第十四話 恋煩うは少年の宿命
こんにちは!僕の名前は大竹豊志。醍逸高等学校に通う一年生さ!クラスは四組、部活はバスケットボール部。中学の時からやってはいるけどやっぱり高校となるとレベルが違う。うかうかしていたら皆に置いて行かれてしまいそうだ。頑張らなきゃならないな!
ところで今僕は全速力で自転車をこいでいるのだけどそれは何でだと思う?別に遅刻しそうだってわけじゃない。今日は朝練が休みだし、登校時刻にも余裕はある。僕の家に最も近い岩斬駅はだいたい自転車で15分くらいのところにある。そこから電車に乗ってS駅まで行くんだ。そこからはまた自転車で学校まで突っ走る。家から学校まで合計で40分くらいってところかな。岩斬駅からの電車は10分おきくらいであるから不便じゃない。さて、じゃあどうして僕は急いでいるんだ?
突然だが僕には同じクラスに好きな人がいる。笑わないでくれ、高校生なんだ、恋愛くらいしたっていいだろう?所謂一目惚れと言うものかな、一度見た時すごく惹かれたんだ。でもそれ以上に普段の生活の中での雰囲気がすごく好きだ。どことなく馬鹿っぽいところも可愛げがある。さて、そんな僕が思いを馳せる彼女なんだけど、何と通学ルートが同じなんだ!これは先週気付いたことだった。朝練のない日は大体時間ギリギリで家を出るんだけど先週はいつもよりちょっと早めの電車に乗った。珍しく気分が良かったんだな。学校に行くのが苦じゃなかった。今日も気になるあの娘に会えるなら行って損はないかって感じで。そんな気分でホームに立っていたら電車がキーッとうるさい音を立てて滑り込んできた。ドアが開いて何人かの人が降りてくる、それを待ってから乗車したんだ。するとどうだろう!驚いたことに右手奥のボックス席の窓側に頬杖をついて目を瞑っている少女、そう、それこそが僕の天使だったんだ!何と言う偶然、何という奇跡!これは正しく運命と言う奴じゃないか!
もうなぜ僕が急いでいるのか分かってもらえただろう。僕は電車で彼女と鉢合わせするというイベントを遂行しようとしているのだ。もちろん彼女が今日も同じ時間の電車に乗るとは限らない。それでもここで懸けるしかないのだ。前回はボックス席にいたということもあり話しかけられなかった。今回はそうでないと信じたい。
さあ、駅に着いたぞ。改札を抜けて地下道を駆け抜ける。この駅はホーム間が架橋ではなく地下で繋がっているのだ。手前にある階段を登る、ちょうど電車が着いた音がした。急げ!とにかく走る、走らなければならない!
この駅で降りた人々の群れをかいくぐって先週と同じ車両へと向かう。一、二、三…四、ここだ、この四両目だ。乗車した瞬間にピー!という笛の音が聞こえ、ドアが閉まった。そして電車が動き出す。間一髪で間に合った様だ。あまり疲れてもいない。こういう時は普段から体力づくりをしておいてよかったとつくづく思うものだ。
さて、彼女はどこだ?…探す必要もなかった。彼女は目の前に立っていた、いや、ぶら下がっていたと言った方がいいかもしれないな。手を吊革にかけたまま目を瞑っていてあまり足に力が入っているような気もしない。どうやら立ったまま眠っているようだ。
これは起こしていいものだろうか?僕は彼女と話したことはまだない。いくら同じクラスとはいえそんな男に突然話しかけられるのはいかかがなものだろう。やめておこうか…
そんな時、電車が大きく揺れた!そして彼女はバランスを崩すと僕の方に傾いてきた!危ない!僕は彼女の両腕を掴んで支えた。流石に他のところは触れないだろう?
「…うーん」
彼女が目を開けた。かなり眠そうだけど、そんな顔も可愛らしい。
「…むにゃ、あれ、えっと…お、お、」
どうやら僕の名前を思い出そうとしているらしい。覚えてもらえていないことがちょっとショックだ。
「大竹豊志だよ」
「あー!そう大竹君!いやあごめんね、あんまり記憶力良くないからさ」
「いやいいんだよ尾山さん」
僕は彼女から腕を離す。不快そうな顔を見せていないしもっと触れていようかとも思ったけれど僕の良心が止めてくれた。
「絵里でいいよ絵里で。私もトヨッシーって呼ぶから」
「トヨッシー…」
いきなりのニックネーム!これには嬉しさと困惑を顔に隠すことが出来ない。でも彼女は気にしていないようだ。
「ところで、トヨッシーは何しにこの電車へ?」
「僕、岩斬駅から乗ってるんだ。いつもは朝練あるからもっと早いけど水曜は休みで」
「へー、私は徒符駅から乗ってるんだよ。いやあ奇遇だねえ」
彼女が目の前で笑ってそう言う。ああ、何という穢れのない笑顔!その優しさが嫌でも伝わってくる!
「トヨッシーはバスケ部だよね、ジャージに書いてるし」
「え、うん、そうだよ」
「よくやるなあ、私運動神経ダメダメだからさ、バスケ部なんて憧れちゃうな」
「そんなことないよ、俺からすればお…絵里ちゃんの方がすごいと思うな。バンドやってるんだよね、楽器弾けるなんて凄いよ」
「あり、よく私がバンドやってるって知ってるね」
「え、あ、いやあ、まあ今楽器背負ってるし…でも前から知ってたよ」
「そりゃまた何で?」
「えーと…絵里ちゃん割りと有名だよ、あの女の人と一緒にバンドやってるってので」
「あー、そういうこと」
「…その…大丈夫なの?あの女の先輩と一緒で」
すると彼女は厳しい顔になって僕を見つめた。そんな顔も可愛い。
「麗子先輩はめちゃくちゃ優しいよ!みんな勘違いしてるんだよ。本当に、あんなにかっこよくて、あんなに親切で、あんなにクールで…とにかく最高な人だよ!」
「そうなんだ…」
「信じてないでしょ」
「いや!信じる!絵里ちゃんがそう言うなら信じるよ!」
「それならいいけどさ」
「…練習は毎日やってるの?」
「基本的にはね。みんなで部室に集まって個人で練習したりちょっと曲とか合わせてみたりくっちゃべったり。ライブ前になったらちゃんとスタジオで練習するって麗子さんが言ってたな。んで帰ってからも家で夜遅くまで練習してるからさ、結構寝不足なのよ」
「本当に頑張ってるんだね」
「そりゃあね!一刻も早く麗子さんに認められたいし」
…何だろう。何故かとんでもなく不安になってきた。いやいや流石にそれはないだろう、あくまでも憧れのはず、そのはずだ!
丁度その時電車がS駅に着いた。
「トヨッシー、駅からはどうしてるの?」
「自転車だけど」
「そっか、私歩きだけど一緒に行く?」
!!!これは一体どういうことだ!まさか脈があるというのだろうか!いやいや、おそらく彼女は単純に優しい人間なだけだ、誰に対しても優しい人なんだ、早合点はいけない。しかし!それでも嬉しい!ああ、だが僕にはそこまでの勇気はまだ備わっていないのだ。
「…ごめん、少し自主的に練習しようと思ってるから」
「そっか、じゃあ歩いてちゃ時間がなくなっちゃうもんね。それじゃまた学校で」
彼女はギターを重そうに背負って先に電車を出て行った。全く、僕はとんだへなちょこ野郎だ。こんなんじゃ先が思いやられる。
それでも今日一日は幸せに生きられる気がしてきた。よし!いっちょ今日もやったろう!そう心の中で叫んで僕は電車を出た。