第20話.ベータ
「ベリル・・・。僕は君が嫌いだ。」
「奇遇だな。俺もお前が嫌いだ。」
二人は修練場で睨み合っていた。
時間は決闘開始数分前。
この学院では決闘が認められている。
両者の合意の元行われる決闘の勝者はこの学院でのランク順位が上がり、負ければ順位が下がる。
大物を倒せばその分順位も上がるので下克上も可能となっている。
「二人とも準備いいかな?」
取り持ってくれるのは、ユーリ。
観客などは、僕の都合で無し・・・としてもらった。
無論昨日居たガブリエル達は、関係者としてこの決闘を見守っている。
修行の成果はオリンピアで見せたい。
汚いが無能とバカにされていることも相手の隙を作る一つの切り札である。
「俺はいつでも良いぜ。」
「僕も大丈夫だよ。」
時計の秒針が正午へと近づく。
チクタクチクタクと鳴り響く。
鼓動がうるさい。
ドクドクと音を立てる。
「それでは決闘───開始!!」
二人は互いに勢いよく殴りかかる。
「オラァッ!!!」
「フッ!!!」
二人の拳が交わされる。
「グッ。」
拳を交え理解した。
既にベリルよりも自分の方が強いのだ。と。
これは決して契約者になったらと言って有頂天になってる訳では無い。
純粋に拳を交え感じ取った力の差・・・だった。
「それが・・・今のお前か?」
カインは何も答えずに自ら攻める。
「ふッ。」
呼吸を整え、ベリルの眼前へと迫る。
もう違う。流れに逆らわず諦めていた頃とは違う。
前へ進む。そう決めた。
「はぁッ!」
カインは、黒い手袋を付けた右手でベリルの顔を狙う。
「クソがッ!!お前みたいな落ちこぼれにッ!!俺が負けるはずがないッ!!」
流石は普通科トップ。
真正面から再度カインと拳を交える。
「ぐぅッ!」
だが痛みを嘆いたのは、ベリル。
「僕はッ!!もう二度とあんな事を繰り返させないためにもッ!!アベル達を倒したいッ!!」
ベリルの拳をそのまま押し切り、後方へ体勢を崩したその隙に間髪入れず相手の腹部に前蹴りを入れる。
「うッ!!」
そのまま更に数メートル後方へ下がったベリルに容赦なく繰り出される拳。
とうとうその拳はベリルの顔へ到達してしまう。
「ぐぅッ!!クソがックソがクソがクソがクソがッ!!」
悔しげに叫ぶベリル。
どうにか相手の詰めから逃れようとするも顔を狙うその打撃に耐えることが出来ず体は後方へ下がっていく。
─── 俺に失うものは何も無い。
「クソがッ!!」
─── 全てを失った人間がこれ以上何のために戦えというのか。
「クソがッ!!」
─── 俺の弱さが・・・愚かさが招いた結果が・・・。
「負けねぇッ!!俺は俺自身のために強くなりてんだッ!!」
─── 妹を殺してしまうなんて知らなかったんだ。
あの日、俺は妹と街に出ていた。
「お兄たん!これ美味しそう!」
「・・・ごめんな。リル・・・。俺が金持ちだったら。」
「ううん!お兄たん悪くない!」
無邪気に笑みを浮かべるリルと呼ばれた少女。
唯一の肉親であるベリルの妹だ。
父と母が闇組織から借金をして俺たちの生活は狂った。
毎日毎日、闇組織に追われる日々を過ごしていた俺達一家は、とうとう離散してしまった・・・と言うより、父と母が夜逃げした。
この頃はまだ十歳だった俺は、働くことも出来ず毎日毎日生きることに必死だった。
妹だけには不自由させたくない・・・と、毎日盗みを繰り返す日々。
見つかって暴行されては、それでも土下座し・・・靴を舐め自らがサンドバッグに、商人たちのストレスのはけ口になる事で食事を恵んでもらっていた。
「お兄たん!お腹空いた・・・。」
ぐぅと腹の音を鳴らすリル。
まだ五歳の少女は、半泣きになりながらベリルに告げる。
「ごめんな・・・リル・・・。少しここで待ってろ!お兄ちゃんが食べ物買ってきてやる!!」
「・・・お兄たん大丈夫?」
「任せろ!俺は強いからな!正義の味方ベリルさんだぞ!」
キャッキャと笑いリルは、ベリルに抱きつく。
「分かった!お兄たん待ってる!」
「よし!任せろ!」
今日も行こう。
唯一の愛する妹のために。
どんな事でもやろう。
毒薬でも何でも飲んでやる。
でも、妹が大人になるまでは死ねない。
今は食べ物のために殺されかけてもいい。
リルのためなら・・・死を選ぶことも出来る。
「ちっ。また来たのか小汚いスラムのゴミが。」
「申し訳ありません。商人様。どうか食べ物を恵んでください。お願いします。」
正義の味方・・・?自分で言ってて嗤えるな。
「まぁ良い。今日は新作の武器の実験台になれ。なぁに。殺しはしないさ。」
「承知しました。」
今日は鞭か。
魔力を通すだけで強化され、更には属性付与も出来る。自由自在に思い通りに操作できるんだ。そう商人は言った。
「さぁ・・・始めよう・・・」
いつも通りだ。
これが俺のいつも通り。
武器で殺されかけて、商人が飽きると部屋から放り出され食べ物と一緒に外へ。
「今日は・・・リンの実とパンだ。良かった。これでまた今日をしのげる。」
へへ。と笑うベリルの口元は血で真っ赤に染っている。
これも特に痛みすら感じることは無くなっていた。
毎日苦痛に泣き叫びそうになる自分を抑えるために、唇を噛み必死にこらえていた。
「痛い・・・な。」
何でだろう。
所々体から血が流れている。
それは大丈夫だ。
どうせしばらくすれば無数にある傷のひとつに過ぎなくなる。
「痛い・・・よ。」
そうか。心が痛いんだ。
いつまで俺・・・僕はリルを不自由な生活に押しとどめているのだろう。
いつになればリルは、あんなやせ細った体から周りの子供のように元気で活発な子になれるのだろう。
今のリルを想像するだけで、胸の奥がキュッとなってしまう。
「お兄たん!!」
ベリルを見つけると、すぐに駆け寄ってくるリル。
口元の血はリルに会う前に洗い流していたので、気付かれることは無い。
唇に残った痕は、今の生活をしている以上治ることはなくリルも古傷と勘違いしているため問題は無い。
「よーし!!お兄ちゃん仕事して食べ物買ってきたぞー!」
「お兄たんは食べたの?」
「お兄ちゃんは、お仕事中に食べちゃった!ごめんなリル!」
「うー!お兄たんずるい!」
風がなびくだけで、フラフラと揺れてしまう体を必死に足でこらえ定着させる。
「お兄たん大丈夫?お兄たんきついの?お腹減ったの?」
ダメだ。ここでバレてはいけない。
リルは優しい・・・ここでバレてしまったら食事を僕に分けてしまう。
「俺は大丈夫だ!!たっぷり食べたからな!!」
「お兄たんやっぱずるい!!」
はは。と笑いながら何とか誤魔化す。
これだ。これで良いんだ。
リルだけが無事なら僕は・・・。
例え弱くてもいい。
リルだけを守れる術があれば、僕は弱くたって構わない。
リルが居るだけで僕は幸せだ。
だけど、リルのことを思うと今の生活が申し訳なくて悲しくなってしまう。
「リル・・・愛してるぞ。」
「・・・?お兄たんなんか言った?」
リンの実を両手で持ちちょこちょこと食べるリルは、可愛らしく小首を傾げる。
「ううん。何でもない。いつでも俺が守ってやるからな。
お前は俺の大切な家族だから。」
「うん!お兄たんはリルの正義の味方!!お兄たん大好き!!」
うん。そうだ。僕はやっぱリルが居るだけで幸せなんだ。
こんな苦しくもリルが居るだけで幸せな日常が続くと思っていた。
あの日までは・・・。
「お兄たん。お腹空いた・・・。」
その日も食べるものすらなく・・・川の水を飲んで生にしがみついていた僕達。
リルも少しやせ細り、僕も立つことでやっとだった。
「そうか・・・大丈夫・・・だ。お兄ちゃんが・・・」
声が・・・出ない。
力が・・・出ない。
「ふぅ・・・。お兄ちゃん・・・が!買ってきてやる!」
やっと出た。良かった。
「うん!お兄たん待ってる!!」
こうして僕は、二日ぶりに街へやって来た。
既に視界すら朦朧となっていたベリルだが、リルのためと残り僅かな力を振り絞り一歩一歩確実に歩む。
いつもの商人の館へと着くと・・・何故か今日だけ・・・不穏な空気が感じ取れた。
『・・・・・・・・・は?』
『・・・・・・・・・です。』
上手く聞き取れない。
ベリルは、力を振り絞り館の塀を登ると会話の聞こえる一階の窓近くへ忍び込む。
『・・・・・・・・・なるほどぉ。ベータってガキが食べ物を・・・ねぇ。』
『は、はい。そうでございます。して私は・・・なにか罪に問われるなどということは・・・』
『んー?それは分からないわぁ。とりあえずボスに報告はしておくけどねぇ』
『ひぃ!!それだけはそれだけはご勘弁を!!!』
『んーだってさぁ。うちのお得意様に食事恵んでたわけでしょぉ?』
『知らなかった!知らなかったんです!!私はあなた方のお得意様などと!!』
『知らないじゃ理由にならないしさぁ。とりあえずその子たちの居場所を教えてくれるぅ?』
『わ、分かりました!!今はここフェロニアから少し離れた小さな森に居るはずですぅ!!』
『そう?ありがとぉ。じゃあ、親の借金を体で払ってもらわないとねぇ。』
そう言って会話が途絶える。
ベリルはその会話を聞き、フラフラの状態で急いで森へと戻る。
「危ない・・・。リル・・・が・・・。」
あれは・・・あれは、父と母が借金してしまった闇組織の奴らだ。即座に理解したベリルは森へ必死に歩く。
「力が・・・クソ・・・!!歩け俺・・・!!お願い!!」
フェロニアの町を・・・フェロニアの裏側を歩く。
この街は観光に来るのならば最適の場所だろう。
しかし、住民すら知らない裏では闇組織のアジトなどがあったり、スラムなども当然ながらある。
『国として』統治していない以上、こういう裏側があるのは当然のことなのだ。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・。」
情けない。歩くだけで精一杯なんて。
それよりもリルをリルを助けないと。
森へ着いたベリルは、また一歩ずつ先へ進む。
「おにひゃん!!おにひゃん!!たふけ!!!」
「・・・・・・リルッ!!!!!」
助けを呼ぶ声が聞こえた。
愛する妹の助けを呼ぶ声が。
走った。安定しない足取りで必死に走った。
体がよろける。踏ん張った。
茂みをかき分け妹の元へ走った。
呼吸すらまともに出来ずに死ぬかと思った。
もう無理だと思った。
きつかった?辛かった?それ以上に。
妹を失うかもしれないという想いが耐え切れなかった。
「・・・・・・・・・ヒュー。ヒュー。」
「あら・・・・・・遅かったじゃない。べータ君・・・?」
「リ・・・・・・ル・・・?」
「借金はチャラにしてあげるわぁ!!!こんなにも素晴らしい臓器が手に入ったんだものぉ!!!」
横で笑う派手な男を無視してリルの元へ駆け寄る。
「リル・・・?」
「・・・・・・・・・ヒューヒュー。」
どこからか・・・空気が漏れている。
なんだろう。この真っ赤な液体は。
あれかな?トマの実でも食べたのかなぁ。
そうだ。そうに違いない。
「リル・・・?どうしたんだ?早く起きないとお兄ちゃんがリンの実食べちゃうぞ?」
何で喋らないんだろう。
寝てるのかな?
「リル・・・?どうしたの?」
「あらぁ!!素晴らしい兄妹愛ねぇッ!!いいわぁん!!見届けましょう!!!」
頭では理解していた。
リルは・・・・・・。
「リル・・・?リル・・・!!リル・・・・・・!!」
「あぁん!!良いわねぇ!!」
「黙れッ!!」
ベリルは男へ殴りかかるが、容赦なく右脚で蹴りあげられる。
「ゔぅぅッ!!」
「やぁねぇ。汚いったらありゃしない。」
「リルに・・・リルに何をしたッ!!」
「見たらわかるじゃなぁい!」
うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。
「殺してやる!!」
ベリルは苦しみながらも死力を尽くして男に殴りかかろうとする。
「うるさいわ・・・ねッ!!」
「ゔッ!!」
またしても蹴りを受け蹲るベリル。
「良い?この世は弱肉強食よぉ?弱ければ死んで強ければ生き残り上に登れるのぉ。」
「うるさい!!殺してやるッ!!」
「やぁねぇ。でも良いの?妹ちゃんもう逝っちゃうわよぉ?」
『何だかシラケたわぁ』そう言って男は去っていく。
名前も言わずにどこの誰とも分からずに。
「リル・・・?リル?」
「・・・・・・・・・ヒューヒュー。」
声すら出ない。
リルはこちらを見ると涙を零しながら口をパクパクとあける。
「どう・・・したの?」
涙が流れる。
何で?リルはここに居るのに。
ちゃんと生きているのに。
何でだろう?
『お・・・に・・・い・・・た・・・ん・・・。だ・・・い・・・す・・・き。』
それがリルの残した最期の言葉だった。
続々と繰り出されるカインの攻撃の最中、ベリルの瞳には闘志が宿る。
「殺すまで死ねない。」
「・・・?」
そうだ。あの男を殺すまでは・・・。
「聞け無能。俺は人を殺したことがある。実の親達だ。」
「な!?」
その言葉にカインの殺気が宿る。
「盛大に殺してやったさ・・・!!喉を潰し!!臓器を抜いてやった!!」
ベリルの瞳からは何故か涙が流れている。
「俺はどんなことをしても強くなってやる!!俺のために!!絶対殺してやる!!」
「何を・・・言っているんだ?」
「ワーグナー家に拾われたことはありがたく思っている・・・!ベータという小さな少年を救ってくれたことに。だが両親とある男への復讐のため・・・名前を変えて強くなる事に固執し・・・少年は誓った。必ず・・・必ず殺すとッ!!」
「・・・・・・ベ・・・リル?」
「俺は・・・こんなとこで躓いていられないッ!!リルのためにッ!!」
二人は、激闘を繰り広げる。
殴られれば殴り返し、蹴られれば蹴り返す。
なんの技術も無い。ただの殴り合いを。
『リル。兄ちゃん強くなるよ。そして殺す。あの男を。』
こういう話ってあまり王道にはないですよね。
かなりシリアスですが、どうだったでしょうか。
もし宜しければブクマやpt評価などお願いします。




