第29話.揺らぐ心
夜が明け、休日。
出場している選手たちも羽を休める二日間の休みだが、二回戦で敗退となったカインはというと。
師であるソフィとセレネ大森林へと来て修行していた。
普段通りガブリエルはパスということで、イヴとソフィに扱かれていたカイン。
「はぁッ!!!」
常人なら目で追えないであろうスピードだが、この程度ではルエリアの足元にも及ばない。
「遅い。」
ソフィは、相も変わらず無表情のまま後方へとカインの攻撃を避ける。
『相手はソフィ。契約者としても実力者としても格上の相手だ。
お前の攻撃の軌道も読める敵にその程度のスピードで当たると思うな。』
「分かってるッ!!」
自覚はしている。
身体強化をいくら施そうとも自力が低ければ、格上には意味を成さない。
「ふッ!」
呼吸を整えカインは後方へ下がったソフィを追撃するが、やはりカインの剣がソフィを捉えることは出来ず。
ソフィの固有武器である『水天錫杖』で、難なく往なされる。
「くッ!」
森に響く凄まじい衝撃音。
「・・・・・・カイン。私を敵と見なした上でその攻撃ならば話にならない。」
ソフィの容赦ないその言葉に、悔しげな表情を浮かべながらも自分の力を理解しているカインは反論せずひたすらに剣を振るうが、やはり美しく舞うソフィの髪先にすら剣が触れることはなく。
ガンバンテインで受け止めたソフィは、そのままカインの剣を押し退ける。
『・・・・・・カイン。何を躊躇っている?』
「躊躇ってなんか・・・・・・!」
『では何故、今の攻防でソフィに押された?身体能力強化を付与しているといえどソフィはまだ本気を出していない。あの程度ならば、お前の力でソフィを引かせることだって可能だったはずだ。』
カイン自身が自覚をしていないのだろう。
ソフィを前に動きが鈍り、躊躇っていることに。
普通ならば、優しいという一言だけで済ますことの出来ることなのかもしれない。がこれから先対峙する相手は明確な殺意を持った敵。
一瞬の躊躇いが命取りだ。
「・・・・・・話にならない。」
ソフィは、自らの頭上に無数の氷の槍を生成する。
『来るぞ。』
「分かってる。」
明確な敵意・・・・・・殺気を孕んだ眼差しで強くカインを睨むソフィ。
そのプレッシャーは本物で、思わずカインも一歩後ずさる。
「・・・・・・死んで。」
その一言で一斉に氷の槍は、カインの方向へと向かう。
「ふぅッ!」
呼吸を整えると、カインは槍を見据えたままバックステップで後方へ。
迫る氷の槍を、断罪器で一閃。
粉砕音と共に涼し気な空気をばら撒きキラキラと散る槍だが、その奥からカインを追随する無数の攻撃。
「くッ!」
ソフィは殺す気で来ている。それだけは理解した。
「はぁぁあッ!!!」
視認できただけでもざっと数百はありそうな槍。
ソフィは動きを止め、後方へ下がり槍への対処を懸命に施すカインを見下す。
『背後からも来ているぞ。』
「うんッ!」
前方から迫る無数の槍を一撃、二撃と肌に触れさせる事無く凄まじい集中力と身体能力、剣捌きで霧散させる。とイヴの援護を受け背中スレスレへと迫った槍を跳んで回避する。
「まだ来るッ!」
わずか数秒、宙に留まったカインを見過ごすことなくまるで意志を持ったように迫り来る槍。
若干の焦りを覚えたカインは、額から冷や汗を流しながら集中力を途切らす事無く地に足を着く間に数十本にも及ぶ槍を、断罪器で両断。
着地と共に、顔を上げると既に眼前へと迫っていた槍を利き手とは逆の左手で受け止める。
「キリがないッ!」
受け止めた事に安堵せず、全方位から同時に迫りくる十数本の氷の槍を左手に持っていた氷の槍に強化魔法を施し無我夢中で振り回し相殺する。
第二陣が待ってましたと言わんばかりにソフィの頭上から放たれると、再び左手に持っていた氷の槍で対処しようとするもいとも容易く粉砕されたことに驚きを隠せず隙を産んでしまったカイン。
その動揺を逃すはずもなく、氷の槍は凄まじい速度でカインに襲いかかり間一髪のところで避けるが完全回避したと安堵したカインの肩に死角から迫った一本の槍が掠る。
「くッ!」
間違いなく先程の第一陣とは違う。
槍の強度は増し、スピードも先程より上がっている。
恐らくは、数百本と作り出した氷の制御にかかっていた集中力と魔力消費量をカインが一本一本丁寧に槍を粉砕することにより、ソフィが一つ一つの槍の精度に労力を回すことが出来るようになるため強力になっているのだろう。
つまりは・・・・・・。
「数が少なくなっていく度に、個々の槍の強度が上がっていく上スピードも精度も尋常じゃないものになる・・・・・・。」
「・・・・・・休む暇はない。まだあと三百近くはある。」
冷静にあろうと思う度に、生じる焦り。
本当に殺されるのでは、と肌で感じる度に生まれる恐怖と震え。
『・・・・・・良い緊張感だな。』
カインには聞こえない程度の声で小さく呟くイヴ。
「はぁッ!」
剣を振るい前方から来る槍を次々に粉砕、時折来る左斜め後方からの死角攻撃にも後方へジャンプし避けるという対処をしながら戦闘を続けるカイン。
しかし、未熟ゆえの限界か戦闘が始まり約十数分。
止むことの無い氷槍の雨に対抗するカインの体力の消費は凄まじいものであった。
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・。」
荒くなる呼吸を誤魔化すカインだが、無慈悲にも後方から来る槍。
体の軸を揺るがす事無く、地に足を付け剣を横凪に一閃し回転する。
時間が経つにつれ槍の数は少なくなるが、精度が増しより厄介な魔法へと成る。
「はぁぁあ!!!!」
一切の小細工無しに、前方から迫り来る数十本の槍。
それは傍から見ると重力という概念を無視し、地面と平行にカインに凄まじい速度で迫る槍の雨にも見えたであろう。
パリィンッ!と砕ける氷槍の音に耳を傾けることなく、的確に断罪器で一本二本、三本と次々に当てて壊すがやはり疲れが出ているのか軌道が読めていても右手が思ったように動かず一つ槍を逃してしまう。
「ッ!」
危ないと理解したカインは、荒い呼吸のまま右横へ飛び退くが判断すら遅かったのか左太腿に槍が突き刺さる。
「あがぁッ!!!!!!!」
筆舌に尽くし難い痛みが足を襲い、思わず地に膝を着き太ももを抑えるカイン。
だが、ソフィが攻撃の手を緩めることなくはずもなく。
苦痛の声を上げるカインへ槍は迫る。
『立て。カイン。』
「くッ!」
左膝を地に付け、右足だけしっかりと地面に踏み込んだ体勢でカインは、無数の槍を迎撃する。
いくらアドレナリンが出ていようと、太腿を貫かれた激痛は想像を絶するもので、カインは呻きながら槍を壊す。
「・・・・・・。」
カインを中心に地面には赤い水溜まりが出来る。
数秒経つにつれ地面の水溜まりは段々と広がり地を侵食していく。
「はぁ・・・・・・あぁぁぁあああ゛ぁぁあ!!!!!」
迫り来る最後の一本を、素人でも見切れるような剣筋で一閃。
既に限界だったカインは、ソフィを見やり頭上に槍がないことを確認すると両手を地にべちゃりと着く。
「あ゛っ・・・・・・・・・はぁ・・・・・・・・・はぁ・・・・・・・・・はぁ・・・・・・。」
ぽたぽたと、額から流れる汗が頬を辿り顎から地面へ落ちていく。
無色透明だった汗が落ちる度に真っ赤に染まった地面に溶け、消えゆく。
『よくやった。』
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・。」
既に前方を見やる気力すらないカインは、近づいてくる足音に気が付く。
「・・・・・・これがカインの実力。ここまで出来るなら本来ならば私相手にも実戦形式ならば対等・・・・・・もしくはそれ以上に現時点でも戦えたはず。」
「・・・・・・。」
ようやく理解した。
つまりは僕自身が、『人』と戦うということを前に自覚のないリミッターを課していたと。
だから今回ソフィは、僕自身の実力を僕に理解させるため魔法で作りだした槍で今の実力を試したんだろう。
「敵対するとみなしたモノには容赦なく対処出来ている・・・・・・けど、敵対するとみなした人にあなたはどこか遠慮している。前にも言ったけどそれは愚かさ。あなたは守りたい何かがあってもそれを守れる心の強さを持っていない。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・だから。」
「・・・・・・?」
ソフィはカインの太腿に軽い治癒魔法を施すと再び後方へ飛び退く。
「最終手段。今ここであなたには克服してもらう。敵に対する甘さを捨てる試練を・・・・・・今あなたに。」
「克服・・・・・・?」
「『氷影幻格』」
詠唱と共に、カインの前に現れたのは氷で形成された何か。
それは僅か数秒で細かな特徴まで捉えたあれとなる。
「・・・・・・ッ!!!」
目の前で形成されたにも関わらず、本物かと錯覚してしまう。
思わず・・・・・・過去の憎しみから我を忘れそうになってしまう。
殺気と憎悪が入り交じった感覚はあの日以来だ。
「アベルゥゥゥッ!!!!!!」
「・・・・・・ごめん。」
ボソッと呟かれたソフィの言葉。
彼女はカインの過去を本人から聞いていた為、本来ならばこの手は使いたくないと願っていた。
だが、あまりにも腑抜けたその心意気を殺し合いの場でも突き通すというのならば自らを危機に陥れる事もある。
これからのカインの身を案じるために取った策であったが、やはり罪悪感は拭われることは無い。
「・・・・・・喋ることは無い。戦闘能力も本物とは比べることが出来ないくらいの劣化版。」
だが、氷といえども肌の色や服装。
そして、忌々しい整った幼げ残る顔。
恐ろしい程に再現されている本物に次ぐ贋作だ。
「・・・・・・見ての通り氷魔法と幻影魔法の複合。見た目は私の記憶しているアベルの姿を形取った。色はあなたの視覚に幻影魔法を使って直接虚偽の情報を流し込んでいる。あなた以外にはただの氷人形に見えてるはず。」
「・・・・・・。」
「あなたへの試練はこれを倒すこと。」
「・・・・・・。」
無言のままアベルを睨むカイン。
その様子を見て申し訳なさそうな表情でソフィはカインに告げる。
「殺して。」
ソフィの言葉と共にアベルはニヤッと不気味な笑みを浮かべる。
まるであの日のように。
「母さんをッ!!!」
偽物だと分かっている・・・・・・分かっているはずなのに。瞳の奥が熱くなるのは何故だろう。
あの日のことを一度も忘れたことは無い。
たとえ偽物だとしても。忌むべき相手が目の前にいるのならば。
「はぁッ!!!」
完全に治ったまではいかないのか、太腿が悲鳴をあげているがカインは気にした素振りすら見せず戦闘開始早々に見せた凄まじいスピードでアベルに向かい突進する。
『・・・・・・冷静さを欠くなよ。カイン。』
あの日その場にいたイヴも、どこかカインを気にかける様子で一言だけ呟く。
「死ねぇぇぇぇぇぇえッ!!!」
キィンッ!と氷とは思えない金属音が鳴り響き、森一体に響く。
恐らくは、ソフィの強化魔法で金属と同等の硬度を得ているのだろう。
「はぁッ!!!」
優しく穏やかなカインが今までにみせたことも無い鋭い目付きで右横に剣を振るってアベルに襲いかかるが、未だ不気味な笑みを浮かべたままアベルは剣を往なす。がそれも想定内だったカインは左に往なされた勢いを利用して痛む左足でしっかりと踏ん張り右からハイキックでアベルの頭を狙う。
が、そのハイキックすらもバックステップで華麗に避けたアベルは再度カインに詰め寄り左斜め下から拳を振るう。
「ッ!」
劣化版と言えどスピードだけでいえば現在のカインと同等。
予測していなかった動きを繰り出されたカインだが、その僅か一瞬も思考を巡らせ迫り来る拳を両手でガードするが、数メートル後退する。
それを逃すはずもなく、アベルは獰猛な瞳で獲物狩るため数メートルの距離を一歩踏み出して縮めカインの懐へ潜り込む。
「くッ!」
懐へ潜り込まれたカインは危険を感じて更に後方へバク転し、一定の距離を保ったかと思えば攻勢に転じアベルの眼前に迫り左拳を強く握り締めストレートを繰り出す。
同等かそれ以上のスピードで攻撃へと乗り出したカインの動きに驚いた表情を見せたアベルだが、反応が僅かに遅れ防ぐことが出来ず。右頬に強烈なパンチを食らうとそのまま十数メートル吹き飛び剣を手放す。
「はぁぁぁあッ!!!」
吹き飛んだアベルを追撃するため、カインは全速力で吹っ飛ぶアベルに追いつくと走る勢いを殺さずそのまま僅かに地から足を浮かせ近くにあった大岩へアベルを蹴り飛ばす。
『氷人形とはいえ・・・・・・凄まじいスピードだ。』
感心するように呟くイヴの言葉は聞こえておらず、カインは大岩に直撃しそのまま軽くのめり込んで身動き出来ないアベルの心臓辺りに剣先を突き立てる。
「・・・・・・。」
氷と理解している・・・・・・理解しているけど。
その憎悪は本物で・・・・・・恐怖は本物で・・・・・・怒りは本物で・・・・・・。
僕の心の中の愚かさも本物だったらしい。
「・・・・・・」
『カイン。』
「分かってる。」
殺さなければ。
早く突き立てた剣で貫かなければ。
緻密に再現されているのはどうやら見た目だけではなく、その質感すらもソフィは再現しているらしい。
剣先から感じる人間らしい柔らかな肌の感触。
「・・・・・・。」
触れた時に感じた質感が氷だったならば、貫くことは容易かった。
「・・・・・・カイン。」
───同じ人間・・・・・・だ。
『カインくん!あの・・・・・・今度・・・・・・あ、遊ばない?』
『・・・・・・カイン。お腹空いた。』
『カイン。どうした?僕の手袋気に入らなかった?』
そうだ。あの皆の笑顔を守るためには・・・・・・。
躊躇ってはいけない。
僕が守りたいと願うもののために。
「あっ・・・・・・。」
剣先がじわっと氷人形の表皮を貫く。
───でも・・・・・・。仮にこうやって人型の敵を殺す日が来たならば・・・・・・僕は人間でいられるのだろうか。
「あ、あ、あ・・・・・・。」
───人という類を殺すことに慣れてしまえば・・・・・・。僕は今のような日々が送れなくなってしまうのでは無いだろうか。
「・・・・・・・・・ぁ。」
───でもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでも・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『愛してる』
───ッ!!!
かつて愛してくれた人たちがいた。
愛した人たちがいた。
今でも懐かしい記憶が蘇る。
僕は・・・・・・なんのために強くなりたいと願った?
僕はなんのために大切な人たちを守りたいと強く願った?
───大切な人たちを守るために強くありたいと願ったはずなのに僕が行っている事は自らの日常を守りたい・・・・・・そんな自己防衛?
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・カイン?」
突き刺した剣を引き抜いたカイン。
まだ息の根を止めることが出来ていないはずのカインに思わずソフィは不思議そうに名前を呼ぶ。
「・・・・・・。」
カインは周りを見向きもせずに剣を空に掲げると、そのままアベルを確実に仕留める一撃を放つ。
「はぁぁあッ!!!」
ザシュッ・・・・・・と切り裂いたはずの剣から伝わってくるのは空を切った感触のみ。
動揺を隠せないカインは大岩を見やると既にその場に氷人形の姿はなく。
「・・・・・・魔力が枯渇した。」
申し訳なさそうに呟くソフィ。
結局、揺らいだ心を覚悟へと消化することが出来なかったカイン。
もやもやとした心の奥の感情に居候されたまま、この日はお開きとなりその日はやってきた。




