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第17話.覚悟の脆さ


 カインは、自らの手に残る感触を確かに感じながら歩く。


「・・・・・・カイン?」

「・・・あ。いや何でもないよ。」


 あれからはほとんど記憶が無い。

 上位ゴブリンを倒したことによりFランクからEランク冒険者となったカイン。

 ゴブリン討伐完了の手続き等は全てソフィアがおこなってくれた。


『お前すげえな!!』


 リーチさんたちは褒めてくれたが、素直に喜べなかった自分がいた。


『お疲れ様でした。』


 優しい笑みで気遣ってくれたヴァローナさんが居た・・・。

 安堵できなかった。


 嗅覚に残る噎せ返る匂いは、手に残る肉の感触は、耳に残る断末魔は、肌で感じた生暖かさは・・・目で見た亡骸は未だに消えることは無い。


 ただ魔物を討伐しただけなんだ。

 この世界では当然の出来事。


「・・・・・・・・・。」


 震える右手を強く握り誤魔化すように、笑う。


「はは・・・。何か・・・お腹空いたね。」


 今の僕の笑顔は、しっかりと作れているだろうか。


「・・・・・・そう。」


 ソフィアはそれだけ呟くと、カインの腕を引っ張りフェロニアの町を先導する。


「わ、ちょ。ソフィアさん!?」


 辺りは既に日が暮れ午後の十九時となっている。

 門限が二十二時なのでまだ時間には余裕がある。


 人混みをかき分けソフィアは、進む。


「ここ。美味しいお店。今日はよく頑張ったから師匠の私が払う。」

「・・・・・・ソフィアさん。」


 彼女なりにカインを気遣っての事だった。


「・・・・・・ソフィ。」

「・・・・・・?」

「あの時はソフィって呼んだ。」

「・・・え?あ、あーー。」


 確かに呼んでしまったかもしれない。


「ソフィで良い。ソフィはカインって呼んでる。」

「・・・分かった。ソフィって呼ぶね。」

「・・・ん。それで良い。」


 相変わらず表情は変わらないがどこか、笑みを浮かべているように感じて見えたソフィ。

 カインも気の所為かもと思いつつ笑みを返し店に入る。


「いらっしゃい!ってソフィじゃないかい!なんだい?もう用事は終わったのかい?」

「・・・・・・ん。」


 食事処『夏山(かざん)』のオーナーの奥さんである女性がソフィに気さくに話しかけたかと思えば、席に案内される。


「今日は彼氏と一緒かい!いいねぇ!青春だねぇ!」

「違う。弟子。」

「あーそうかい!ソフィもAランク冒険者だし弟子ぐらい持つよねえ。」

「・・・・・・Aランク。」


 ゴブリンすら倒殺すのに戸惑ったカインからしてみれば、Aという冒険者のランクはとてつもなく高い壁に思える。


「・・・・・・今は弟子じゃない。友達。」

「え?」


 意外だった。他人にあまり興味を抱かないとガブリエル本人から聞いていたカインからしてみればソフィの発言は完全に虚を突かれるものであった。


「・・・・・・違う?」


 こてん。と可愛らしく首を傾げるソフィ。


「・・・・・・いや。これからもよろしくね。ソフィ。」

「・・・・・・ん。」


 少し恥ずかしそうに視線を逸らすソフィに、優しげな笑みを浮かべるカイン。

『あんたら本当にカップルとかじゃないんだよね?』と不思議そうな表情を浮かべるおばちゃんだったが、気を取り直して注文を始める。


「キングブルのハンバーグ。ファントムクラブの蒸し焼き・・・・・・」


 詠唱の如く次々に注文していくソフィに愕然としていたカインだったが、十数分後にようやく注文が終わる。


「じゃあごゆっくり〜」


 そう言って厨房へ向かったおばちゃん。


「・・・・・・。」

「・・・。」


 突然訪れた静寂をどうにかしようとカインは話題を探す。


「・・・・・・ゴブリンを倒した感想は?」


 先に口を開いたのはソフィだった。


「・・・・・・そうだね。正直いえば怖かった。」


 怖い。でもそれはゴブリンに対する恐怖ではない。

 それは・・・


「それは、多分同じ人型の生き物として・・・あの時は見せたゴブリン達の身内に対する情を見て怖くなってしまった。」


 カインは俯き拳をにぎりしめる。


「僕は今、とんでもないことをしようとしているんじゃないのか。って。僕が守りたいと願ったように。ゴブリンも同じ思いだったかもしれない。そう思うだけで。僕はゴブリン達から見れば『悪』に変わりない。何気ない日常を壊す敵・・・に変わりない。」

「それは違う。カインは優しすぎる。綺麗事がすぎる。この世界は生きるか死ぬか種族間の弱肉強食の連鎖が激しい。だから、ソフィ達は自分たちの生存権を獲得するために今も戦っている。」


 ソフィの言っていることは至極真っ当。

 だがそれでも・・・脳で理解しようとしても、僕自身が否定的になってしまうのだ。


「ゴブリンは・・・人間の女を繁殖の道具として扱っている。

 それは人間という種族からみれば、悪にほかならない。害敵に他ならない。」

「・・・・・・。」


「同じ人間を守るために必要な殺生。奴らも生き残るために人間を道具として扱うなら、ソフィ達も生き残るためにゴブリンを殺さなければならない。」


 真剣な眼差しでこちらに告げるソフィ。


「それは同じ人間であってもそう。盗賊は女子供を誘拐し売り捌き、殺す。魔物から殺されるよりもタチの悪い残酷な末路を辿る人間たちがいる。」

「・・・・・・同じ人間であっても。」

「誰かを守りたいなら。まずは無駄な同情心と正義感を捨てて。貴方は全てを守る勇者じゃない。」


 そうだ。僕は勇者じゃない。聖人でもない。

 また敵対する相手に同情を抱けるほどの実力すらない。


 「そう・・・だね。」

 「・・・・・・はっきり言うとカインは少しおかしい。」

 「おかしい?」

 「・・・・・・ん。貴方の中の優先順位が分からない。」

 「僕は守りた・・・『確かにそれもあるかもしれない。』」

 「でも、違う。カインは甘い。誰かを守りたいというなら殺したやつの事を考えるより、より強くなれるようにはどうするか・・・を考えるはず。」

 「それは・・・」

 「自分より周りが大切。でも周りを守りたいはずなのに敵対する相手に同情し戸惑う。」


 ソフィは続ける。


 「貴方は・・・何がしたい?」

 「そッ!!・・・・・・れ・・・・・・は・・・・・・・・・」


 そこで言葉に詰まってしまった。


 「・・・・・・まだ心に隙が残ってる。覚悟を決めたって言ってたのに。」

 「・・・・・・。」

 「同情できるほど強くない。正義感を抱けるほどの理由を持ってない。カインには誰かを守れるほどの覚悟がない。」

 「・・・・・・。」

 「何がカインをそうしているのかは分からない。無駄に持ちあわせている愚かさ(やさしさ)なのか、未熟さなのか。」

 「僕は・・・・・・僕・・・は・・・。」


 ソフィに言われ思い知った。

 覚悟を決めたと思っていた僕自身にまだどこか隙間があったことを。


 「いやー遅くなっちまったねぇ。食事・・・ってどうしたんだいそんなくらい顔して。」

 「あ、いや・・・」

 「ほら!せっかくの美味しい食事なんだから今日はいっぱい食べてまた頑張りな!!」


 テーブルに続々と並べられる料理。

 巨大なさらに盛られた複数の料理は食欲をそそるものとなっており、カインの腹の虫も思わず鳴いてしまう。


 「・・・・・・カイン。また明日から授業がある。」

 「そうだね。」

 「さっきのことはまたいずれあなたに問う。それまでにあなたなりの答えを導きだして。それが師匠からの課題。今日はお疲れ様。」

 「・・・うん。分かった。ありがとうソフィ。」


 じゃあ食べよ。とじゅるりと聞こえてきそうな程にキラキラとした瞳で料理を眺めるソフィ。


 「「いただきます。」」


 未だ脳裏に焼き付いているあの光景。

 僕はこれからも時折思い出してしまうことがあるのかもしれない。

 今まではゴブリンなんて・・・。

 そう思っていた。

 だが彼らにも生活があり、情があった。

 それだけで僕の心は揺らいでしまった。

 固く決意した事さえも、簡単に揺らいでしまった。


 これから僕が歩むのは普通の人生とは違う。

 契約天学(フェアトラーク)を結び、契約者となった以上、ルシファーやアベルそして同じ人型である悪魔や魔人との対立は避けられることがない。


 考えなければいけない。

 選ばなければいけない。


 今日の事を、自分の糧にし強くならなければいけない。

 だから今はソフィの好意に甘えて食べよう。


 「これ・・・美味しい・・・!」

 「・・・・・・当たり前。ソフィのお気に入りのお店。」


 もぐもぐと口いっぱいに頬張っているソフィ。

 ここから数時間、ソフィがひたすらに食べ続け、門限に遅れ二人して説教を受けたことは言うまでもないだろう。


「・・・・・・もぐもぐ。」

「あ、あのーソフィさん?そろそろ帰らないと・・・」

「・・・・・・うるさい。」

「えぇ・・・・・・。」


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