第1話.無能
何かとりあえず思いついたものを書こうという精神です。
書き溜めしておりますが、とりあえず一話だけ投稿しておきます。
ふと思い出す。
あの日『アベルの惨劇』が無ければ僕はまだ両親と一緒に過ごせていたのだろうか。
今の自分の姿を子供の頃の自分と重ねふと思う。
孤児院のみんなも大好きだ。
でもそれ以上に僕は・・・お母さんと父さん。二人と一緒に居たかった。
──── チリリリリリリ・・・
「ん・・・・・・ぁ」
チュンチュンと鳥のさえずりも外から聞こえてくる早朝にカインはアラームと共に目覚める。
気づけば枕元は濡れている。
「・・・・・・。」
いつもの事だ。
十年前のあの日以来忘れた事など一度もない。
だが、あの日僕を守ってくれた美しい翼を持った天使の事も忘れたことは無い。
おとぎ話の中だけの存在だと思っていた。
悪魔という種族だけが存在する世界だと。
しかし彼は現れた。
どこの誰なのか分からない。
美しい翼を持つ、白銀の天使。
端正な顔立ちで今の僕とさほど変わらないと思える若い容姿。
女性に見紛うほどに、中性的な顔立ちであったことは確かだが体に響くような低い声。
体格の良さ、声からして男だったことは確かだ。
いや、そもそも天使に性別などあったのかは今でも分からないが。
「よし。準備をしよう。今日からまた授業が始まる。」
辺境の街にある孤児院で育ったカインは、資金繰りの厳しい孤児院を支えるため魔物討伐を生業とする『冒険者』になるべく様々な夢や志を持った人々の集まる、大陸最高峰の学院。『マスティマ総合学院』へと通っている。
そもそも総合学院とは何か・・・?マスティマ総合学院とは、この世界では主に『魔法学院』『騎士学院』のどちらか二つの学院に通うこととなるが、その二つの科が合併している稀有な学院である。
生徒数の多さと知名度は大陸一の学院で、マスティマ総合学院を知らない人はいない。
総合学院に通う生徒たちの主な理由は『冒険者』の他に自国の騎士や魔法士などを目指すものもいれば、この学院で蓄えた経験と知識を持ち自国の発展のためあらゆる技術者を目指すものがいる。
カインは幸い身体能力は良く、何とか入学出来たもの魔法が使えないはずのカインがこの学院を選んだことをよく思っていない生徒もいる。
そのため魔法の使えない『無能』として、学院内で噂される有名人となっていた。
何故、それでもこの学院を選んだのか。理由は昔とある天使に助けられたことがあるため。だった。
既にこの世界では『神代の遺産』と呼ばれるようになった契約術。『契約天学』を探し求めるべくカインは大陸一のこの学院を選んだのだ。
「魔法が使えなくても。もう一度会うことが出来たなら。」
カインは、着替え支度を終えると学院内にある自分の寮から出て、歩いて数分程度の場所にある『普通科棟』へと足を運ぶ。
クラス分けは強さで分けられている。
C〜Fランクの落ちこぼれ達と普通科生徒達の通う普通科の棟へ通い、S〜Bランクの強者達が『特科教室』へと通う。
因みにこの違いは授業にも反映される。
普通科は、基礎的な授業や鍛錬などが多いが特科は、『悪魔との戦い』を念頭に入れた実戦形式で行われる鍛錬や、実際の『魔物』との戦闘なども行われる。
普通科と特科ではレベルが違うのだ。
「すぅー。」
教室内に入る前にカインは深呼吸をする。
「よし。今日も頑張ろう。」
意を決して教室内に入る。
Fランクの教室内には、約50人程生徒たちが居り落ちこぼれといっても皆魔法の才や剣術などの戦闘スキルに恵まれた将来有望な生徒たちなのだ。
もちろんFの普通科であっても魔法を使えないのは僕だけだ。
皆も自分たちがFランクだということは分かっている。のだが、やはり見下し自分の顕示欲を保ちたいのか皆僕を見るとクスクスと笑い、ことある事に『無能』と呟く。
──── キーンコーンカーンコーン。
チャイムがなり教室内に教師が足を運ぶ。
予め授業の準備をしていたカインは、焦ることなく窓際の席でゆっくりと窓の外を眺める。
この普通科校舎棟は、この広い高台に建てられた学院内でも端の方にあるので窓から見える景色は、『聖皇国ヤハウェ』の街並みだ。
この学院は天使を祀る大司教の統治する『聖皇国ヤハウェ』と、人族の統治する『アイアス王国』と『自由都市リベルタス』の三つの国の中立の丘に建てられている。
若干人より目が良いためカインはじっくりと眺める。
人々は今日も賑わい、屋台で昼間から酒を飲む人々もいれば、野菜などを選ぶ女性なども見える。
今はこんなにも平和に見えるのに。
世界が混乱を極めているなんて想像も出来な・・・・・・
「・・・ッ!!カイン君ッ!!」
「は、はいっ!!」
顔を真っ赤にした年老いた教師。
どうやら外を眺めている時に名前を呼ばれていたらしい。
「やれやれ。これだから無能は。『契約天学』について分かりやすく話しなさい。」
「ッ・・・。はい。」
悔しいという気持ちを殺し、カインは『契約天学』について話す。
「『契約天学』とは、大昔に出来た一種の契約です。起源は2000年前の13代目の勇者と一行が悪魔や魔人に対抗すべく天使と共に作り出した契約が元になっており、時代が進むにつれ、より洗練された契約ができるようになり勇者召喚さえ必要ないと言えるほど強力な契約となっていたはずでした。
がしかし、その力は継承されず既に消失しています。現在では『契約天学』の研究が進められていますが、未だ何も分かっていない状況です。尚、十年前に現界した天使たちと契約を結んでいる人間が一人たりとも発見されて居ないため、契約天学がどれほどの力を有するものなのかなども不明のままです。」
教師は分かりやすい上に完璧と言えるカインの回答に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ別の質問を繰り出す。
「まぁ、魔法の使えない無能が座学も出来なかったら終わりだよな?」
その教師は年老いて丸くなっているなんてことはなく、カインの心を踏みにじるような発言を毎度毎度してくるのだ。
「・・・・・・。」
「ちっ。面白くねえやつだなぁ。」
生徒たちもクスクスと笑う中、カインは悔しさで押し黙る。
その様子を見た教師は、言い返してこない事に『つまらねぇ』と吐き捨て舌打ちする。
「じゃあ座ります。」
「まて。最後に『アベルの惨劇』とはなんだ?そしてアベルの惨劇について話せ。」
「・・・・・・アベルの惨劇とは。十年前に突如として現れた天使族と対となる悪魔族が出現し、アベルとルシファーという悪魔が世界を危機に陥れた悪魔誕生の日です。十年と少し前までは悪魔という種族もおとぎ話の世界だけの種族という認識でしたが、その日をきっかけに悪魔という種族が実在するものだという認識が生まれました。以後天使と悪魔の目撃例なども後を絶たず、今では両者とも実在しているという認識が世間一般では当たり前となっています。
天使の協力もあり、Sランク冒険者や国々の手練達の激闘の末悪魔側が撤退し
『魔王大陸』へと逃亡。以来魔王と手を組み力を増強してる恐れがありますが、未だ未知である悪魔という種族に無闇に手が出せず現在に至ります。」
「・・・ちっ。いいだろう座れ。」
「はい。」
カインは特に考えることなくすらすらと述べ座る。
「じゃあ今日の授業はこれで終わる。」
教師の挨拶の後チャイムがなり、一時限目が終わる。
教室内の生徒たちはいつものように『またあの無能虐められてたな。』『ほんとほんと。見てていいザマだわ。』というカインの陰口が尽きない。
「次の授業は・・・魔法の行使授業か・・・。」
いつもの事だが、がっくりと肩を落としてため息をつくカイン。
「どれも僕には関係の無いことか。修練場に向かおう。」
魔法修練場は、寮に近い場所にある。
ここからは徒歩数分でつくため、カインは焦ることなく教室を出て修練場へ向かう。
いつものように、好奇の視線を無視しながら歩みを進める。
好奇の視線に晒される事は珍しいことではない。
学院内唯一の無能。そう呼ばれバカにされている僕を面白半分で教室まで覗きに来る人も居るほどだ。
そして・・・。
「・・・お?無能じゃねえか。」
「ベリル・・・。」
ニヤッと笑みを浮かべ近づいてくるのはCクラストップの普通科で最も強い男。
ベリル・ワーグナー。
白髪短髪でガタイが良く犬歯が特徴的な、凶暴な男だ。
少し厳ついが顔もよく女子からの人気は高いが孤高の存在。
無能と呼ばれている僕を面白半分で見に来た中の一人であり、最近ではパシリとして使われている。
「おい。丁度いいや。お前学校出て屋台で飯買ってこいや。」
「・・・・・・いやだよ。僕はこれから修練場に行かないといけないんだから。」
「は?お前が?必要ねえだろ無能なんだから。」
「ッ!!」
殴れば退学。
暴力沙汰になれば間違いなく退学である。
白黒つけるためには決闘という手段が学院内には存在するが、魔法も使えない僕がいくら身体能力で優っていたとしても、魔法の使えるベリルに勝てるはずがない。
「とりあえず僕はもう行くよ。」
そう言い通り過ぎた瞬間。
「ゔっッ!!」
ベリルに背後から頭を捕まれて、地面に擦り付けられる。
「無能があまり俺に逆らうなよ。」
「ッ!いいの?君退学になるよ?」
悔しさと痛みを堪え冷静に振る舞うカイン。
ベリルの額には青筋が浮かんでいる。
かなり怒っているようだ。
「・・・・・・チッ!!雑魚が調子に乗りやがって。お前みてえな何も出来ねえ雑魚が口だけは達者なんだな。クソがッ!!」
「・・・・・・。」
ベリルは頭を離しカインに背を向ける。
カインは歯を食いしばり怒りを押し殺して汚れた制服を叩き砂埃を払う。
「・・・・・・ちっ。」
カインはベリルの舌打ちを無視し歩き出す。
数分後ようやく修練場に足を踏み入れるカイン。
どうやら今日はFクラスとEクラス合同の授業らしい。
「おいおいしっかりしてくれよリーーゼちゃん?」
「ごめんなさい・・・。」
「ったく。これだから没落貴族の女はよぉ。」
「あ、どうせなら俺の女にしてやろうか?平民だけど。」
「バカかよ。こいつ顔とスタイルだけは良いんだから俺みたいないずれ大きくなる貴族の妾にしてやるのが一番だろ?なぁ!リゼちゃん?」
『アベルの惨劇』がもたらしたのは人的被害だけではない。貴族なども惨劇による被害によりやむ得ずという形で没落していった貴族がほとんどだ。
リゼというあの女生徒もその没落貴族の一人だ。
確かに藍色の長髪でトパーズのように綺麗な瞳。
身長は172である僕より少し低いぐらいでスタイルも良い。
確かに男たちが釘漬けになるのも分かるけど流石に発言が最悪すぎる。
「や、辞めてください・・・。わたしは・・・。私は遊びにこの学院に入った訳じゃないんです。」
「はぁ?貴族に向かって少し態度が横柄じゃないかな?あ、元貴族だからその気分が抜けてないのかな?」
「私はもう貴族じゃありません。本当にこれ以上はやめてください・・・。」
「あぁ?お前さ。今日の夜ちょっとうちこいよ。僕の家でしっかりと教えこんであげるから。来なかったらお前の親父どうなるか分かってるよね・・・?」
「・・・・・・ッ!!で、でも私」
「私・・・?あ、初めて?大丈夫大丈夫。優しくしてあげるからね?」
「いや・・・・・・。」
「俺といれば悪魔なんてぶっ殺してやるよ!!」
下卑た笑みを浮かべる自称貴族の男。
正直見るに堪えない・・・。
幸いまだ何もされていないようだけど手をかけられるのも時間のうち。
なんと呑気なことだろう。悪魔という未知をバカに出来るほどの実力の持ち主なのだろうか。
少なくとも目の前にいる貴族の生徒が、あの・・・『アベル』という悪魔に勝てるとは思えない。
無能の僕に何ができるんだろう。
リゼと呼ばれた女生徒は、自称貴族の生徒に肩を組まれる。
周りの取り巻きたちはおこぼれにあずかろうと周りを囲む。
恐らくFクラスで一番力を持ってるのだろう。
みな見て見ぬふりをしている。
自らが標的になりたくないが故に。
「これは・・・流石に。」
カインはその貴族の生徒の元へと歩みを進める。
「ねぇ。君。さすがに横暴が過ぎない?」
「あ?って・・・」
カインの顔を見た瞬間に、笑う貴族の生徒とその取り巻き。
リゼは頭の上にハテナを浮かべたような表情でこちらを見やる。
「お前無能じゃね?」
「お前みたいな魔法の使えない無能人間がなんの用?」
「雑魚がいきがってんじゃねーよ。」
お約束とも思えるこの場面にカインは苦笑いを浮べる。
「ヘラヘラしてんじゃねえよ。まだ授業まで三分あるし・・・やるか。」
三人は指や首を鳴らして軽い準備運動を終えるとこちらに声をかける。
「お前さ。ヒーロー気取りかもしれないけど。無能のくせにいきがってんじゃねーー・・・よっ!!」
貴族の男が殴りかかってくる。
カインは避けることなくそれを受けて床に倒れ込む。
「くくくっ。ざまぁ。雑魚が。」
修練場の2階。先程から視線を感じていた。
恐らくは、科目の担当教師であるあの人だ。
「これは正当防衛だよね?」
カインは立ち上がり切れた唇からうっすらと垂れる血を右手で拭う。
「何?お前舐めてんの?」
貴族の生徒とその他二人は一斉に殴りにかかる。
「危ないです!!」
リゼの注意と共に尻もちを着いたのは。
「・・・え?」
「あれ?なんで俺ら天井見上げて・・・。」
カインは貴族の生徒たちに恐怖を与えられ震えているリゼに手を差し伸べ立ち上がらせる。
「・・・あっ。」
まだ膝が震えているせいでカインにもたれかかる状態となったリゼを優しく抱きとめ三人に告げる。
「僕が無能ながらもここに居られるのは、純粋に身体能力が高いからなんだよ。確かに君たちに魔法行使されれば歯が立たないよ。だけど純粋な拳の勝負なら僕は負けない。君たちのような僕以下のクズには尚更。」
「ヒィっ!!」
射殺すような視線で三人を睨むカイン。
普段穏やかでおどおどとしている彼からは想像もつかない形相で睨む。
三人は腰を抜かしその場で震えている。
「ごめんね。えーっとリゼさん。」
「い、いえ。大丈夫です。」
「?」
リゼは顔を真っ赤にして、俯いているためカインは抱いていた肩を離し頭を下げる。
「ご、ごめん!これじゃ僕も同類になっちゃうね。」
「い、いえ!そんな事は!!」
「はいはーーい青春は一旦それで終わりにしようねー。」
そこには先程二階からひっそりと様子を窺っていた、科目担当の教師であり唯一のカインの理解者であり学院内で心を許せる人。
穏やかで端正な顔立ちをしていて髪を後ろで結んでいる男。
ユーリだ。『契約天学』の研究においてはこの学校で並ぶものはいないと言えるほどの教師であり、戦闘においてもかなりの強者である。
「とりあえず今日は、あの的目掛けて正確に撃てるようになろうか。まだ魔力のコントロールは難しいかもしれないけど、慣れれば無意識のうちにできるようになるからね。あ、カイン君はこっちに来てね。」
ユーリがそう言うと周りの生徒たちは『無能だ』と笑っていた。
カインは気にすることなく、ユーリの跡をついていく。
ユーリは曰く、ここまで魔法の才に恵まれていない人間は初めて見た。とだからこそ興味が湧いたと初対面で積極的に言われ続けてきた。
カインはユーリの後を着いていき、いつものユーリの研究室内へと入る。
いつもの通りに研究室内のソファへと腰掛けると、ユーリも対面側のソファへと腰掛ける。
「それで、今日はなんで呼び出したの?」
「えーっとね。実は学院長からの言いつけでね。」
ユーリは優雅にコーヒーを飲みながら口を開く。
第一話ありがとうございました。
もし宜しければ、pt評価やブクマなどお願いします。
作者の励みになります。