第18話.無能の成長
あれから二週間ほど経ち、オリンピアまで二ヶ月を切った。
僕は、いつも通り・・・『無能』として学院に通いながらソフィと修行をおこなう日々を続けている。
未だにソフィが課した宿題に見合う答えは、見つけられていないけど、強くなってみんなを守りたい。その気持ちに何一つ嘘はないと信じている。
「・・・・・・ん。朝か。」
『今日も随分と魘されていたな。』
「いつもの事だよ。それでもイヴと会ってからかなり減った方だと思うけど。」
『・・・・・・そうか。』
会話を終えカインは、ベッドから起き上がる。
平日である今日も授業を受けるため制服に着替え、顔を洗い歯を磨き授業に必要な勉強道具を鞄に詰め込む。
「よし。」
粗方準備のできたカインは、その足で寮を後にするとそのまま教室へ。
色々な生徒とすれ違う。
朝のHRが始まるまで、友と話している生徒。
朝練に精を出す部活生。
食堂やレストランで朝食をとる生徒。
いつものように、何一つ変わらない日常を歩んでいる。
「・・・・・・あ!カイン君!!」
ふと背後から名前を呼ばれた気がしたカインは、後ろを振り向くと笑顔でこちらに駆け寄ってくる女子生徒の姿が。
「あ、リゼさん。おはよう。」
「うん!おはよう!」
リゼはニッコリ微笑む。
元気いっぱいに微笑むリゼを見た途端に若干襲ってきていた眠気が霧散したような気がした。
「今日も元気いっぱいだね。」
「うん!私にも目標が出来たから・・・追い付きたい人が居るから。だから少しでも勉強を頑張ってその人の隣に早くたちたいの。」
「そうなん・・・だ。」
皆明確な目標を持っている。
強い覚悟を感じる。
まだ燻っている僕とは違い、その目標に向かって頑張っている。
「すごいなぁ・・・。」
「そ、そんな事ないよ!カイン君もいつもソフィさんと修行頑張ってるし!私もカインみたいに頑張らなくちゃなぁ・・・なんて。」
へへ。と可愛らしく照れたように俯くリゼ。
「僕なんてまだまだだよ。魔法もまだ上手く使えないし、誰かを斬る覚悟すら持ててない・・・。」
「・・・・・・カイン君?」
「あぁ・・・いや。何でもないよ。じゃあ僕はそろそろいくね?」
「あ、うん。」
何か言いたげなリゼ。
カインはリゼの様子に気づかずその場を後にしようと足を進める。
「ま、待って!!」
「・・・・・・?」
リゼに呼び止められたカインは、再び向き直る。
「どうしたの?」
「あ、あのね。あの・・・今はね。オリンピアに向けて大変そうだから・・・。えっとね。オリンピアが終わったら・・・わ、私と・・・」
「ん?」
「デ・・・・・・」
「デ?」
「デー・・・・・・かけたりしてくれないかな!?」
独特な言い回しだ・・・。とカインは思わず笑う。
「えぇ!?私何か変なこと言っちゃったかな!?」
「いやいや大丈夫だよ。そうだね。この前の約束もまだ守れてないし、オリンピアが終わったら・・・一緒に出かけてくれるかな?」
「うん!!」
大輪の花が咲いたようにパァっと明るくなるリゼ。
見てるこっちまで思わず笑みが溢れるほどだ。
「約束だよ!」
「うん。」
「じゃあまたね!」
「うん。お互い頑張ろうね。」
元気に手を振るリゼににっこりと笑い手を振るカイン。
そのまま彼女は同じクラスの生徒と共に、教室へと向かった。
『あの嬢ちゃんもしかしてお前のこと・・・・・・。』
「どうしたの?イヴ。」
『いや、何でもない。独り言だ。』
軽く首を傾げながらも、カインはより気を引き締める。
「僕も・・・もっと頑張らないと。」
カインは、朝のチャイムがなる前に教室へと足を運ぶ。
『うわぁ、また来たよ。いつまで来るんだろうなあの無能。』
『やっぱ、ルシファー達と戦う前線にいたから調子乗ってるんじゃね?』
『俺がいれば、ルシファーなんて余裕だったけどな。』
男子生徒たちからはいつも通り罵声を浴びせられる。
女子生徒たちからはいつも通り汚らわしいものを見る目をこちらに向けている。
これが、日常なのだ。
カインにとっての日常。
─── キーンコーンカーンコーン
朝のHRを告げるチャイムが鳴る。
実は前任の教師は、体調を崩し学校を辞めてしまったため今日教室には、新しく担任となる先生がやってくるのだが・・・。
ガラガラ・・・と教室のドアが音を立てて開く。
「みんなおはよう。」
「な!?」
驚いたカインは思わず大きな声を上げてしまう。
先程まで無能とバカにしていた生徒たちの視線が一気に集中するがそんなことはどうでもよかった。
「はは。元気があるのは良い事だけどあまり大きな声上げちゃダメだよ。カイン。」
そう言って爽やかな笑みを浮かべたのは、カインのよく知る人物だった。
「今日からFクラスの担任を任されたユーリだ。今までは自分の研究室に引きこもってたけどマスティマから怒られちゃってね。空きが出来たから担任をすることを押し付けられちゃった。みんなよろしくね。」
頭が混乱しているカインだが、いつも通り時は流れ一限目がやってくる。
今日は、武器を使わない素手での戦闘を行う授業で皆修練場へと集まっていた。
「担任になったからにははっきりと言わせてもらうけど・・・君たちには危機感が足りない。アベル達が顔を見せた以上これからはこの前みたいな事もあるかもしれない。君たちはどうする?パニックになるかい?それとも力量を弁えず魔物たちの餌になるかい?」
静寂が訪れる。
この学院で最も低いランクのFクラス。
一般人に毛が生えた程度の力しか持ち合わせていないFクラス生徒たちは自分たちの未熟さが分かっていながらも、それを認めたくないがために、いい加減に授業を受け、いい加減に日常を過ごし、カインを無能と蔑み己を肯定していた。
「マス・・・学院長の許しを得て今日から一週間は暫く実戦形式の戦闘訓練だよ。」
ユーリは黒い手袋を着けると、出席番号一番初めの生徒の名前を呼ぶ。
「今から君たちには僕と一対一で戦闘を行ってもらう。要するに擬似的な殺し合いだ。」
「お、俺が?」
その生徒は先程ルシファーを蔑んだ男子生徒である。
Sランク冒険者と戦闘訓練など普通ならば、喜んで当然だが、『擬似的な殺し合い』と聞いたその生徒は怖気づく。
「カインは・・・そうだね。一番最後にしよう。」
その言葉を聞いた生徒たちは、無能だからと決めつけ嗤う。
「このコインが地面に着いたら戦闘開始の合図だよ。少しでも生徒側を有利にするために君に投げてもらおうかな。」
ユーリは生徒にコインを渡し、少し離れた場所で戦闘開始の準備を行う。
まだ煮え切らない生徒だったが、最後には『勝てる』と息巻きユーリの戦闘準備を待たずに自信満々にコインを投げる。
「もらった!!」
コインが落下する直前、ユーリが気を抜いていると勘違いした男子生徒はユーリに向けて剣を振り下ろす・・・が。
「・・・・・・は?」
思考が追いつかないあまり、男子生徒は笑う。
「動きが遅い。剣を振るう際に無駄が多いね。殺してやると言う殺気も感じられない。君はこの学院になにをしに来たのかな。」
いつの間にか男子生徒の背後に回っていたユーリは、その男子生徒の首筋に短剣を当てていた。
「ルシファーを殺せる・・・って君は言ってたよね。僕にすら敵わない君がどうやって殺すのかな。考えが甘いよ。今まで自分より弱い立場の人間にしか強気で行けなかった君たちが・・・。甘んじてFクラスという立場を受け入れていた君たちがどうやって強くなるって?」
「・・・・・・。」
下唇を噛み膝から崩れ落ちる男子生徒。
無駄に高いプライドが、傷つけられそのまま押し黙る。
「ほら・・・次は二人目。おいで。」
『・・・。』
二人目は、ユーリの居る戦闘の場に出ようとはしない。
ユーリは諦め続々と名前を上げていくが、その場に出ようとするものは誰一人居なかった。
無理もない。
無駄にプライドだけが高いFクラスの生徒たち。
あんな戦闘を見せつけられては、戦意も喪失するだろう。
「はっきりと言おう。Fクラスという立場を甘んじて受け入れている君たちはおかしい。一年、二年、三年という学年がありながらFクラスは一年しか存在しない。それは何を意味するか分かっているのかい?FクラスからEに上がれなかったもの。それは退学を意味する。この学院は向上心が高い人間や才能実力、そして努力という才能をもった人間たちが強くなるための実力主義の学院だ。そんな中君たちはまだ昇級までまだ半年以上あるからと強くなる努力すらせずのんびりと不毛な時間を過ごしていたんだよ。」
そう。この学院にFクラスは一つしか存在しない。
まさに落ちこぼれの集まりと言っても過言ではないはずなのに、Fクラスの生徒たちは強くなろうとしないのだ。
「カイン。前においで。」
「ぼ、僕?」
ユーリは小さな声でつぶやく。
「今までカインをバカにしてきた生徒たちにお灸を据えてあげないとね。」
「で、でも・・・。」
周りを見るカイン。
あれ程現実を突きつけられたはずなのに、Fクラスの生徒たちはカインを嗤っていた。
見世物が見られるぞ。と笑っている。
「・・・分かった。本当はオリンピアで自分の努力の結果を知りたかったんだけど・・・。」
「はは。大丈夫。まだオリンピアまで一ヶ月と少しあるんだから。まだまだ伸びるよ。カインは。」
「はぁ・・・のんきすぎるよユーリ。」
『お、とうとう俺の出番が・・・・・・』
「いや、ここは僕一人で・・・。」
『そうか・・・お前が決めたのなら俺は見学しておこう。』
カインはユーリからもらった黒の手袋を着ける。
「ふぅ。」
殺す気で行く。ユーリはこちらにそう告げるように殺気をまき散らす。
それを見た生徒たちは、ブルっと震える。
自分たちに向けられた殺気じゃないはずなのに。
それ程に実力すら欠けているという事なのだろう。
「ユーリ。準備出来たよ。」
カインは、二週間である程度制御出来るようになった身体強化魔法を発動する。
「カイン・・・僅か二週間ちょっとでここまで成長したんだね。」
ユーリの言葉を聞くと、カインはコインを投げる。
落下するコインの速度はスローに見える。
驚く程に遅い。
コイン落下まであと数十センチ。
長い・・・長すぎる。
─── コツン
コインが地面と音を奏でる。
「ふッ!!」
「・・・・・・。」
Fクラスの生徒全員に見えなかった。
瞬きの間に二人は消えていた。
『な、何が起こったんだ。』
『まさか・・・無能が?』
『きっとあれだ。ユーリ先生が吹き飛ばしたんだ。』
様々な憶測が飛び交う中、激しい衝突音が鳴り響く。
「はぁッ!!」
「強くなるの早過ぎないかな?カイン。」
「元の僕と比べてって事でしょッ!!ユーリッ!!」
二人は凄まじいスピードで移動し攻防を繰り広げる。
『違う!違うぞ!目を凝らしてよーく見ろ!!上だ!!』
一人の生徒がその様子に気がつく。
『う、そ・・・でしょ?あの無能が・・・?』
私たちが・・・俺たちがバカにしてきた無能が?
皆口を揃えてそう言った。
「甘いよ。ほら。お腹ががら空き。」
修練場内の空中でユーリは余裕そうな表情で、拳を繰り出す。
「そんな事分かってるッ!」
右から迫る腹部への攻撃をカインは、右腕を使い思い切り払い除け軌道を逸らし、そのまま僅かにユーリの体勢を崩すと
カインは右腕で払い除けた勢いそのままに自ら回りユーリの首目掛けて右肘を繰り出す。
ユーリは右肘が来ることを即座に理解したのか、上体を捻り回避すると上体を捻ったまま右脚でカインに蹴りをお見舞する。
「うッ!!」
間一髪で頭部目掛けてきた蹴りを左腕で受けたカインだったが、受けきれずそのまま硬い地面へと体を打ちつける。
「う・・・いったいなぁ・・・。」
「はは。ごめんごめん。でも明らかに強くなってるよカインは。」
そう言って地上に降りてきたユーリは、カインに手を差し出す。
「ありがとう。でもまだまだだ。」
快くその右手に掴まり起こしてもらう。
「さ。一限目はここまでにしておこうか。」
先程までの殺気は既に無く、ユーリはFクラスの生徒たちに向き直る。
「君たちが無能だと言ってきた彼はどうだった?」
帰ってくるのは沈黙だけ。
「確か彼は運命に恵まれていた。彼の力が発現・・・いや彼が力を手に入れたのは最近の事だ。」
そうだ。僕力は始めからあったものじゃない。
契約天学を経て手に入れた僕の力じゃない紛い物だ・・・借り受けた力だ。
「君たち生徒の噂にもある通り彼はルシファーの居る前線に居た。」
その言葉にFクラスは動揺する。
「でもね。その時の彼は君たちが知るとおり魔法も使えない、身体能力は高いけど実際の戦闘では足でまといになるレベルで全くもって強くない学院最下位の落ちこぼれだった。」
「ユーリ・・・結構辛辣だ・・・。」
「でも彼は前線にたった。震えていたよ。怖がって居たよ。一度殺されかけていたこともあったらしい。」
ユーリは真っ直ぐな瞳で言葉を続ける。
「でも・・・それでも彼は前に・・・前に行こうとしていた。それが何かを守るためであれ、復讐のためであれ・・・君たちにそんな事が出来る?」
『・・・・・・・・・。』
「蛮勇とも呼べるが、僕はその勇気を心から尊敬している。」
「ユー・・・リ。」
緩みそうだった涙腺を必死に止める。
こんなとこで泣いてはいけない。自分にそう言い聞かせて。
「彼が自分の力を偽物だと思っていたとしても、僕は彼の力は確実に彼自身のものだと思っている。あの場に立とうとした彼の勇気が彼自身を強くしたのだと。」
「あり・・・・・・がとう。」
小さな声でカインはそう呟いた。
「彼は『大切な人達を守るために強くなりたい』と言った。強い志を持っている。君たちには・・・そういう志はあるかい?」
『・・・・・・。』
「想像してみて。君たちの目の前で大切な誰かが失われようとしている。」
『・・・・・・。』
「それは魔物の仕業か・・・人間の仕業か。あるいは事故か。何でもいい。その際君たちは全力を尽くすだろう。『守りたい。失いたくない。』その一心で。」
『・・・・・・。』
「だが、君たちは守れなかった。その魔物を殺す勇気も、敵と対峙する覚悟も、事故から救う素早い判断も出来なかった。」
『・・・・・・!で、出来るッ!!俺達には魔法もある!!』
生徒のひとりが声を上げる。
「本当に?自分より強い魔物と対峙する勇気がある?自分が殺されるかもしれないよ?そんな弱い人間に自分も逃げて大切な誰かも逃がすという手段が取れる?」
『そ・・・・・・それは・・・・・・。』
「あと少しで・・・もう少し強ければ・・・。君たちは何度も後悔することになる。」
「・・・・・・ユー・・・・・・リ?」
その言葉にユーリの私情が挟まれているように感じたカイン。
本当に何となく。そう感じてしまった。
「そんな後悔をしないために。今何をすべきか分かる?」
『・・・・・・・・・。』
沈黙が返ってくるかと思われたが・・・
『・・・・・・強く・・・なりたいです。』
一人の女子生徒が潤んだ瞳でユーリに返す。
『俺・・・も。弟がいる母さんたちがいる。』
『私・・・も。強くなりたい。家族を守れるほど強く・・・。』
一人の言葉を皮切りに続々と声を上げる生徒たち。
朝から辛辣な言葉を返していたユーリは、現実を受け止めた彼らに対して優しげな笑みを浮かべる。
「僕が担任になった以上、君たち全員必ず強くしてみせるよ。」
そう言ったユーリは頼もしく・・・かっこよく。
誰かを守れる人間はこれほどに優しく強い心を持っているのだろうか・・・そう憧れを抱くカインだった。
ざまぁがメインじゃないので、
サラーっと終わりました。




