第9話 辛勝
パッキィィィンンン!!!
木の割れたような音はボールをバックスクリーンへ運んだ。
「ナイバッチィーー!!」
「小山ナイッスゥぅ!!」
歓声の中、小山はダイヤモンドを回る。
ボールは悪くなかった。
2球様子見で外したボールは2球とも直球、そして3球目にスライダーで勝負した所に、だった。
アウトローへ、綺麗にいったボールはしかし、小山のバットの真芯に当たった。
しなやかな身体は力を持ってボールをぶっ飛ばしたのだ。
相手ベンチはもうガックリ、完全に流れを公大へ向け直した。
公大の鈴木監督の采配は当たる。
同点で迎えた5回表、前崎は後ろから小山に見られているという気がしたのだろうか、その日最速の143キロを記録し、見事打者3人で封じ込めた。
5回の裏は上中から始まり、レフト前へヒット、盗塁、続く真中がセンターオーバーのツーベースで1点、そして太田もヒットで続いてもう1点、公大は2点勝ち越した。
6回の表、5-7という場面だったが自信を取り戻した前崎はお役御免で佐伯に交代、練習でという事で小山はキャッチャーへ、ライトに1年の山中を投入した。
この回佐伯、小山バッテリーは見事三者連続奪三振。
裏でもまた攻撃が続き、結局この試合は5-11で試合は終了した。
勝ち投手は前崎、5回5失点、佐伯は4回を無失点。
小山は3打数2安打2ホーマー、上中は4打数4安打、山中は2打数1安打1ツーベースと打撃も終わってみればいい結果となった。
が、やはり途中、前崎の失点の辺りの部分のイメージが強く、チームの誰もが“辛勝”という言葉でこの試合を片付けただろう。
「前崎!エースならもう少しどっしりと構えてマウンドに立て。今日の失点はその部分からだ。」
試合後のミーティングで、鈴木監督は厳しくそう言い放った。
「はい!すみませんでした!」
実際そうだ、俺は小山を意識し過ぎて、きちんと古賀と“バッテリー”を組めていなかった。
エースになりたいのなら、いや、エースなのだからこそ、考えるべきは小山と組む最高の自分ではなく、チームの圧勝だった。
「それから佐伯、小山。三振を取るために球数を使うな。お前らはあくまで控えバッテリーだ。球数を使うことではなく、次の試合のことも頭に入れて投げることを覚えろ!」
「はい!」
小山と佐伯が大きく返事をする。
その後も打撃陣に指導が入り、労いの言葉とともにミーティングが終了する。
(今日の試合内容では、次の奈良経済大には勝てないだろう。)
そう考えた前崎は考えを改める。
「古賀、明後日の練習は丸一日頼むわ。」
「お、おう…。」
古賀は驚いていたが、前崎はこの春は古賀とのバッテリーで戦うのだと再認識し、そう頼んだ。
「しゃあ!明日は休みだ!今から昨日の続きしようぜ!上ぽん!」
レッツ・レジェンド。
最近流行っているFPSゲームであり、昨日の夜遅くまでしていたゲームでもある。
「どこから来るんだよ、その元気は。」
俺は眠たいよ、と思いながら、だが上中の気持ちは既に小山の家へ行く方に向いていた。
「お疲れ様です!」
「お疲れ~。」
口々に皆がそう言い、それぞれが帰路につく。
勝ったチームの試合後はこんなものであるが、負けたチームはそうではない。
県立和歌山はミーティングが終わると早々と荷物をまとめ、先に帰路についていた。
が、どちらのチームも同じ駐車場だった為、顔を合わせると実に気まずい。
そしてその気まずさを助長するのが…。
「今日はドン勝しよう!上中!」
小山というプレイヤーである。
「おい。」
県立和歌山のキャッチャーが小山に声をかける。
彼は去年の全国大会でベストナイン賞に選ばれた実力者だった。
「はい?」
「ナイスバッティング、1年だよな?」
「まぁ浪人してるから年は19っすけどね!」
「…まぁいいや、お前、ラインとかやってる?」
この男はシンプルに小山のプレイスタイルに惚れ込み、シンプルに仲良くなりたいと思ったのだ。
「やってますけど、今日は携帯持ってきてないです!」
「そうか…今度うちの大学と駅前大と試合の日、確か第2試合お前らだろ?その時にでも教えてくれよ。」
「了解っす!」
じゃあな、と彼は帰ったが、既に小山の頭から次の試合の時に携帯を持ってくることはすっかり抜け、ドン勝する事に頭を占領されていた。
「乗れ、小山。」
福山がそう言って、小山は車に乗り込み、車は会場を出た。
何はともあれ公大は第1試合を勝利で飾り、勝ち点6を手にした。