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それは金剛童子と呼ばれた  作者: 和無田剛
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六章

六章「宇戸港の決戦、夜明け前」


 安佐の村にて、遼介と玉藻は束の間の休息をとっていた。次に海坊主が現れるまでにあまり時はないらしい。そのため天狗とエルザは童子の水中仕様への変更を必死で進めていた。

「ハナ、これはどこに置いといたらええの?」

 何もせえへんのも落ち着かんし、と玉藻は村長の家の雑事をこなすハナを手伝って忙しく動いていた。

 最初のうちハナは恐縮するばかりで、身振り手振りで必死に玉藻の手伝いを拒んでいたのだが、

「なあハナ。うち、退屈やねん。あの朴念仁はおもろい話のひとつもでけへんし、こない何もない所でただ待っとけ言われても、あかんねん。うち耐えられへん」

 そやさかい、と玉藻は両手を合わせてハナを拝むようにして、

「後生や。うちにも手伝わせて。な?」

 そうして半日も経つうちに、ハナは笑顔で玉藻に仕事を頼んでいた。もちろん身振り手振りで伝えるのだが、それすらも玉藻が

「え? 何やの今の。もう一回やってくれへん?」

「うーん、何やろ。米を研ぐ? ……ちゃうの? えー、何や。あ、わかった! 茶碗を洗う! ……やった! 当たったわ」

 などとクイズのように楽しんでするうちに遠慮がなくなっていったのだ。

 その様子を微笑ましく見守る遼介は完全に蚊帳の外であるが。


 和やかな時間が過ぎて夜になったが、遼介は寝付けずにいた。

 雲がかかっているらしく、窓から差し込む月光は弱々しい。

 ……妖怪を退治することができなかった。

 金剛童子という巨大ロボットで簡単に退治できるはずの相手に、結局手も足も出なかった。それにあの見越し入道……いや海坊主には核がなかった。今までのように槍で突いてやれば良いというわけにもいかない。

「……どうすりゃいいんだろうな」

 こちらを見下ろして不敵に笑った巨大な坊主の顔が脳裏に蘇る。あいつは確かに自分の意思でこちらを攻撃し、そして海坊主に変質したのだ。

 今までに二回妖怪を退治したとはいえ、刺核の槍という一撃必殺の武器があったからできた事で、自分自身の力など関係ない。自分がここに居るのは妖怪を退治するため、この国を救うためだ。それができないなら、俺がここにいる意味は……?

「考えても仕方ない、ってわかってるのに考えるのは無駄だな」

 クールじゃないしな、と寝床を抜け出す。頭を冷やそうと思ったのだ。

 極力音を立てないようにして家を出る。いつだったか、夜中に小腹がすいて家を抜け出し近所のコンビニへ行った時の事を思い出した。海坊主退治がどういう結果になっても、もう二度とコンビニに行く事なんてないんだよな、などと当たり前のことを考える。

 外は月が隠れていて暗く、気楽に散歩というわけにもいかず軒先の切り株に腰を下ろした。ここで今日、生まれて初めて斧で薪を割った。ここではガスや電気で風呂は沸かないし料理もできない。

 遠くに大きな山がシルエットになって見えた。あそこで最初に目を覚ましたんだよな、などと思う。そしてあそこに隠してある金剛童子に乗って、海坊主にやられて……

「……どうしたんだ俺? まったくクールじゃねえな」

 遼介のひとりごとが夜の闇に消えていった時。

「そうやな」

 という背後からの声に驚いて振り返った。

「あ! 遼介が驚いた! うち初めて見たわ。あんたも人並みな反応することもあるんやなあ。安心したわ」

 あーめずらし、などと言いながら木箱を持ってきて遼介の隣に座る。

「どうした、眠れないのか」

 隣に座る玉藻は寝間着姿で、さすがに耳と尻尾はつけていない。こうして見るとごく普通の女の子である。遼介の言葉にふふっと小さく笑い、

「あんたが言う? 誰かさんがこっそり出て行きよるから気になったんやんか」

 妙に機嫌が良さそうに言う。自分を驚かせたのがそんなに嬉しかったのか、と遼介は思う。

「……なあ、玉藻。お前は不安じゃないか?」

「何が?」

 小首を傾げるようにして聞き返す。

「何が、って……そうだな、海坊主を退治できるのかとか、この先ちゃんとやっていけるのかとか」

 素直に口をついて出た言葉だった。こうして自分の不安を人に聞いてもらうなんて、ひょっとしたら人生初かも知れない。

 うん、と玉藻は頷き、暗い地面を見つめたまま言う。

「不安やな。飯綱遣いなんちゅう胡散臭いもんが、お天道様の照らす明るいところを歩いていけるとは思うてへんよ。せやけど」

「せやけど?」

「真似せんといて。 ……せやけどな、うち思うねん。人生五十年、泣いても笑っても一度きりやねんで? それやったら楽しまな損やんか。自分が出来る事、やるべき事……ううん、やらんでええ事でもやりたいと思ったら、やったらええねん。そんで、やるだけやったら満足できるんと違う?」

「そりゃあ、なんとも行き当たりばったりな人生設計だな」

 遼介はさ、と玉藻は正面から向き合って言う。

「今、何がやりたいの?」

 虚を突かれる思いだった。

 どうするべきか、何をしなければならないか、ちゃんとできるのか。そんな風にだけ考えていたからだ。宇戸の町に暮らす人たちを守るために海坊主を倒さなければならない、自分にそれができるのか、と。

「そうだな。俺は今」

 言いながら、何となく立ち上がった。夜空を見上げるがやはり月は雲に隠れて見えない。

「この国を、救いたいよ。エルザさんや天ちゃんやミサキやトウジさんやハナちゃん、刀兼さんたち検非違使も……あとついでに狐の耳を頭につけている変な奴とかを守りたい。みんな、ここに来て出会った俺の大切な人たちだ」

 やっと、気分が晴れた気がする。そうだ、せっかく転生した第二の人生、楽しまなくちゃ損だ。自分が今本当にやりたい事、やるべきだと思うことをやろう。

「何かっこつけとんねんな。それに」

 玉藻はさっと立ち上がり、遼介の背中にパンチを入れる。

「誰がついでや!」

 痛ぇな、と振り返ると彼女の頭上に文字が浮かんでいた。久しぶりに能力が起きたな、と目をやる。

「な……お前、何言って」

 思わず言いかけて、慌てて口をつぐむ。

「え?」

 きょとんとした表情の玉藻に、

「いや何でもない! さあ海坊主退治に備えてもう寝ようぜ!」

 強引に話を打ち切り、回れ右で家に帰ろうとする遼介の目の前に、

「おやおや随分と良い雰囲気ではありませぬか?」

 闇夜のカラスが現れた。

「うおぉおうっ! なんだミサキか、脅かすな!」

 そんな遼介のリアクションに、八咫鴉は逆に驚かされたという声音で、

「……どうしたのです遼介様。いつになく反応が大きいではないですか。くーる、とやらをお忘れではありますまいか?」

 まあそれはともかく、とカラスの姿のまま羽音を立てて急かすように、

「取り急ぎ、ご準備くださいませ。明日の朝、海坊主めは宇戸に上陸致します。お二人にはすぐに童子にて現地へ向かっていただかなければなりませぬ!」


 夢を見ていた。

 これは夢だと、分かっていても目覚められない夢。身体が疲れきっているのに頭の奥が冴えきっている不均衡な状態が見せる夢。

 彼女は血に塗れた妖刀を握り締めて泣いていた。

 ああ、これは私だ。幼い頃の……あの時の私だ。

 まだ温かい血が、剣先から滴り落ちている。

 たった今、刀兼の手の中の妖刀が人を殺した。いや、刀兼が殺したのだ。

 狐だったのか、それとも他の妖怪の類か。いずれにしろ何かのあやかしに取り憑かれただけだったのに。

 あの子に罪はなかったのに。

 みやこの同じ地区に住んでいた、名は知らないが顔は知っている程度の女の子だ。まだ見習いの扱いながら検非違使の一員である刀兼は他の子供との交流はない。

 いきなり検非違使庁舎に飛び込んできて暴れだしたそれに、腰の妖刀が反応してしまった。かたかたと震えだした刀に手をやった途端、刀兼は幼い意識を奪われた。今までにも何度か『吾』と名乗る刀に乗っ取られたことはあったが、今回のは唐突で、強烈だった。

 刀兼が何も出来ないでいるうちに妖刀は何かに憑かれた娘をバラバラにしてしまったのだ。

 妖刀に意識を支配されている時、刀兼は自分の中の隅に追いやられる。そこから前に出るのは難しく、この頃の彼女にはほぼ不可能であった。妖刀に負けるたび、師匠である先代の刀兼や、他の検非違使の人たちが総出で刀を封じ込めていたのだ。

 その日は、怪異がいくつも起こっており、隊員が全て出動していた。刀兼は一人で庁舎にいたのだ。

 妖刀は久しぶりに『獲物』を狩って満足したのか、自分から鞘に収まった。

 庁舎の庭に少し前まで人の形をしていた肉片が散らばり、あたりは文字通りの血の海に沈んでいた。たった一人の人間の中にこれほどの血液があるのか、とあきれるほどの。

 隅に居たとはいえ、娘を斬り裂くのを刀兼は見ていた。その音も聞いていたし、その時の感触を手に感じてもいた。

 わたしが、ころしたんだ。

 そう、認めるしかないのだと教わっていた。自分を持ち主に選んだこの刀はとても強い力があるが、あやかしだけでなく人も殺してしまうのだと。だから刀兼が強くなって、人を斬らせないようにしなければならないのだと。

 そして、それでも、人を殺してしまったなら。

 自分が殺したのだと認めなさい、と先代は言った。自分も何度も人を斬ったのだと。自分の弱さのせいで何人も殺したのだと辛そうにしながら。

 そして殺したその人の分、誰かを救うのだ、守るのだと。それしか『刀兼』にはできないのだと。

 そうだ、わたしがころ

「……誰だ」

 刀兼は瞬時に覚醒し、枕元の刀に手をかけて問うた。

 検非違使庁宇戸支部の隊長室。自室も兼ねたその部屋で彼女は昔の夢を見ていた。

 そこへ突然、何者かの気配が『現れた』。忍び込んだ何者かが、小癪にも寝ている彼女にわざと存在を気づかせるようにしたのだ。

 随分と馬鹿にされたものだと思う。だが、あえて気づかせたという事は友好の意……とまでは言えなくとも、少なくとも寝首を掻くつもりはないのであろう。そう思いながら刀を手にして布団の上に身を起こす。

「私に何か用事があるのだろう。姿を現さぬ者と言葉を交わすつもりはないぞ」

 根本は楽観的な性格の刀兼であるが、自室に忍び込む相手に対して容易に警戒を解くほど能天気ではない。寝巻きの裾を割り、片膝立ちで襲撃に備える。

 頭上だった。どうやら何者かは部屋の天井裏に潜んでいるようだ。

「失礼。だがいきなり斬りつけるのはご勘弁願いたい」

 聞き覚えのない男の声であった。いや、聞いた次の瞬間には忘れてしまいそうな印象の希薄な声だ。

 すると次の瞬間、庭に気配が移った。

「私は、姿を現せと申したが?」

 閉じられた障子のせいで男の姿は見えない。

「失礼なのは承知の上。これは我が身に染み付いてしまった性のようなものとご理解いただきたい」

 ふん、と鼻を鳴らす刀兼。乱破か。そんな所だろうとは思っていたが。

「して、何用だ。庭に居れば安全と思っているかも知れぬが、この呪いの刀は一瞬で貴様の首を落とすぞ」

 それも承知、と庭の男は言う。

「性であると申し上げたはず。そもそも検非違使庁に忍び込む時点で死は覚悟しておりますのでな」

 へりくだるような口調に再び刀兼は鼻白む。心にもない事を言いおって……。

「まあ良い。それで何用なのだ。訳あって刀を手放すことはできぬが、お主は斬らぬと約束しよう。話してみてくれ」

 いつの間にか普段の口調になってしまっている。庭の男も少し緊張を緩めた。

「かたじけない。拙はお主らが鵺と呼ぶ者に雇われている草だ」

 何、と思わず立ち上がる刀兼。

「……話を続けても良いか?」

 牽制するように庭の草……影は声をあげる。

「あ、ああ……すまない。続けてくれ」

 まさか最も気にしている相手の手の者が接触してくるとは。

「このままでは、金剛童子は海坊主に負ける。検非違使に協力を頼みたい」

「協力、か。むしろ宇戸を襲う妖怪を退治するのは我々の責務なのだが」

 やや自嘲気味に言う刀兼に、

「しかし帝に止められておるのだろう?」

 影が言う。

「ふん、嫌な事を言うな。それで? 帝から手を出すなと命じられた我々にどうしろというのだ?」

「あの勅旨は偽物だ」

「であろうな。だが、それをどうやって証明する? 間違いなく偽物であるという証がなければ、隊長として私は隊を動かせぬ」

 刀兼はそう言いながら実は自分だけで動く気でいた。刀尋には悟られぬように。知ればきっと同行を申し出るだろうからだ。

「拙に策がある。少々長い話になるが、聞いてもらえるだろうか。事はこの国の土台を覆すやも知れぬのだ」

 思った以上に重要な話であるらしい。刀兼は頷く。

「聞こう。では、中に入らぬか? そこでは落ち着いて話も出来まい」

 相手に警戒を解かせようと思い、言ってみたが。

「いや結構。この方が落ち着く」

 草の者はそうかも知れないと刀兼は納得した。


「あれ。天ちゃんは居ないんですか?」

 童子を隠してあるドーム球場のような空間で空飛ぶ板に乗り込みながら遼介はエルザに問うた。

 我が主は、と無表情の金髪美女は言う。

「既に宇戸へ向けて発ちました。呪器による移動が叶わぬ身で海坊主の上陸に間に合わせるため、と理由も含めて説明します」

 今回は現地で指示を出すつもりなんだな、と思いながら童子に乗り込む。

「それでは」

 と、ミサキもカラスの姿になって続く。

「なんや、狭いんやさかいアンタは留守番しとき!」

 玉藻の言葉に、ふんとくちばしを鳴らす。

「天狗様のご指示です。水中での活動が可能になったものの、海の中では海坊主が圧倒的に有利なのは火を見るより明らか。であれば必然的に敵が上陸しようとするところを叩く、水際作戦しかございますまい? しかしながら」

 と、狭い操縦席の中でくるりと回って娘の姿に戻り、

「我らが金剛童子の背後には多くの人々が暮らす宇戸の町がございます! これぞまさに背水の陣!」

 興奮した口調で言い立てる。

「あーもう、狭い言うてるやろ! 何で人間になんねん! 鳥になっとけ鳥に!」

「とり、とりと軽々しく何度も言ってくれるではありませぬかキツネ! 貴女こそもう少し小さくなっては如何です? そうして大きな顔ばかりしているから嫌われるのです」

「どさくさに紛れて悪口言うなや阿呆! ええから早よ鳥にならんかい!」

 まったく口の減らないケモノです、とぼやきながら再びカラスに戻る。

「では、参りましょうか」

「ちょ、何で遼介の膝に乗んねん!」

 後部座席から玉藻が抗議する。

「狭いからに、決まっているでしょう。キツネ頭でも少し考えれば分かりそうなものですが?」

「あかんて、そんなん!」

「おや、何ゆえにです? ご希望通りに烏の姿でおとなしくしようと言うのですから文句はありますまいに!」

 翼でくちばしを隠して、ほほと笑いながら言う。

「いや、だって……そんなん邪魔やろ! 遼介が童子を操るんやさかい」

 玉藻の言葉に、なるほどと八咫鴉は納得する。

「しかしそうは言ってもこの狭い中……キツネの膝に乗るなど死んでも御免ですし……」

「何でそないに嫌がんねん! ……いや、うちも嫌やけど!」

 そうでございましょう? と、しばし考え込むミサキ。

「……なあ、そろそろ出発しないか?」

 痺れを切らした遼介が言う。

「そうです! 万が一間に合わないなどとなれば一大事!」

 と、玉藻の肩に止まる。

「ここは無難に、こう致しましょうか」

 ミサキなりに折り合いをつけたつもりだったが、

「痛たたた! 痛いてホンマに! アンタの足の爪が刺さんねん」

 本気の抗議にばささと羽ばたき、それではと頭の上に移動する。つくりものの耳の上に着地。

「これで文句ございますまい?」

 羽をたたんで涼しい顔をする。

「重いんやけどな……まあええわ。ホンマに間に合わんだら洒落にならんし」

「じゃあ、行くぞ」

 言いながらスマホをタップする。巨大な黄金色の鎧武者が二足歩行を始める。

『遼介様、出立まで随分とかかったようですが』

 エルザからの音声通信である。

『現在、童子の周囲には不可視の呪術が展開されております。普通の人間の目には視えないので、海を右手へ迂回して宇戸へ向かって下さい、と指示します』

 光学迷彩みたいなのがあるのか、と遼介は納得。どうりで海岸でこんなのが突っ立っていても騒ぎにならなかった訳だ。

 だいぶ時間をロスしたからな、とすぐに外へ出て海へ向けて歩み出す。

 深夜の無人の地を進む金剛童子。かなりの振動や音があたりに響くが、これでも騒ぎにならないのだろうかと少し心配になる。

「ああ、呪術で視えへんようにしとる言うたな。それやったら大丈夫や。見えんちゅうよりは、気づかへんいう方が正確や。すぐ目の前にあっても目に入らへん……ほら、何かなくして、すぐ近くにあるのに見つからへんでずっと探してまう事ってあるやん?」

 そう言われて遼介は、考えてみれば自分自身がそうだったと自嘲する。クラスの中で空気になっていた自分。誰も俺のことを見ないし、気にしない……自分から望んでそうなった結果だけど。

「遼介どないしたん? そない考え込むことやった?」

 いや、と頭を振る。

「はるかに今の方が充実してるなと思ってさ」

「はあ?」

 何言うとんねんという顔の玉藻に、気にすんなと言って金剛童子の操縦に専念する。

 どれだけのオーバーテクノロジーが用いられているのか知らないが、足元の変化に関わらず童子は淀みなく歩を進めていく。

 何となく無言になったまま月あかりのない夜道を進み、やがて目的地である宇戸港に到着した。夜明け前の海にはいくつか船が係留されている。

「エルザさん、着きましたよ」

 どうせモニターしてるんだろ、と声をかけてみる。

『では、暫し待機していてください、と要請します』

 はいはい、と素直に童子を港に立たせておく。

 時が流れた。

 安佐の村と同じく、宇戸の空も曇りで周囲は暗い。じっと無言でいると波の音が聞こえてくる。

「なあ、遼介」

 頭にカラスを乗せたまま玉藻が口を開く。

「なんだ?」

 あんな、ええとな、としばし逡巡してから、

「うち、姉上に自分が妹やって言うてもええんやろか」

 何を今さら、と呆れて前を向いたまま答える。

「いいんじゃないか? ていうか何でダメなんだよ。お姉さんの事、恨んでるのか」

 そんなわけ! と、椅子から立ち上がる気配。ばささと八咫鴉の羽音。

「そんなわけないやろ! 姉上は、刀兼なんちゅう大変な立場に就いて、これまでずっと頑張って来はったんや。子供の頃からずっと、他の子らがせんでもええような辛いことばかり背負って……日出の国を守るためやいうても、そないな重たいもん、一人に背負わさんでええやんか!」

 溜め込んでいたものを一気に吐き出すかのように言う。

「じゃあ、なんだよ。どうしてお姉さんのこと嫌いなんて嘘ついて」

 はあ、と深く息を吐く。

「遼介には……余所から来たあんたにはわからんやろうけどな、うちみたいに……あんたもやで? なんの許しもなく妖怪退治なんぞしとる輩は日陰モンや。歴としたみやこの組織として帝から直々に妖怪退治の任を仰せつかっとる検非違使とは月とすっぽんや。いや、そもそも比べること自体間違うとるわ」

「じゃあ、自分が刀兼さんの妹としてふさわしくないとか、そんな理由で避けてたのか」

 そらそうや、と憮然とした声。

「身分が違いすぎんねん。うちなんぞが身内におったら迷惑になるわ」

 いやそれは、と言いかける遼介を遮る声。

「間に合ったようだの」

 天狗からの音声通信に続いて正面モニターに本人の映像も出てきた。

「うわ、何で天狗はんがここに居んねん!」

 これは声と一緒で遠くのが見えてるんだ、と簡単に説明してやる。

「暫しそのまま待機せよ。わらわの予想では海坊主の上陸は夜が明けきってからじゃ」

 今日はいつもの十二単姿でストレートのブロンドも綺麗に整っている。

「へえ。明るくなってから出るのか」

 うむ、といつもの扇子を広げる天狗。

「海坊主はなぜか、ほとんど夜に出ることがない妖怪じゃ。巨大なもの力の強いものは遠慮なしに昼間でも人前に姿を現すようだの」

 ふうん。ていうか、

「天ちゃん。今どこに居るんだ?」

 モニターには天狗が画面いっぱいに映っているのだが、チラ見えしている背景がどうもこの時代にはそぐわない場所のようなのだ。

「ふふ。お主らのすぐ近くよ。民草に見られぬよう童子と同様に不可視の術で覆っておるゆえに見えぬであろうがな……それより」

 はぐらかすように話題を変える。

「二人とも、槍と弓は持って来ているであろうな」

 今回はそれぞれに刺核の槍と抉奪の弓を操縦席に持ち込むように言われていたのだ。

 大丈夫だ、と伝えると天狗はわずかに笑顔を見せる。

「それがそれぞれの概念として童子の武器となって具現化する……わかるように言うてやるならば、その武器が元になって童子の武器ができるという訳じゃ」

 珍しく簡潔な説明をしてくれる金髪幼女。どうやら機嫌が良いらしい。

「そして童子には水中でも動けるように、表面に周囲からの干渉をやわらげる呪力を展開しておる。よって此度は海に入って戦うのも構わぬぞ、遼介」

 と言い、くつくつと含み笑う。本当に機嫌が良いようだ。

「……ん? なんじゃ」

 急に天狗の顔色が変わる。

「これは一体……エルザ! どうなっておる!」

 どうやら一緒にいるらしい部下に大声で問う。

「お主らはそのまま待機しておれ! 不可視の呪力が薄れるゆえ、決して動くでないぞ!」

 モニターの映像が消え、操縦席内が静かになった。

「何やったん? 天狗はんえらい慌ててはったけど……」

 ふむ、と遼介の膝の上に落ち着いた八咫鴉が言う。

「どうやら、面倒なことになっているようです。一体どうした事か……ん。これは」

 言葉半ばにくちばしを閉ざす。

「何だ、どうした」

「聞こえませぬか? いくら宇戸の港とは言え、このような刻限に用のある者などそうはおりますまいに」

 その言葉に周囲をうかがう。遼介の視線に合わせて童子の頭も動き、その目が捉えた画像が操縦席に映し出される。いつの間にか外は明るくなり始めていた。夜明け前の青白い光で港の様子が分かってきた。

「暗くて気付かなかった……なんでこんなに人が?」

 夜明け前の宇戸港に続々と人が集まってきていた。元々船の出入りも多く、漁船や荷役船に乗る者が居ることは予想していたが、明らかに人数が多すぎる。しかも、服装から見て船乗りでないものがほとんどのようだ。物売りと思われる者の姿も多く見られるし、眠い目をこすっている子供の手をひいている者も、数人で固まって何やら話しながら海の方を指差している者もいる。

「何やの? なんでこないに人が居るん?」

 どこかで見たような既視感を感じた遼介だったが、しばらくして思い出した。

 それは小学生の時、テーマパークへ連れて行ってもらった時のことだ。人との関わりを避けていたとは言え、そうした場所へ行ってみたいという気持ちもあったのだ。遼介……いや、一人息子の遼が珍しく言い出した子供らしい希望に、両親は張り切って前日からパーク近くのホテルに宿泊し早朝から開場前のエントランスゲートに並んだ。まだまだ時間はあるのに同じことを考える人は多く、遼の周りには自分と同じように開門を今か今かと期待に胸を膨らませて待つ人で溢れていた……。

 まるでその時と同じような雰囲気なのだ。様々な年格好の人たちが港に集まって、何かを待っている。期待に胸を膨らませて……

「どういう事だ、一体……」


 水無藻刀兼は続々と増えていく人の流れに合わせるようにして港への道を歩いていた。質素な藍染の着流しに帯刀した姿は女性として一般的とは言えないものであったが、まだ薄暗いこともあり、あまり目立たずに群衆に紛れることができていた。

「隊長、本当によろしいので?」 

 隣を歩く刀尋が念を押すように問う。彼も枯れ草色の着物姿で、服装だけなら他の町人連中と変わるところがない。

「刀尋、隊長はよせ。今日は二人で休暇をとり、物見遊山に来たのだぞ。任務ではないのだ」

 という彼女の表情はしかし、どう見ても臨戦態勢の引き締まったものである。だが正式に検非違使庁に届出をして休暇をとっているのは事実だ。

 つまりこれは、ただの男と女が港へ遊びに来たと、そういう状況なのだが。

「……どうも私は、その乱破を信じることができませんが」

 刀兼に接触してきた、鵺に雇われているという乱破。その男の指示に従って二人は行動しているのだ。

「しかし、ここまでは奴の言うとおりになっている。確かにこれだけ人が居れば我々が近づいても悟られることはなかろう」

 周囲に油断なく目を配る刀兼。白々と夜があけつつあった。

 こんな朝早くに出てきている者は大抵、朝餉を済ませていないから空腹である。それを見込んで食べ歩きのできる軽食を売り歩く声がそこかしこから響く。買い求める者も多く、喧騒が広まっていった。

 明るくなるに従って周囲の状況がわかってきた。

「宇戸者は野次馬揃いと聞いてはいましたが……」

 呆れる思いであった。海べりの広い敷地を人が埋め尽くそうとしている。まさに黒山の人だかり、気を抜くと誰かにぶつかったり足を踏んだりしそうだ。

 野次馬なりの知恵があるもので、既に腰を下ろして落ち着ける場所を確保したり、港から離れて海を見晴らすのに都合の良い場所にゴザを敷いたりしている者もいる。

 まあ確かに、と海へ歩を進めながら刀尋は思う。普通の人間にとっては妖怪を視る、ということ自体が一生に一度あるかどうかの希少なことだ。それが、海坊主などという名の知られた巨大妖怪が観られるというのであればそれは興味を惹くだろう。

「これだけの人間に海坊主の上陸を信じさせたのだから、その手腕は認めるべきだろう」

 と、刀兼は言う。逆にその手腕が恐ろしいのだが、と刀尋は内心思う。

 影という乱破はまず、袖之原に出現した海坊主の噂を広めた。それは実に巧みに、実際に目撃した者の言葉とともに宇戸の町を駆け巡った。そして次に何人もの辻占いが同時多発的に宇戸港への巨大妖怪の上陸を口にした。

 そして昨日、宇戸の町の辻々でばらまかれた瓦版の号外。明朝宇戸港に、袖之原に出現した海坊主が宇戸湾を横断して現れるというものだ。当代人気の浮世絵師が描いた恐ろしげな海坊主の絵も添えられ、野次馬どもの興味を惹くには十分なものであった。

 伝聞、予言、そして報道と三段階を経て浸透した情報が多くの人を港へと集めた。

 そしてそれを成し遂げた影の言葉に従い、二人はこれから見物舟に乗ろうとしている。

 川であれば屋形舟という遊覧船もあるが、海にそのようなものはない。今回の騒動を当て込んで、普段は漁船に使っているものを急遽海坊主見学用に鞍替えしただけのものだ。

 いくつかの舟は既に満員となっていた。刀兼と刀尋はまだ空きのある舟に料金を払って乗り込む。

「さて。あとは時が来ればわかる、という事だな」

 刀兼は舟底に敷かれた座布団に腰を下ろした。

「刀尋、いなり寿司食べるか?」

「いつの間に買っていたんですか。まったく……いただきます」

 こうなればまな板の上の鯛だ。なるようになれと刀尋も開き直って甘辛い寿司を味わう。既に朝日が半分以上顔を出していた。キラキラと輝く海面からの反射光が刀兼の白い顔を照らした。


「ミサキ、どういう事だこれ? みんな、海坊主が来るってわかってるのか」

 そりゃ怪獣みたいなのが来るなら見たいかも知れないが、危険だってことくらい誰でもわかるだろうに。子供の姿も多く見られるし、船も何艘か海に出ている。沖へと出て行かずに停泊していることから考えて、妖怪見物のための船なのだろう。

「左様でございましょうね。宇戸者はこうしたお祭り事に目がありませぬゆえ」

 膝の上のカラスは、さも当然のように言う。

「はあ? 何考えとんねん。下手したら死んでまうやんか」

 後部座席のケモ耳娘はあきれ声で言う。遼介も同感だ。

「火事と喧嘩は……などと申しますから。愚かなものです」

 ん?

「ミサキ、どうした? 元気ないな」

 普段のハイテンションが感じられない八咫鴉に遼介が質すと、

「なんと! 遼介様がそのようなお気遣いをされるとは! 今日はなんと良き日でありましょう……」

 くるりと黒衣の赤毛娘の姿になり、遼介の膝の上で両手を組み合わせて目を輝かせる。

「こらぁ何やっとんねん! そないなとこおったら邪魔になるやろ!」

 後ろから手を伸ばして抗議する玉藻。

「そんなことより」

 と、前方を指し示す。

「来たようですよ」

 その声に前方のモニターに目をやると、朝日に照らされた海面から巨大な坊主頭が浮き出ていた。港の見物客たちにざわめきが広がっていく。半信半疑だった者も多いのか、海坊主の黒い巨大な姿を見て逃げ出そうとする者も居る。

「よし、行くぞ」

 スマホに伸ばしかけた遼介の手を、ミサキが掴んで止めた。

「お待ちを。これだけ近くであれば童子が動くと同時に、周囲の野次馬どもはこちらに気づくでしょう。どうぞ慎重に……まずは足元にご注意を。一足で何人も踏み潰す危険がございますゆえ、摺足で歩みだして下さいまし。それでもいきなり現れた巨大な鎧武者に野次馬が取り乱して怪我をするやも知れませぬが、それはそれ」

 冷静な注意に、素直に遼介は頷く。

「それはええけど、早よどかんかい!」

 後部座席から遼介の膝の上に座る赤毛娘に手を伸ばす玉藻。さっと避けて再び鴉に戻る。

 前方を見ると、海坊主が肩まで姿を現していた。

「よし、じゃあ慎重に行くぞ」

 ギリギリ動き出すくらいに小さく指をスライドさせる。じり、と巨大武者が右足を前へだした。

 足元の数人が童子に気づき、その騒ぎが一気に広がっていく。海から近づいてくる妖怪と、急に現れたもう一体の巨大怪異に挟み撃ちにされたかと港を埋める群衆はパニックになりかけている。

「お……おい。これヤバくないか? 下手に動くと大惨事になりそうだぞ」

 ふん、と八咫鴉。

「わざわざ妖怪見物などという命知らずな物見遊山に出向くような者など、好きにさせておけば良いと思いますが……そのまま慎重に、まっすぐ前へと歩をお進めなさい。童子の向かう先さえ分かれば、あとは野次馬が勝手に避けるでしょう」

 なるほど、とゆっくり歩き出す。八咫鴉の言ったとおりに、蜘蛛の子を散らすように群衆が左右に避難していき、やがて海までの花道ができあがった。少し歩速を速めて海べりで海坊主を迎え撃つ姿勢になる。


「あれが……遼介君たちの操っている鎧武者か」

 海上の見物舟から振り返ると、港は突然現れた金色の巨大武者に蜂の巣をつついたような騒ぎとなっていた。刀兼たちの目には妖怪ではないことがわかるが、普通の人間には海坊主と同じ巨大妖怪と映るだろう。

「どうやら、極力被害を出さぬように動いているようです……あの少年なら、信用はできるとは思いますが」

 うむ、と頷いて刀兼は再び海坊主へ目をやる。腰の妖刀が今までにない程に激しく震えている。少しでも気を抜くと意識を乗っ取られそうだ。

「せめて、海坊主に反応しているのであれば良いが」

 刀兼の独り言を刀尋は聞こえなかったふりをした。


『遼介、聞こえておるか?』

 天狗がモニターに現れた。

「ああ。なるべく海に入らない方がいいんだよな?」

 水中仕様に改造されたものの、海坊主相手ならば陸で戦った方が分が良い、という事だった。

『そうじゃ。 ……して、この騒ぎじゃが、どうやら裏切り者が居るようじゃ』

 裏切り……って。

「海坊主退治を邪魔しようって事か」

 敵……娃黒王に寝返った奴が被害を大きくしてやろうと海坊主の上陸を広めたのか。

『遼介。民草の死人は望んでおるまいな?』

 扇子で口元を覆った金髪幼女が言う。

「当たり前だろ」

『ならば、海坊主が上陸する前に勝負をつけよ。それが考えうる最良策じゃ』

 その言葉に、朝日に照らされながら胸のあたりまで海面から出してこちらへ近づいてくる巨大な坊主に目をやる。

 頭も体も全身が黒ずんだようになっていて、見越し入道の時には白かった袈裟も黒くくすんでいる。真っ黒な中で巨大な両目が血走ったように赤く、らんらんと光っていた。

「玉藻、弓を手に取りなさい」

 ミサキの言葉に従って抉奪の弓を手にする玉藻。

「初めてゆえ、介添えいたしましょう」

 八咫鴉が羽ばたき、再びケモ耳に止まる。

「重いっちゅうのに……で、どないしたらええの」

「目を閉じた方が良いでしょう……心で弓を感じなさい。弓の波動を自分の中に取り込むように呪力をまわすのです」

 難儀なこと言いよるなぁ、とぼやきながらも言う通りにする玉藻。すると弓が赤く輝きだした。

「そうです、そのまま童子の波動へ弓を通した呪力を向けなさい」

 こうかいな、と玉藻が言うのと同時に、金剛童子の手に巨大な弓が現れた。

 それは金色に輝く弓と、青白く輝く光の矢だった。

「これで遠距離攻撃するってわけだな」

 早速スマホを操作する。もとのゲームではライフルを撃つためのアイコンをタップすると童子が弓を構えた。スマホ画面と同じ、標的を定めるための円が前方モニターにも表示される。

「さあクールに決めるぜ」

 金剛童子の引き絞った弓から光の矢が放たれ、一直線に海坊主へと飛んだ。

 突然の攻撃に坊主は機敏に反応した。さっと身を伏せて海へと巨大な体を沈める。矢は左肩を掠めただけになった。それでも触れた部分を抉りとっていったので抉奪の弓と同じ効果があるようだ。

 海坊主の動きで大きな波が発生し、港に停泊している妖怪見物の舟が揺れる。幸い転覆するものは出なかったが、このままだと海坊主に沈められるのは確実だ。

「そうか……普通に知能はあるんだな」

 弓の攻撃を警戒して、鼻のあたりまで水中に沈めたまま海坊主が接近を再開した。矢を放てばすぐに海中に潜る気なのだろう。

 続けてひとつ、ふたつと矢を放つが、赤く光るそれは海面に当たって消えてしまう。抉奪の弓と同じく、怪異に触れればそれを抉り取るが他には効力がないという事らしい。

「くそ……」

 どうするか、と決めかねていると背後から苦しげな息遣いが。振り返ると、玉藻が息を荒げて苦しそうにしていた。

「おい、どうした!」

「だ……大丈夫や。ちょ、きっついだけやさかい……」

 俯いて肩で息をしている。その隣で八咫鴉が涼しい顔をしている。

「あの大きさと威力の矢を練るのです。それは疲れるでしょう」

 簡単に言う。

「ミサキ、わかってるなら先に言えよ。こんなんじゃ玉藻がもたないだろうが」

 はあ、と大きく息をついて玉藻は弓を手放す。それと同時に金剛童子の手の中の弓が消えた。

「そうですね、管狐の世話をする者がいないと金剛童子が暴れだすやも……これは軽率でした」

「……ミサキ? お前、どうした? なんか変だぞ」

「そうでしょうか? 海坊主退治は初めての事ゆえ少々取り乱しておるのやも知れませぬ」

 お気になさらず、などと言うのを横目に、正面に向き直ると海坊主はもう目と鼻の先まで迫っていた。見物舟は既に上陸進路から距離をとって避難している。


「離れ過ぎかも知れぬな」

 刀兼は船上から、宇戸湾を進む巨大な黒い坊主を見て言う。あまり離れていると有事の際に対応ができない。あれほどの巨大な妖怪を相手にした事などないので、どうなるのか予測もできないが、せめて一太刀だけでも与えるつもりでいた。

 頭だけを出して進んでくる海坊主。その目はまっすぐに宇戸の港を見据えている。

 完全に夜があけ、その姿は誰の目にもはっきりと見えていた。

 港に立つ金色の武者は先程矢をいくつか放ったきりで弓を消してしまい、今はただ海坊主の上陸を待っているだけに見える。

「どうしたのだろうな、先刻の弓はもう使わないのか」

 上陸前に退治できれば最良なのだが。

「……あのように巨大な弓の実体化など、馬鹿げたことをするからでしょう。一人の人間の呪力で賄うのがやっとだろうに、矢を放ってしまえば次の矢を作らねばならない。戦術として下の下です」

 弓といえば玉藻が使っていた特殊なものを思い出す。妹の身が案じられ、刀兼の目に不何な色がさす。

「何にしろ、港での戦いになるでしょう。流石に海の中で海坊主と戦うほどの愚行は犯しますまい」

「そうだな……。であれば我々にも機会はあるか」

 本気でこの人はあんなものに斬りかかる気なのか、と改めて呆れる。

「まあ、いい加減慣れたが」

 何の話だ刀尋、という彼女に気にしないでくださいと誤魔化しておく。



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