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ロックンロールで踊らせて  作者: ポール石橋
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第十八話 サマーツアーに気をつけて


サマーシーズン到来!世間では夏休みとなり暇を持て余した若者たちが海だの山だの遊園地だのとにかく騒ごうといきり立って遊びに行き始めている。お日様がかんかんとその存在感を示すために照り付ける中、開放的な気分になってはめを外しすぎ、警察にご厄介になる阿保な奴らももちろんいる。大変なのは周りの人間だと言うのに当の本人たちは気にする様子を見せずにそれを何度も繰り返す。夏というのは多くの人間にとって肉体的にも精神的にも厄介だ。

さて、そんな騒がしい世の中とは何の関係も持たない男女三人が醍逸高校五階用具室B、すなわち『Electric Lady Band』の部室にいた。もちろん絵里、麻美、菊之進の三人である。校舎の外では目もくらむような日照りと暑さの中、数匹のセミがつんざくような声で鳴いている。最もその声も彼女たちには聞こえていない。各々が自分の楽器を好きなように弾いて練習していた。彼らは何だかんだで毎日の練習を欠かさずにやってきており、おかげで初心者の絵里でさえも、いやだからこそか、著しくその腕を上げていた。

しかし、彼女たちの心の奥底にはどうしようもない不安が横たわっている。その原因というのは当然あの『The Blues Boys』との一件である。


『三月にある高校生バンド大会、私たちも出るからお前らも出ろ。そこでお前らが優勝したら私はお前らのバンドに入る。こっちと掛け持ちもしない。だが私たちが優勝したらもう金輪際この話は無しだ。いいか?』


絵里は麗子のその言葉を思い出すと居てもたってもいられなくなる。三月までにあの『The Blues Boys』よりも優れたバンドになっていなければならない、そうでなければ麗子とはもう一緒にバンド活動が出来なくなるのだ。一体なぜ麗子はあんな約束をしてしまったのだろう。

噂をすればなんとやら、性格に言えば口には誰もその名を出していないが丁度皆が絵里と同じように心の中で思い浮かべていた女、麗子が室内に入ってきた。彼女と後輩三人は顔だけでそれらしく挨拶をする。

麗子は腕を上げて全員に練習を一度止めるよう指示し、三人はそれを見て従った。爆音が流れていた室内が急に静まり返る。

それを確認すると麗子はポケットからUSBを三つ取り出して机の上に放り出した。三人はその机に寄って来て不思議そうな顔をする。絵里がそこから一つのUSBを手に取って眺めた。


「…何ですか?このUSB」


麗子は自分のケースからギターを取り出しながら答えた。


「一曲作ってきた。その中に入ってる。全パート入りとパート別で分けてあるから家で聞いてとりあえず耳コピしてくれ」


「え…つまり麗子さんが作ったオリジナル曲、ってことですか?」


「そうだよ、夏休み明けの文化祭でやろうと思ってる。コピーもいいがやはりオリジナルもやりたいからな」


「ほえー!凄いですね!曲作れちゃうなんて、流石麗子さんです」


「本当に…でも、どうやって作ったんですか?」


麻美もUSBを手に取ってから麗子に聞いた。


「校長の家に作曲ソフトがあってな、お邪魔して使わせてもらった。打ち込みで出来るんだが、とりあえずギターとベースは全部実際に私が弾いてそのまま入れた。ドラムはあまり自信ないから打ち込みでやろうと思ってたら校長が叩いてくれたよ」


「…校長先生、何でもありですね」


「まあこっちとしては便利屋さんみたいなもんだな」


「しかし、編曲も自分でやれるのは実際凄いな。作曲は出来ても編曲は全部の楽器に精通してなきゃいけないから大変だろ」


菊之進が珍しく感心したように言ってUSBを手に取った。


「本当はスタジオでお前らと一緒にセッションしながら曲を作りたいんだよな。その方が、まあ、なんつーか、それっぽいだろ?」


麗子はチューニングを合わせてアンプとエフェクターで音を作り始めた。その音をバックに聞きながら三人はただUSBを見つめている。この中には麗子の作った曲が入っている。一体どんな曲であろうか。分からないがおそらく彼女のことだ、質の高い楽曲になっていることであろう。そして、おそらくこの曲は今後の自分たちの進む道を示す標となるだろう。その先にまず待っているのは文化祭、その他の企画達、三月のバンド大会、つまりは『The Blues Boys』との決闘―。

いつの間にか麗子は音作りを終えていた。ストラップをかける位置が合わなかったのか、肩を動かして少しずらし、動かずにいる絵里たちを見るとふっと笑って話し始めた。


「お前ら、あんまり気張るなよ」


絵里たちが同時に麗子の方を見つめる。


「そりゃ一応私をかけた戦いにはなったが、あくまでも楽しんでやるんだ。あいつらのことなんて関係ない私たちが楽しめればいいんだ。そうだろ?」


三人はこくりと頷く。


「それにだ、私は勝ち目のない戦いなんて挑まない。『Electric Lady Band』が勝てるって自信が私にはちゃんとあるんだぜ。何も世界的ロックバンドを相手にするんじゃない、年もたいして変わらない奴らだ。それにお前らには可能性がある。大丈夫だよ」


麗子のその言葉によって三人の不安は少しだけ和らいだ。確かに『The Blues Boys』は上手い、だが自分たちが届かないところにあるわけではないだろう。きっとやれば出来るはずだ。そう信じるしかない。


「さ、練習を始めるぞ」


「はい!」


今年の夏はまだ始まったばかりだ。


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