死に否定をする。照れてるわけじゃない、赤ちゃんとして甘えることに抵抗があるんだ。

彼女はにっこりと笑顔のまま、鋭い目つきで俺を睨みつけた。杖をぐるぐると振り回す。俺の体が再び宙に浮かび上がりズボンを脱がされる。彼女の小さな手に魔力が溜まっていく。俺のお尻をバチーンと思いっきり引っ叩く。


「……っ!!」


尻に電撃が走る。一度叩かれただけなのに目頭が熱くなっていく。

彼女はもう一度俺のお尻を引っ叩こうと振りかぶった。


「ご、ごめんなさい。」

もうこんな痛い思いをしたくない。俺は思わず謝罪の言葉を吐き出した。


「ちゃんと謝れて偉いでちゅねー。よちよち」

彼女は謝る俺の姿を見てにっこりと微笑む。頭をゆっくりと撫でるようにして触った。


「これからはちゃんと素直になるんでちゅよー。」


……素直にか。そういえば夢の中でも母親がそう言っていたっけ。

これ以上お仕置きを受けたくないし、素直に甘えてみるとするか。


俺は小さく頷いた。

彼女はその様子に満足したのかお仕置きをすることを止め、釜の前に立った。


「じゃ、ご飯にしまちゅねー。」


彼女は鍋の中からスープを皿に盛りつけた。湯気がホクホクと立ち上がる。

俺の前にトンと置かれる。とてもいい匂いだ。

ゴクリと生唾を飲み込む。とても美味しそうだが俺は今赤ちゃんだ。


果たして赤ちゃんが熱々のスープを飲むだろうか。

否、飲むわけがない。こんなの飲んだら火傷をしてしまう。


「なんだこれは。」

「スープでちゅよ。そんなのも見てわからないんでちゅかー?あっ、もしかしてフーフーしてほしかった?しょうがないでちゅねー。ママがフーフーしてあげまちゅよー。」


俺はテーブルに置かれたスープを見つめた。

彼女はそれに気付くと煽るような口調で俺をからかう。そっとスープに顔を近づけて息を吹きかける。フーフー。


だが甘いな、メスガキ。プライドを持って赤ちゃんになることを決意した俺の素直さを舐めるんじゃない。

俺は机をドンっと叩いて大きな声を上げた。


「ミルク!!!!」

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