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ロックンロールで踊らせて  作者: ポール石橋
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第十六話 Blues of boys & girls Part.2


階段を下りて行くとドアへと突き当たった。そこに店員の一人とみられる女性が立っていてチケットを渡すよう言ったので、後から来る連れが払うことを告げ、すぐにドアを開けた。一気にバンドの演奏が流れ出してくる。ドアは直接ステージの横へと繋がっており、左手に演奏を見ながら観客のいる方へと歩いて行った。狭い店内に、身動きの取れないほどではないが、それなりの数の観客がいた。年齢層も二十代から五十代くらいまでばらばらだ。ステージ以外の照明はしぼられており、人の顔は近づかなければ上手く判別できない。しかし、いつもの数倍集中力の高まっている絵里は店奥のバーカウンターに寄りかかっている麗子をその目に認めた。それを指で指して麻美と菊之進にも伝える。二人も了承して頷いた。彼らは麗子に見つからぬよう人ごみに紛れて出入り口近くの左手のスピーカー前に陣取った。

ステージ上ではおじさんバンドが『I Shall Be Released』を演奏している。ギターを弾いている四十代くらいの男はかなり生え際が後退しているが、その腕前は年季の入った大したものだった。


「かなり上手いね」


小声で、と言ってもバンド演奏が流れている中で聞こえるくらいの大きな声で麻美に囁いた。


「うん、やっぱりおじさんバンドは経験値が違うもんだね」


絵里は麗子がここに来た意味が何となく分かった気がした。なるほど、確かにこういうバンドであれば見に来る価値があるのかもしれない。しかし振り返って麗子を見てみると一応ちゃんと聞いてはいるもののそこまで興味のない風であった。

そのバンドの出番が終わった。観客たちは惜しみのない拍手を送る。このライブは絵里がこの間行った高校生のライブとは違い、かなり大人しめの様子であった。

出番を終えたおじさん達がステージを下りると、それと交代に次のバンドのメンバー四人がステージに上がった。今度は先ほどとは打って変わってかなり若い男たちである。センターに立ったギターの男はポロシャツにジーパンという随分ラフな格好である。アンプに差して音を作り始める。そのギターは黒いストラトキャスターだ。他のメンバーはキーボードとベースとドラム、全員同じような格好で慣れた様子で楽器の準備をしている。どこにも緊張している雰囲気はない。

するとステージに太った中年男性が上がってきた。この間の軽音新歓ライブでも司会をやっていた男である。


「さて、次は今回の企画中で最も平均年齢の低いバンドです。何と皆さん高校生!若いですねえ」


絵里は驚いた。若いとは思っていたがまさか高校生だとは思わなかった。しかし、それにしては何かを達観しているような感じがする。


「バンド名は『The Blues Boys』。直球でいいね、好きだよこういうの。準備はいいかな?」


それに対してギターの男は右手を挙げて了承した。


「よし!それでは始めていただきましょう!」


そう言って司会の男はステージからはけた。観客全員の目がステージ上の四人のもとに注がれる。ギターの男は目配せを他のメンバーに送ると各々が頷いた。それを確認すると男も頷き、手元を見てから一瞬の間を置き、目を瞑ってギターを弾き始めた。ピックを口にくわえて指でギターの弦を弾く。独特のクリーンでいて厚みのある音である。絵里はそのギターが作り出す世界に一気に引き込まれた。一瞬で理解できる。この人は上手い。麗子とは全く違うベクトルだが明らかに自分のギター観というものを持っている。凄い。

ドラムの合図とともにキーボードとベースも入ってきた。曲調はAキーのブルースである。ギターの男はピックを手に取るとリズムを刻みながら歌い始めた。特段上手くはないが、喉の奥深くから響かせて歌っているようで曲には合っている。ドラムもベースも安定したリズム感があった。ごくごく普通のことのように絶妙なグルーヴ感を出してバンドの根底を支えている。2フレーズ同じコード進行を繰り返すとギターソロに入った。男は目をつむったままで難なくソロを弾く。ピッキングも上手く、何より音の粒ぞろいがしっかりしていた。時々体をのけぞりながら入れてくるチョーキングも聞くもののツボを押さえている。3フレーズほどギターソロを弾くと、今度はキーボードソロとなった。こちらも見事だ。激しくはじくように鍵盤を叩いているかと思えば、しっとりとしたフレーズも自然に挿入してくる。

絵里は思った。このバンドは完成されている。とても高校生とは思えないほどに。そして、おそらく彼らは『ブルース』なのだ。いや、『ブルース』が何かをよく理解している者からすれば明らかに『ブルース』なのであろう。何にしろ確かなのは一つ。自分たちはこのバンドの足元にも及んでいない。麗子は紛れもないスターだが、他の三人の個人的技量、そしてバンドとしての一体感、これらがまだまだ足りていない。ステージを真剣そうに見ている麻美と菊之進も同じ気持ちであろうか。

ふと振り返って麗子を見た。その顔には何とも言えない悲壮感が漂っていた。


 4


ライブハウスを出ると辺りはもう真っ暗になっていた。菊之進が腕時計を見るともう八時である。三人はとぼとぼと歩き始めた。


「…麗子さんは多分あの、高校生のバンドを見に来てたんだよね」


麻美が誰に話しかける風でもなく呟いた。


「まあ、その可能性は高いな」


「いや、絶対そうだよ」


絵里は断言して言う。


「あの時、麗子さんの顔を見たんだ。何だかとっても複雑そうな顔をしてて、それがどうしてかは分からないけど、少なくともあのバンドを見るために来ていたんだと思う。ひょっとしたら知り合いかもね」


それを聞いてから菊之進は眉間にしわを寄せて渋々とであるかのように口を開けた。


「…まあ何にしろ、だ。あのバンドはドン引きするほど上手かった。高校生とは思えないレベルだ。何だか自身が失せる」


それを聞くと麻美は頷き、


「…うん、リズム感が安定してた。ドラムも全然走ったりしないもの」


と言った。

三人は同時に「は~」と深いため息をつく。


「まあ私たちもまだ始まったばかりだしさ、これからだよ」


「まあな」


「何とかあの人たちに追いつけるようにならなきゃね」


「じゃあそのためにはどうするんだ?」


三人はその質問に対する答えを各々言おうとして喉のところまで出かかりはしたが、その声が聞きなれてはいるもののここにいるべきでない人間の声であることに気付き、聞こえてきた方、つまりは彼らの背後の方に体を向けた。そこに立っているのは麗子だった。


「麗子さん!」


「麗子さん!じゃねえ」


麗子は絵里に近づくと目にも止まらぬ速さでデコピンをした。


「痛い!」


「痛い!じゃない。ったく勝手に後を付けてきやがって」


「いつからお気づきで…」


「お前らがライブハウスに入って来てから。いくら人がいてもあんな狭い中だから気づくだろ」


「あはは…すみませんでした」


三人はそろって頭を下げる。最も菊之進は少し迷った上での行為であった。


「大体何でついてきたんだ?」


「それは…菊さんがあれは男に会いに行くんだとかって言いだしたから…」


「いや、あれは言葉のあやという奴でだな、つまり俺は麗子が知り合いの男がやっているバンドを見に行くんだと言っていたのであって…」


「ほう、何で知ってんだ?」


「じゃあやっぱりあの『The Blues Boys』は麗子さんのお知り合いなんですね?」


すると麗子は明らかに不機嫌そうな顔を見せた。この後輩たちに話したものかどうかを悩んでいるらしい。三人は知りたそうな目で麗子の顔をじっと見つめている。麗子はため息をついた。


「ああ、そうだよ。同じ中学に通っていた」


「なるほど!お友達ですか」


「いや、友達かどうかは知らん。…私は中二のころまであいつらとバンドを組んでいたんだよ」


三人は驚きの表情を見せた。これはなかなか意外な展開である。


「私だけ抜けたがあいつらは今でも続けている。全員違う高校なのにな」


「そうんだったんですか…でも、何で麗子さんは辞めたんですか?その…凄くいいバンドだと思うんですけど…」


麗子は絵里の目を優しく見つめた。何の悪意もない澄んだ目である。


「聞きたいか?」


絵里は緊張して麗子の目をじっと見つめる。そして、ゆっくり、ゆっくりと頷いた。それに続いて麻美と菊之進も頷く。

それを確認した麗子は空を仰ぎ見た。その顔は何か戻れない日々を思い出すようである。


「あれは中学に入ったばかりのころだ」


麗子は語り始めた―。

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