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それは金剛童子と呼ばれた  作者: 和無田剛
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終章~余話

終章「穏やかな午後、これから」


「おい、これどこへ置くんだ?」

 行李を両手に抱えた遼介が玉藻に聞く。

「ああ、それは冬になるまで着いひん着物やさかい……」

 宇戸の武家屋敷が並ぶ町の外れ、一軒の古びた屋敷の一室。

 今日から引っ越してきたここが、二人の住居となる。

「さて、こんなもんかな」

 部屋の中を見回す。南向きのこの部屋は玉藻の自室だ。

「せやな、こんなもんやろ」

 腰に手を当てて満足そうに言うケモ耳娘。

「しっかしお前、いつの間にこんなに荷物増えてたんだよ」

 宇戸に来た時に全部盗られたのに、八畳の部屋の四分の一ほどを荷物が埋めている。

「女にはな、色々必要なもんがあんねん」

 ていうか、

「アンタは何でそないに荷物少ないねん」

 遼介の荷物は風呂敷包みひとつである。

「着替え二着だけだからな」

 まあええけど、と玉藻は障子を開け、縁側へ出る。そこからささやかな庭を見渡し、

「明日から、手入れしていかなあかんな」

 と、遼介に言う。

「俺の仕事なのか、それ?」

 小さいながらも歴とした和風庭園だ。そんなものの手入れなんてどうやれば良いのか。

「安心しい、うちも手伝ったるさかい」

 ああそうかい、ありがとよ。

「お待たせ致しました!」

 勢いよく背後の扉が開かれ、赤毛の娘姿のミサキが入ってきた。手には重箱を抱えている。

「炊事場が使えませぬゆえ、ミサキの手製とは参りませんが、宇戸で一番の味と評判の料亭の仕出し弁当でございます!」

 胸を張るミサキの後ろから、

「検非違使からの引越し祝いだ」

 水無藻刀尋である。

「刀尋さん。ありがとうございます」

 室内を見回し、

「国を救ったのは君たちだ。むしろこちらが礼を言わねばなるまい……ところで、この部屋は荷物が多すぎて狭いな。どこか他の部屋で食べるとしよう」

 そらすんまへんな、と玉藻は屋敷の中で一番広い部屋へと客人二人を案内する。

 お茶くらいは用意致しましょう、と立ち上がったミサキに玉藻は付いていく。

 何も荷物のない広間で遼介と刀尋が二人きりになった。

「……ああ、隊長は今城へ出向いている。君たちの身分を決めるための申請だ」

 刀兼たちがこの屋敷を用意してくれ、幕府へ掛け合って妖怪退治のための検非違使の下位組織をつくり、玉藻と遼介をそこの所属としてもらうように申請しているのだ。

「心配しなくても、形式的なものだ。申請は問題なく通るだろう」

 刀尋が言い終わる前に、外から頼もうー、と聞き覚えのある声が。

「来たようだ。あの声の調子から言っても、やはり通ったようだぞ」

 珍しく笑顔を見せて刀尋が立ち上がる。

 声だけでわかるのか、と遼介は思いながら後について玄関へと向かう。

「おお、遼介君! 君たちは今日から六波羅探題宇戸支部の一員だ」

 現在の幕府ができる以前に存在し、今は名称だけが残っている組織の宇戸支部を作るという形で組織に組み込んだのだという。

「ほほう! これで幕府のお墨付きというわけですね。それはめでたい事でございます! 今後ともこのミサキが、遼介様を見事導いてみせましょう! ええ、ええ」

 本人たちよりも先に喜びの声をあげる八咫鴉。

「あんたまだ居座る気かいな。もともと娃黒王に雇われとったんやさかい、もうここに居る必要あらへんやろ」

「何を申しますキツネ! ミサキはあの者に雇われてなどいませんでしたとも! 八咫鴉は神の遣い! あの、憎っくき娃黒王めは、自らの荒ぶる神としての力でミサキを卑怯にも騙していたのです!」

 宇戸城を襲おうとしていただいだらぼっちを倒したあと、娃黒王たちは姿を現していない。身を潜めて次なる機会を窺っているのか、沈黙を保っているのだ。

「それに、童子のこともありましょうに」

 あの巨大ロボットをそのままにはしておけないので、ある場所へ隠し、呪力によって外から見つけ出せないように封じ込めたのだが、その際検非違使の全員であたっても成功せず、ミサキの導きによってやっと成し遂げたのである。今後、金剛童子の力が必要になった時の封印の解除、そしてその後に再び封じるのにもミサキは必要なのだ。

「確かにその通りだ。八咫鴉の導きを得られるというのは非常に幸運な事なのだぞ、刀梨。本来は神や帝でもなければありえない程の事だ」

 そうですとも、もっとその幸運に感謝なさいと声を張り上げるのをいなして、

「姉上、ようこそ拙宅へ。こちらへどうぞ」

 折り目正しく言う玉藻に刀兼は目を丸くし、続いて満面の笑顔になる。

「刀梨! やっと私を姉と認めてくれたのか」

 いや、ちょっとと玉藻は俯き、

「その名前はどうも……ずっと前に捨てた名前やさかい……」

 と、姿勢を正す。

「うちは、六波羅探題宇戸支部の管狐遣い玉藻です、姉上。改めて、どうぞよろしゅう」

 現在の自分と、過去の両方を認めたいという気持ちで言った言葉に、

「そうか、わかった。玉藻、これから私は君たちの上司になるのだからな。妹であっても身贔屓はしないから覚悟しておくのだぞ」

 はい姉上、と玉藻も笑顔になり、二人で広間へと廊下を行く。その後ろ姿を見送った遼介は、

「あの刀、戻ってきたんですね」

 長い黒髪の後ろ姿の腰には、呪われた刀があった。

「ああ。だいだらぼっちを倒したことによって解放されたようだ。とりあえずはおとなしく鞘に収まっているようだが」

 あの、狂気にかられた姿を思い出してしまうと気が滅入るが、それは当事者である刀尋に言えることでもなく、遼介は口を閉ざした。

「さあさ、何はともあれお祝いです! 皆で食事をしようではありませんか!」

 ミサキの声に背中を押され、広間へと移動する。

「遼介、何しとったん? 見てみい、めっちゃ美味しそうやで」

 広間の中央に重箱が広げられている。彩りも美しくつくられた豪華な料理の数々。

「そうだな、うまそうだ」

 腰を下ろすよりも先に、ひょいと手づかみで料理をひとつ取り、口に入れる。

「あー! 何しとんねん遼介」

「遼介様、珍しく悪戯っ気のある事を! それでは今日は無礼講といきましょうか」

 一気に広間が騒がしくなった。

 悪くない……いや。

「良かった。ここに来れて」

 素直に、自分の気持ちを口にする。

「何を言うとんねん! つまみ食いなんぞ、歴とした幕府の組織の人間がする事と違うねんで!」

「キツネ! どさくさに紛れて遼介様に抱きつくのは許しません!」

「抱きついてへんわ阿呆! てか、何であんたが許すの何の言うねん」

「まあまあ二人とも、今日は祝いの席だぞ」

「姉上、何でもう食べ始めてますの? あー、もう滅茶苦茶やんか!」


 隊長、少しは礼儀作法というものを

 こら鳥! あんたまで何しとんねん

 鳥鳥といい加減理解なさいキツネ! 八咫鴉の偉大さを

 そろそろ落ち着いて食べようぜ

 あんたが言うなああ!


 小さな屋敷の広間は笑いに包まれていた。そこにいる全員が笑顔だった。


余話「虚ろ舟の蛮女うつろぶねのばんじょ ぞく


 箱から放った光に驚いて三人の男たちは逃げ出していった。

 普通の人間は目を開けていられないほどの光量の中でも、彼女の眼は平素と同じく周囲を映していた。

 以前に居た国に比べて文明の程度は低いようだ、と分析する。加えてまずいことに人種が違うようだ。この体の色素はこの国の住人と比べて薄すぎる。

 あの国ではこれが最も平均的だったのだが、と自らの身体を見やる。白い肌、金色の髪、青い瞳。複製元となった人間の特徴を表しているだけのものだが、それがこれからの足枷になるようでは困る。

 擬似塩基配列は後からでも変更できるのだろうか?

 自らの情報記憶領域内を検索してみるが、答えは出ない。

 仕方ない、我が主に尋ねてみるしかなさそうだ。

 彼女は自らの腕の中の箱に目をやる。そうだ、あの男たちが戻ってくる前にここを離れなくては……。虚ろ舟を操作し、上空へと飛び上がり、そのまま移動を開始する。舟の動力は残り少ない。星間移動はもちろん、地上での移動もあまり長い距離は無理そうだ。

 まずは、主の意識をこの箱から移さなくてはならない。この星の知的生命体は人間しか居ないので、他に選択肢はないが……

 そう言えば、主が箱に意識を移す前に言っていた。人間は生物としての寿命が短いからなるべく若い肉体に宿らせよ、と。

 若い、とはつまり誕生からの時間が短いという事だ。

 虚ろ舟の計器類を使用して周囲を探索し、神の器としての適性がある者の中からもっとも若い個体を目標と定めた。

 とある武家屋敷の一室、先程生まれたばかりの、産着に包まれて母親の傍らで眠る赤子。人間の二種類ある性別のうち、女性であるその個体が主の指定した条件にもっとも適合すると判断した。

 認識阻害の装置を用いて屋敷に忍び込み、赤子を連れ出す。生まれたばかりの個体は他の人間との縁がまだ薄い。両親がもっとも厄介ではあったが、そこに多くの力を割くようにして、主の器となる赤子との縁を断ち切る。

 これで、この器は他の人間の記憶にない……この世に存在しない人間になった。

 あとは箱から意識を移せば、それで良い。

 意識の転換はすぐに済んだ。まだ存在自体が希薄な赤子だったからか、主の意識を受け入れる際に影響が強すぎたのだろう、肌の色や髪の色が彼女と同じように色素の薄いものとなってしまった。

 これでは主もこの国で目立ちすぎてしまう。

 仕方がない。目が覚めたらその旨の報告と併せて対応策をお聞きする事にしよう。

 彼女……複製元の人間の名を取ってエルザベート、あるいはエルザと呼ばれる天使はそう考えながら、虚ろ舟の中で主の意識を宿した赤子を胸に抱いていた。

 神の意思のもとに働く天使、エルザは連れてきてからずっと眠り続けている主が、いつ目を覚ますかと心待ちにした。

 まずは、この国の言語に自らの使用言語を再設定しておこう。

 あとは、主が目覚めるのを待ってから。

 エルザの腕の中で柔らかな金色の髪の赤子はすやすやと眠り続けていた。


          了。


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