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第10話.油断大敵

 

  「参ったな付け入る隙がない……」


 ユーリがはぁ。とため息を着くと同時に地上から一人空へと駆けてくる。


「・・・・・・雑魚が増えたところで、また返り討ちにあうだけだ。」

「いやぁ〜。厳しいねぇ〜。」

「ゲイル先生。」

「俺程度の救援じゃ、少し頼りないだろうけどな。」


 何を言っているんだこの人は・・・。

 それがユーリの抱いた唯一の疑問だった。


「頼りになりすぎますよ。ゲイル先生。」

「はっ。そりゃあ良かった。」


 ユーリは気持ちを切り替え、ゲイルと共にルシファーへ攻撃を仕掛ける。


「ゲイル先生ッ!」

「了解。お前に合わせるわ。」


 共に駆けだした二人だが、瞬時にユーリが消える。

 ゲイルは、迷わずルシファーへ攻撃を仕掛けるため、両手に持った剣に魔力を通す。


「温い。」


 ポースポロスを防御性上昇のため霧散させたルシファーだが、それさえもルシファーにとっては些細な事だった。


「『虚接ッ!ディレイッ!!!』」

「ふッ!!」


 呼吸を整え斬撃波を繰り出すゲイル。

 もちろん向かう方向は、無数に歪んだ空間の一つである。


「・・・武器を持ち合わせていない我には勝てると力を過信したか?」


 ルシファーは、後方から迫る斬撃波をわずか数センチ左腕を横凪にするだけで消滅させ、

 右後方の斜め下という死角から迫るゲイルの剣すらも右手で抑える。

 しかし、わずか一瞬両手の塞がったルシファーに付け入る事のできる一人が、正面から空間を捻じ曲げて現れる。


「はぁッ!!!」


 過信していたのは、目の前の二人か・・・。

 はたまた自らか。

 ルシファーの絶対防御へユーリの拳が到達した途端、『ピキッ』と罅割れたような音が鳴る。


 ルシファーは自らの肌に到達するわずか一瞬で、咄嗟に思考を加速させ右手で受け止めた剣ごとゲイルをユーリに投げる。


「うッ!」

「グッ!クソッ!」


 勢いよくぶつかった二人は数メートル後方へ。


「・・・・・・空間魔法を行使していなくとも身体強化のみで我の絶対防御を破るか。人間とは思えんな。」

「そりゃどうも。」

「だが・・・」


 瞬きをすると目の前にいたルシファーの姿はなく、ユーリは脳が危険を伝達するよりも先にゲイルを突き放し背後へ魔法を展開する。


「『虚断ッ!』」

「無駄だ。」


 いつの間にかルシファーの手にはポースポロスが握られており、容赦なく振り下ろされる。






 ─────ザシュッ。






 傍から聞けば爽快な音に聞こえただろう。

 現状を見なければ・・・の話だ。


「ユーーーリィッ!!!!」


 カインは叫ぶ。

 何故ユーリがあれ程までに距離を保ち、戦闘を行っていたのかがようやく分かった。

  もっとも恐れるべきは、絶対防御ではなくあの攻撃性。

『虚収』はあくまで、魔法に対する防御であって虚収では物理を防ぐことは出来ない。

 身体強化魔法ですら、圧倒的強者のルシファーの物理攻撃を防ぐなど到底無理だ。


 ユーリは落ちる。

 数十メートル上空から真っ逆さまに。

 紅い鮮血を撒き散らしながら落下する。


「ユーリッ!」


 体は自然と動いた。

 今まで一人だった自分に唯一『友達』として接してくれた一人の先生のために。

 身体強化魔法を最大以上まで引き上げた。

 今まで魔法の使えなかったカインが、急激な魔力の消費を行ったため、体がギチギチと悲鳴をあげ骨は軋む。

 それでも何とかユーリを受け止め、安堵する。



 無能と呼ばれ続け、確かに悔しかった。

 自分には才能がないと。

 まるで自分だけでなく愛する父と母まで貶されているようで最期の母の顔を思い出しては、悔しくて泣いていた。


 そんな時に、優しく手を差し伸べてくれたのがユーリだった。


『カイン君・・・だよね?』


 この学院で、無能として扱われてきた・・・僕にとってユーリはあの時のイヴのように・・・。

 暖かく・・・優しく・・・。


 無能と蔑まれ、Fクラスの男子生徒たちから集団で襲われたことがあった。


『何かあったのかい?』


 言えなかった。言えなかったけど。

 その言葉だけで何故か救われた気がした。


 トイレで残飯を投げられ、水をかけられた日もあった。


『・・・・・・話を。』


 真剣な表情でユーリはそう口にした。


 我慢した。ただひたすらに我慢した。


 悔しかった。情けなかった。苦しかった。許せなかった。

 だけど、僕には目指すべきものがあった。

 母のため。父のため。孤児院のため。そしてあの日のイヴの言葉のため。


『言えないんだね。』


 無能と蔑み僕をいじめていたクラスの行為が知れることはなかった・・・・・・がユーリは段々と弱っていく僕を見て何かを察したのかもしれない。


『君が弱いから弱いんじゃないよカイン。弱いままで居ようとするから弱いんだ。』


 僕からすれば酷く重い言葉だった。

『弱いままでいようとする。』

 僕の心はそうあったのでは無いか・・・と。

 弱いから仕方がないだから我慢しよう。と。







「強く・・・・・・強くなりたい・・・・・・。」


 ユーリを抱きしめ、涙するカイン。


『ッ!!』


「これは・・・・・・。」


 イヴ本人ですら永く過ごしてきた中で感じたことの無い暖かい光。

 光はイヴを包む・・・。

  一度霧散し消えたかと思った(イヴ)は、再び右手に収束し先程までとは違う黒艶のある刃をもつ剣へと変わる。


「イヴ・・・?これは・・・・・・?」


 (イヴ)には可視化された無数の魔法の鎖の封が施されており、ジャラジャラと擦る音が聞こえてくる。


「イヴ。恐らくこれは・・・。」


 変化を察して少し離れた場所で魔物討伐をしていたガブリエルとソフィアが、カインの元へ寄ってきていた。


『あぁ。罪咎としての枷が・・・一つ。』

「やっぱそういう事よねぇ・・・。」

『俺を止めるか?』

「何を今更。相手はルシファーとアベルと言えど私は既にあんた達に手を貸してしまっているんだから。今更敵対する気なんて無いよっ!」


 ガブリエルは苦笑を浮かべ首を振る。


『カイン。』

「・・・・・・うん。」


 何故だろう。自然と脳内に浮かんでくる。


「『召喚(サモン) ── 断罪器(シャイターン)』」


 イヴが固有武器と化した姿である断罪器(シャイターン)にまとわりついていた七つの魔法の鎖のうちの一つが霧散する。


「ひゃー・・・。現役のイヴには程遠いけど、それでも数百倍程にはなったんじゃない?」

「そんなに・・・強い?」


 ソフィアは可愛らしく小首を傾げる。


「これは・・・・・・。」

『俺の固有武器だ。まだ性能は十パーセントにも満たないけどな。』

「イヴ・・・・・・。」


 カインの言いたいことが既に分かっているのか、慈愛の笑みを浮かべ頷くイヴ。


『はぁ・・・。つくづく世話のやける・・・・・・。』

「これからもよろしく。イヴ。」


 自分の体じゃないみたいだ。カインは自らの実力を過信しそうになるが、首を振り現実を見る。

 これは殺し合いだ。と言い聞かせ緊張感を保つ。


「・・・・・・なぜ来た?」


 ルシファーは怒りにも嘲りにも聞こえる声で、カインを見やる。

 目が合っただけで、固まってしまいそうな体を必死に強がり何とか保つ。


「・・・・・・お前を倒す。」


 無理だ。分かっている。

 一度殺されたという恐怖もトラウマとなり声が震える。


「イヴリール。お前も馬鹿では無かったはずだが?」

『こいつのバカさ加減に触発されたのかもしれないな。』


 二人はゲイルの隣で剣を構える。


「見たところお前の方は、ど素人だが・・・やれるのか?」


 震えるカインを見て、ゲイルは冷たい視線を送る。


「やらないと・・・・・・。絶対にあいつだけは・・・・・・ッ。」

「・・・・・・そうか。だが一つだけ言っておこう。」


 ゲイルは、突然カインの胸ぐらを掴む。

 イヴは、同様も一切せず事を見守る。


「ッ!何をッ!!」

「無駄な使命感を捨てろ。誰もお前に期待はしていない。お前の力に縋ってなどない。過信を捨てろ。お前は弱い。この場にいる誰よりも弱い。この場では死んで当然の弱者だ。」


 先程のふざけたゲイルはどこにもおらず。

 今いるのは死の存在する戦場に立つ一人の男だ。


「・・・・・・分かって・・・・・・います。」

「ったく。無能って呼ばれてるって聞いたからどれだけのバカかと思えば・・・これはとんでもない大バカだな。」


 ゲイルは掴んでいた手を離し、ルシファーに向き直る。


「蛮勇か・・・偽善か・・・。あるいは復讐か・・・なんでも良い。お前の様な()()()()()()するバカは嫌いじゃない。」

「・・・・・・・・・。」

「あと一つ約束しろ。全て俺の指示で動け。」


 ゲイルの目付きが獲物を狙うかのように更に鋭いものへと変わる。


「うちの学院の生徒は誰一人として殺させやしない。」

「・・・分かりました。」

「お前・・・名前は?」

「カインです。」

「そうか。カイン。俺が死角を作る。ひたすらに死角から打ち込め。」

「はいッ。」

「決して気は抜くな。こんな事言うのもなんだが死角を死角と思うな。やつは後方にも目がついている。そう意識して戦闘を行え。」


 ルシファーは、何故か微動だにせずカインたちの動向を待っている。


「幸い警戒すらされていないようだからな。」


 二人は呼吸を整える。


「行くぞッ!」


 真っ先に駆けたのは叫んだゲイルだった。

 キィンッと凄まじい金属音が鳴り響き、二人は剣を交える。


「・・・長々と話しておいて正面からか?」

「いやぁ〜俺も衰えたもんだよ。」

「イヴ。貴様も力無き今大人しくしておけば良いものの。」


 何事も無かったようにゲイルの二つの剣を華麗に往なしたルシファーの右上空から、カインは『断罪器(シャイターン)』を構え振り下ろす。


「懐かしき固有武器だ・・・少し見た目は違うがな。かつて天上器とも呼ばれた程の最強が聞いて呆れる。このようなみすぼらしい剣に成り下がるとは。」

『お前こそ熾天使のくせに堕天して恥ずかしくないのか?』

「それを言うなら貴様も歴史上唯一の罪咎として自らを誇れ。」


 剣で無数の剣撃を繰り出すゲイル。

 ルシファーはそれを往なし、また受け止め余裕の表情を浮かべていた。


「くっ。やっぱ簡単には傷付けられねえなぁ。」


 苦笑を浮かべるが手を抜かず意識を自らに向けさせるためルシファーに猛攻をつづけるが・・・


「無駄な事はするな。」


 ルシファーは、後方から勢いよく剣を振りかざすカインを見向きもせずプレッシャだけで跳ね除ける。


「『断罪器(シャイターン)』・・・か。貴様が現役のままであれば例え矮小な人間の攻撃であろうと『断罪器』である限り警戒していたがな。」


 ゲイルが左脇腹を狙い一閃するが・・・


「『召喚(サモン) ── 宵の明星(ウェスペル)』」

 『三つ目の固有武器だと!?』


 衝撃の事態を受け、イヴが声を上げる。

 無論ほかの皆も突然の武器召喚に驚いたためルシファーはその隙をついてゲイルの腹部に蹴りを入れる。


「くッ。」

「咄嗟の判断にしてはよくやったとでも言っておこう。」


 全魔力を腹部に集中させ、防御結界を何層も重ねルシファーの強烈な蹴りを何とか耐えきったゲイル。


「貴様はもう消えていろ。」

「うぁッ!?」


 再度背後からの攻撃を仕掛けようとしていたカインに凄まじい暴風が吹き荒れ、吹き飛ばされ数十メートル下の地上へと追いやられる。


「力を持ったと過信をしていること自体哀れだ。あの小僧も。そして、枷が一つ外れたからと言って共に立ち向かってくる玩具(イヴリール)も。」

「はぁッ!」


 ゲイルはルシファーに攻撃を仕掛ける。

 しかし、ゲイルは『宵の明星(ウェスペル)』に容易く往なされ、更には『明けの明星(ポースポロス)』を振りかざされるが間一髪の所で後方へ避ける。


「・・・どうした?その程度か?」


 ゲイルはルシファーの煽りに乗ってひたすらに剣撃を繰り出す。


「つまらん・・・つまらん・・・。あの男と遊ぶ方が楽しかったぞ。」


 地上に倒れ、サラに治療を程されるユーリによそ見しながら二人の剣を受けるルシファー。

 力の差は歴然。


「ルシファーーーーッ!!!」

「姫ッなぜ来たッ!!!」


 ゲイルの怒号を無視し切りかかるハルヒメ。


  ハルヒメは、ルシファーの弱点を見極めるため無造作に攻撃を繰り出し、

 ゲイルは二つの剣でルシファーの頭部に狙いを定め振り下ろす。


「・・・・・・つまらん。」


 ルシファーは二人の目の前から消える。

 あまりにも突然の事である。

 小数点以下の僅かな時間で消えたルシファー。

 ルシファーが目の前に居なくなった今両脇から攻める形で入った二人は剣を交える形となる。


 キィンッと鳴り響いた途端に、ルシファーは二人の目の前に現れ、二人の両手首に打撃を入れ剣を落とすと首を掴む。


「ぐッ!やられたなぁ・・・。」

「ルシ・・・ファー・・・・・・・・・ッ。」

「苦しいか・・・?クックッ。我に恨みがあったようだがどうだ?我の足元にすら及ばない。」


 二人の意識が遠のき、途絶えるその瞬間。


「はぁッ!!」


 一人の刀が、ルシファーの背中を上から斜めに一閃。


「・・・・・・・・・。」

「はぁ・・・・・・。はぁ・・・・・・。はぁ・・・・・・。」

「貴様・・・・・・気配もさせずにどうやって現れた・・・?どうやって我に・・・・・・傷をつけた・・・?」


 ルシファーは久方ぶりに付けられた大傷に動揺をし、若干怒りを顕にする。


「傷は浅い・・・が、ここまでの規模の傷を我に・・・?貴様が・・・?」

「君がカインを弱者だから・・・・・・といって・・・・・・油断しているから・・・・・・だよ。」


 そこには胸元を苦しそうに押さえながらも爽やかで苦しげな笑みを浮かべるユーリ、そして荒々しく呼吸をしながら額から血を流しルシファーを睨むカインの姿があった。


「はぁ……はぁ……。」


 ルシファーは、カイン一瞥すると興味なさげにユーリへ向き直る。

 貴様がこの雑魚を援護し、俺に傷をつけたな?


「まぁ……ね。それ以上に君がカインに対して警戒心を抱いていなかったのが不幸中の幸いだったよ。」


 息を荒らげニコッと微笑むユーリは、あまりにも頼もしかった。


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