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ロックンロールで踊らせて  作者: ポール石橋
2/35

第二話 突き抜けろ!(向こう側へ)Part.1



   1



「尾山、ここの『けり』の意味は何だ?」


 絵里の担任であり国語教師である笠野目美智子が言った。


「えっ、えと、これはーですね、えーと、あー…」


「…」


 一粒の汗が絵里の頬を流れる。たった数秒のことがその時の彼女には何時間にも感じられた。

 固まったまま動かない絵里を見かね、笠野目はため息をつきながら答えを言った。


「ここの『けり』は詠嘆だぞ」


 キーンコーンカーンコーン。


 授業の終わりを告げる鐘の音が鳴る。その瞬間に教室内にいる生徒たちは手際よく机の上の教材を片付け始めた。週番が起立、礼の挨拶をしてその日の六時間目の授業が終わった。絵里は何だか置いてけぼりをくらったような気持ちになった。

 何人かの生徒たちはすぐにすべての片づけを終え、とっとと教室を出ていこうとした。入る部活を確定させた彼らは、新人としての心構えを先輩たちに見せつけねばならぬという義務感に従い行動をしているのだ。絵里はそれをぼーっと見ていた。すると、


「部活届まだ提出してない奴は早くしろよ」


 と笠野目が言った。絵里の背中に戦慄が走った。

 「部活届」その言葉に対してキリスト教徒が「13」という数字を嫌うように、絵里は拒否反応を示す。

そう、彼女はまだ部活を決めていないのだ。いや、それどころか一度も、どこにも見学に行っていないのだ。行かなければならない、そんなことは分かっている。だが、今それをすぐにやるということがひどく面倒でたまらない。今日はとりあえずやめておいて、明日あたりに気持ちを作ってから行こう。そんなことを考えたまま入学式の日から3週間が経った。他のクラスメイトたちはほとんど部活を決めている。ただただ焦りだけが募っていくのを自分でひしひしと感じ取っていた。


「そういやあんた結局何部にしたの?」


 突然美紀が話しかけてきた。彼女はやはり軽音楽部に入り、既にバンドメンバーも集めたようだった。

絵里は少しまごついた。


「いやあ、実はまだ決めてなくてさ」


「まだ決めてないの?本当にとろいわね、そんなんじゃ気付いた時には死んでるわよ」


 相変わらず口の悪い女である。


「私のバンドに入れてあげたいけどもうメンバーは足りてるのよねえ、あ、マネージャーとしてなら入れてあげてもいいわよ」


 絵里が冗談なのか本気なのか分からない美紀の言葉に戸惑っていた時、一人の女子生徒が机と机の間を通り抜けようとしてぶつかった。その衝撃のために美紀の教材が机の下に落ちてしまった。


「あっ、ご、ごめんなさい!」


 彼女は慌てて美紀の教材を拾おうとしたが、その拍子に絵里の机にぶつかり、絵里の教材も落ちてしまった。


「あっ、あっ、ごめんなさい!」


 また慌ただしく教材を拾おうとする。


「ちょっと、あんた何してんのよ!」


 美紀が荒い語調で彼女を怒鳴る。彼女は謝りながら教材を拾おうとするが何だかもたついている。


「まあまあ、いいじゃない。自分で拾うから大丈夫だよ」


 絵里が彼女のうるんだ眼を見て可哀想になったのでそう優しく言った。


「あ、ありが、とう」


「ちょっと、私のは拾いなさいよ」


 美紀の命令通り拾おうとするがやはりもたついていたので、自分の分を拾い終わった絵里が手伝ってやることでやっとミッションをコンプリートした。


「す、すみませんでした」


 ぺこりと頭を下げると彼女は急いで教室を出ようとし、出入り口のドアに足の小指をぶつけた。


「…!」


 足を引きずりながら彼女は去っていった。


「まったく…あんたも十分ボケ野郎だけどあの娘はそれ以上よね」


 美紀が愚痴をこぼす。やはり絵里の悪口も欠かさない。


「まあああいうこともあるって。ところであの娘の名前って何だっけ?」


「さあ?私、陰キャラの名前までしっかり覚えてないから知らないわ」


 どうもこの女と付き合うとろくなことが無いような気がしたので絵里はとっとと別れを告げて教室を出た。



 絵里は悩んでいる。今日こそは部活動見学に行くべきであろうか、さすがにこれ以上無所属期間を伸ばすとどの部活にも入りづらくなってしまうだろう。だが、とても面倒くさい。早く家に帰ってゴロゴロしたい。ポテチ食べながらゴロゴロしたい。うん、そうだ、そうしよう。今日は早く帰って部活動見学は明日に…

 ダメだ!これではいつもと同じだ。何も変わりはしない。今日こそは見学をするのだ。だが、どこへ?見てみたい場所が一つだけあった。いや、今まで見学を全くしてこなかった理由はそこにあったのかもしれない(もちろん、ただ単に絵里が出無精であることが一番の原因ではある)。見てはみたい、だが、一度そこに行ったらもう後戻りはできないような気がするのだ。恐ろしくさえある。底の見えない沼にはまっていくような恐怖…そしてそれと同時にあふれ出てくるたまらないワクワク!

 ああ!いいのだろうか、行ってしまって。もしかしたら私はどうにかなってしまうのかもしれない、それでも強力な磁石のように惹きつけられてしまう。いいだろう、行ってやろうじゃないか、今日こそはあの女の人が待つ五階用具室Bへ!


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