第十三話 淑女も嗜むバンド名
「バンド名を変えたい」
いつもの部室にて菊之進が唐突に切り出した。他の三人は楽器の準備をする手を止めて彼の方をぽかんとした目で見つめる。麗子は菊之進のもとによって行くと左手の平を自分の額に、右手の平を彼の額に当てた。
「どうした菊、熱でもあるのか?」
「熱なんてない!」
菊之進は麗子の手を振り払った。
「だって熱でもなければ私の素晴らしいセンスがキラリと光る『Electric Lady Band』というバンド名を変えたいなんて言わないだろ」
「何が素晴らしいセンスだ、お前の趣味を反映させただけだろ。それ以上に問題なのはバンド名に『Lady』って入ってることだ。男の俺が入った時点で変えるべきじゃないか」
「アホか。『筋肉少女』帯に少女はいないだろ。それと一緒だ」
「しかしだな…」
「いっそ菊さんが女装するとかどうでしょう」
絵里が馬鹿っぽい声で会話に混ざる。
「悪いが俺はグラムロック好きというわけじゃないからな、お断りだ」
「…じゃあ、『Electric Ladies And Gentleman Band』にしちゃうとかは」
麻美が申し訳なさそうに喋りだす。
「流石に長すぎるだろ」
「だあ!もう面倒くさいな。だったらお前ならどんなバンド名にするんだよ」
そう言われると菊之進は険しい顔つきになり、腕を組みながら考えを巡らせた。どうやら特にアイディアを持っているというわけでは無かったらしい。何十秒か頭を擡げながら考えた末、やっと言葉を発した。
「『ハーレム・スクエア・クラブ・バンド』とか」
麗子は呆れた顔になった。
「お前こそ趣味がダダ漏れじゃないか!」
「…だったら『アポロ・シアター・バンド』とか」
「あのな、ただ『バンド』を付ければ良いってもんじゃないぞ。私のみたく同じ韻の言葉を文字るなり何なりせんといかん」
「そう言われてもな…」
「実際バンド名を決めるというのは、私のようにセンス抜群のメンバーがいない限りバンドが最も初めにぶつかる困難かもしれんな。大体高校生バンドなんて、恥ずかしくて自分の考えているバンド名を言えなかったりしている間に、誰かがネタで言ってみたクソダサいバンド名が採用されるもんだ。後になって後悔することも多々としてあるだろう」
絵里は否応なく『さいきみ』のことを思い出す。あのバンド名は一体どうやって決まったのだろうか。あれを本気で考えたとすれば寧ろ尊敬に値するような気さえしてくる。
「日本人の私たちからすれば英語のバンド名はやはりかっこよく見える。よくよく考えてみれば『The Who』とか『The Kinks』なんて人を食った名前だよな。いかにもひねくれたイギリス人って感じで嫌いじゃない。アメリカだとメンバーの名前をそのまま入れるバンドなんかも多いな。『Van Halen』だの『The Allman Brothers Band』だの『Bon Jovi』だの、日本で言えば『鈴木』とか『佐藤兄弟楽隊』みたいな感じだろ。まあ実際『甲斐バンド』なんてのも存在するが」
「私、何か日本語のバンド名って変な感じがしちゃいます。日本人なのに日本語の方が違和感あるってちょっとおかしいですよね」
「寧ろ日本人だからこそだろう。自分が生まれてきてからずっと使ってきている言語だからそれだけ言葉に込められた細かいニュアンスとかもよく理解している。そうした言葉の意味合いとバンドというもののギャップに違和感を感じるんだろうな」
「なるほど…ところで『Electric Lady Band』って日本語に訳すとどうなるんですか?」
「ん?…『電気的な淑女の楽隊』…かな」
「…で、結局変えないのか」
菊之進が力なく聞く、なぜ力ないのかと言えば彼自身でセンスあるバンド名を思いつけないからだ。
「変えない!『Electric Lady Band』がいい!」
菊之進のため息と共に外で烏が「カー」と鳴いた。