第13話.マスティマ食堂
この学院には、二つの食事処がある。
一つはお手軽な価格で、美味しく求められ成長期の男子生徒たちに人気のある下町にあるような懐かしささえ感じられるマスティマ食堂。
そして、それなりに値は張るが豪華な食材などで調理され、普段寡黙でグルメなアイアス王国国王も『素晴らしい。』と一言呟いたとされるマスティマレストラン。
マスティマレストランは貴族たちがお昼時に通う食事処のため、一般生徒は弁当を持参したり、食堂で腹を満たしたりしている。
そんなマスティマ食堂には、普段見かけない変わったもの見たさに、人だかりの出来ていた。
『あの子どれだけ食うんだ!?』
『何か昔飼ってたハムスターに似てる・・・。』
『か、可愛いけど食費とかやばそう・・・。』
『あの隣でニコニコしてるお姉さんは保護者なのか?』
様々な会話がなされる食堂内にカインは入ると、すぐに目的の人物を見つけることが出来た。
『そういえば・・・食事終わりに食堂の横を通ったけど・・・。そんな容姿の見た事ない女の子がいたような・・・。』
というルエリアの発言を信じて来たカインだったが、正解だったようだ。
「あの、ソフィアさん?」
「・・・・・・・・・もぐもぐ。」
淡々と食べるソフィアは、どうやら食事に集中しているらしくカインの声が届かない。
「・・・ん?誰かと思えば、イヴの契約者じゃないかい。それに・・・イヴもいるのかい」
『いたら悪いか?』
「ガブリエルさん・・・。その節はお世話になりました。」
カインが一礼すると、ガブリエルは『とりあえず座りな。』と着席を促す。
「さっきからやたらとこの学院の生徒たちが話しかけてきてねぇ。面倒くさいったらありゃしないよ。」
「まぁ、二人とも目立ちますからね・・・。」
「ソフィーは特に可愛いからね。」
「ガブリィ・・・。ハンバーグ・・・。」
「ったく、仕方ないねぇ。」
ガブリエルは、肩を上下に揺らすと席から立ち食券機へと向かう。
「あなた・・・・・・名前は?」
「僕は・・・カイン。」
「そう・・・カイン。何も食べないなら・・・。他の人の邪魔になる・・・。」
「・・・あー。そうだね。じゃあ僕もちょっと食券買ってくるね。」
「・・・ん。」
もぐもぐと咀嚼するソフィア。
口いっぱいに頬張ったその姿は小動物そのものであったため、ひたすらに周りを囲む生徒たちは『可愛い・・・』と呟き悶えていた。
「ソフィアさん囲まれてるけど大丈夫なんですか?」
「あーあの子は良いんだよ。基本的に他人には興味を抱かないし。あの子から話しかける事は滅多にないほどにね。」
「・・・・・・そうなんですね。」
じゃあ、先程の会話は何だったのだろう。
もしかすると・・・同じ契約者だからか近しいものがあったのだろうか。
ガブリエルは食券を食堂を仕切っているおばちゃんに手渡すと、奥から僅か数十秒でハンバーグ定食が出される。
「はいよ。しかしあの子よく食べるねぇ。作ってる側からしたら嬉しいことこの上ないよ。」
「ソフィの胃袋は無限大だからね。」
「あなたもいっぱい食べた方が良いわよ?まだまだ若いんだから。そんなに華奢な体で倒れたら大変でしょ?」
おばちゃん。その人見た目以上に歳はいってると・・・・・・。とカインが脳内で柔らかいツッコミを入れようとすると、なにか不穏な空気を感じとったのかガブリエルが睨みを効かせる。
「お姉さんは嬉しいこと言ってくれるねぇ!」
だが、しかし、カインはあの日のガブリエルの戦闘を思い出す。華奢と言われたその体格で魔物を淡々と葬っていた姿は、まるで踊り子のようだった。
「まぁ!お姉さんなんて嬉しいねぇ!私はこれでも60歳なんだけどねぇ。」
「まだまだ若いじゃない!これからはこの食堂使うからよろしくねお姉さん!」
陽気で優しげな口調で、ガブリエルは食堂のおばちゃんと会話をしソフィアの元へ戻っていく。
「あら、カインちゃん。ここ数日顔を出さなかったけど何かあったのかい?」
「え、い、いや、ちょっと体調を崩して寝込んでたんです。」
「そうかい?何も無かったなら良いんだけど少し痩せた気がするわよ?」
「そんな事ないですよ。僕は元気いっぱいです。」
笑顔で返すカイン。
食堂のおばちゃんも無能と虐げられる自分にとってこの学院で頑張れる要因の一つである。
いつも、心配をしてくれて祖父母の居ないカインにとってみれば、祖母のような存在だった。
「それなら良いけど・・・今日は何にするんだい?」
カインは食券機で先程買った唐揚げ定食の食券を手渡す。
先程のガブリエルと同じく僅か数十秒で、奥から従業員が運んでくる。
「ありがとうございます。じゃあまた!」
「頑張りな!」
いつも激励の言葉をくれるおばちゃんに笑顔で一礼し、食事の乗るトレイを両手で持ち先程座っていたソフィアと対面の席へと着席する。
「で?カインっだっけ?カインはなんか用事があってソフィのとこまで来たんでしょ?」
「え、あぁはい!」
唐揚げを箸で掴もうとしたカインはガブリエルの言葉に反応し再び箸を置く。
ガブリエルも何かを察したのか、ソフィの周りに集まっていた生徒の人払いを済ませる。
「あの。ソフィアさん。自分に・・・修行をつけてくれませんか?」
「・・・・・・なるほどねぇ。魔法も未熟で契約者としてもまだ未熟。確かに同じ契約者であり、魔法の使い手であるソフィに頼むのが一番かもしれないねぇ。」
ガブリエルは、既に食事を食べ終えている様子で水をこくりと飲み一息置くとカインを見る。
「だけど・・・まぁさっきも言ったけどこの子はあまり他人に興味を持たない。諦めた方が『・・・・・・いい。』」
やっぱ、無理な・・・・・・へ?
「・・・いい。ソフィが手伝う。」
「ソフィー?本当に良いの?」
「・・・ん。」
先程ガブリエルが持ってきたハンバーグ定食のハンバーグを口いっぱいに頬張るソフィ。
「今まで人に興味すら抱かなかったのに・・・」
「・・・・・・同じ・・・契約者。」
「・・・・・・あーそういうこと?」
つまり、同じ契約者に選ばれ熾天使であったイヴに選ばれたカインに興味がある。
カイン自体ではなく、同じ契約者として・・・という意味だろうとガブリエルは納得するように告げながら頷く。
「・・・・・・よし、まぁ私もイヴには責任を感じてるし・・・ソフィが良いって言うならとことん付き合ってやろうじゃない。」
「・・・・・・!本当ですか!」
「あーその先に言っておくけど。この子加減って言葉知らないからその覚悟しておいた方が良いわよ?」
『ふっ。俺のおかげだな。』
「久しぶりに出てきたと思ったら偉そうだねぇ・・・あんた。」
『この前のルシファー戦の傷が癒えてなくてな。会話すら聞くだけでやっとだ。』
「しっかり休みな・・・・・・。」
その言葉に改めて気を引き締めるカイン。
ようやく強くなるための一歩を踏み出せる。
早く修行をしたいと先走る気持ちを抑え、まずは昼食を食べ始める。
「・・・そういえば。ガブリエルさん達は表に出てきてよかったんですか?」
「あーそうだねぇ。マスティマから頼まれて裏で傭兵として学院の守護をしてきたけど・・・実は元々はこの学院にソフィを通わせたくてお願いしたことなのよ。」
「・・・ソフィは別に・・・。」
口に含んだまま喋らない!と叱り、ソフィの口をハンカチで拭うガブリエル。
「一年間のマスティマとの契約も終えたし明日からは、あんたと同じくこの学院の生徒よ。」
「明日からですか?」
「明日には発表されると思うけど、序列零っていう序列の枠から外れた生徒として学院での生活を過ごすことになるのよ。」
「ノークラス?」
「契約天学を結んだ人間は、そもそもが人という枠組みから外れることを意味するからね。実際ソフィの序列を決めるというのなら、あのレイとかいう序列一位よりも今は強いはずなのよ。」
「レイ君・・・より!?」
「あぁ、因みにノークラスと言っても基本的にSクラスと同じ教室で授業を受けることになるのよ。」
衝撃的な事実を聞いたカインはひとつの疑問が浮かび上がる。
「僕の扱いは・・・どうなるんですかね。」
契約天学を結んだから・・・今のFクラスから繰り上げなんてことはごめんだ。
学院長にあれだけのことを言ったのに手前、オリンピアで実績を積み、しっかりと自らの力でSクラスへ成り上がりたい。
「安心しな。あんたは繰り上げなんてことは無いよ。契約天学を結んでいる契約者だからと言ってもそもそもの実力が、不足しすぎている。あんたは自らの力で成り上がるしかないよ。」
「それを聞いて安心しました。」
へぇ。と感心の声を上げガブリエルは笑みを浮かべる。
「芯のある男は嫌いじゃないわよ。」
「元々自分の実力が無いのは理解していますから。」
先程会った『纏雷姫』の力の片鱗。
ルシファーとの戦いで見てしまった『刀鬼』の見惚れる刀捌き。
死から救ってくれた『大聖女』の恐るべき治癒魔法。
そして、遠目からしか見たことは無いが、彼の戦いを見て震え上がってしまった事がある・・・。
『次期勇者』レイ。
同じ教室で同じ授業を受ける。
そんな事今の自分にはあってならない。
「必ず、学院全体に自らの力で認めさせたいんです」
「・・・・・・それが強くなるための理由?」
黙々と食事をしていたソフィが小首を傾げ問いかける。
「昔ね。アベルの惨劇の日目の前で父を亡くし、母を殺された僕にある人が言ったんだ『強くなれ。』って、今までは魔力の発現すら出来てない自分に限界を感じどこか諦めていた。」
弱いままじゃいられない。
「今回はそれを身をもって知ってしまった。ルシファー達を倒したい。だけど今の自分じゃ戦闘にすらならない・・・。だからっ!」
そこで、ソフィがこくりと頷く。
「・・・・・・。ん。明日学院休みだから正門前。」
「・・・・・・?正門前?修練場を借りるんじゃないの?」
「違う。」
首を振るとソフィは再び食事を始める。
基本的平日休日問わず、学院から出ることは許されている。
マスティマ学院長曰く、息抜きは大事。ということらしい。
しかし門限はあるので、それを守らなければ反省文を書かなければいけないのだ。
「明日は、ソフィと二人で行ってきな。」
「ガブリエルさんは・・・?」
「私はパス。安心しな私が着いていかなくともソフィは強い。」
どうやら契約天学というものは、普通は天使が近くに居なければ『固有武器』の召喚が出来ないということらしい。
が、契約天学により獲得した身体能力や魔力量などは変わることがないという。
「ん。問題ない。」
こうして、師(仮)を得ることが出来たカイン・・・だが、次の日ソフィの恐ろしさを思い知ることとなる。




