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第7話 流れ

開会式が終わり、すぐに試合が始まる。


が、公大が関係する試合は2日目の今日からだった。


第1試合は9時から始まるため、朝が苦手な小山は大きなあくびをしながら


「おはようゴザイマース…。」


と寝ぼけ半分で球場に入った。


「おい小山!バット忘れてんぞお前!」


3番手ピッチャーの福原の車に乗ってきた小山は、福原がそう言って初めて少しだけ目が覚めた。


「こんだけ厳しい野球部でここまでのびのびできるのはお前くらい大物じゃないと無理だな。」


なんて周りに冗談を言われながら、監督が来るのを待った。


「9時開始は早すぎっすよ…。」


そう思うのも無理はない。


小山はなんと前日、前夜祭だと言い訳して上中と日付が変わってもなおゲームをしていたからだ。


「「おはようございます!」」


と、一気に雰囲気が変わり、部員全員が帽子を取って30度の角度で頭を下げる。


監督とコーチの車が到着したのだ。


そこから球場に移動し、まぁ諸々の準備を終えて、レギュラー陣は各々アップを開始する。


走るもの、ひたすらストレッチをするもの。


それが終わると今度は全体でのアップが始まり、大会係員から球場に入ってくださいと指示を受ける。


レギュラー陣はベンチへ入り、荷物を置き、そこからはまた各々の好きな時間だ。


ただピッチャーは違う。


前崎は既に本格的に肩作りを開始し、佐伯もさりげなく小山とキャッチボールを開始する。


試合前ノックが始まり、古賀と前崎以外はグランドへ、軽いノックを受けたらまた全員ベンチへ戻り、佐伯の肩作りが本格的なものに変わり、前崎は完璧に作り終える。


ここまでが試合前であり、ここからやっと試合は始まる。


「上中、頑張れよ!」


「…。」


小山の響く声は、寝不足の上中には騒音だった。


上中は黙々とグラブを見つめ、試合前の挨拶を待つ。


そしてその挨拶も終わり、後攻の公大が守備につく。


県立和歌山は去年の春リーグ覇者で、この大会において、私立の奈良経済大学の次にマークしている大学だった。


が、自信満々の前崎は初回を三者凡退に抑えた。


「やっぱ145は出ねぇか…。」


抑えたことを喜ぶより、その事を悔やみながら帰ってくるエースの姿に監督は勝ちを確信した。


大学野球では総当たり戦の勝ち点方式を採用している為、(全国大会は別)失点をしないことは大きい。


まぁ全勝すれば関係がない話だが。


そして初回の公大の攻撃。


先頭の山岡がファーストゴロに倒れ、2番の上中にワンナウトランナーなしで回る。


この球場はブルペンがベンチの裏にあるため、上中がバッターに入ったことにおそらく小山は気付いていない。


喧しい声がないと静かだな、なんて黄昏ながら上中はバーターボックスに入った。


初球のストレートを綺麗にカット。


(135キロくらいか…これで全国行ってんだもんなぁ。)


なんとなく残念に思いつつ、やはり全国でなくては、なんて考えていた上中へのベンチからのサインは“様子を見ろ”。


2球目のスライダーも同じようにカットする。


やっとベンチから“打て”のサイン。


(追い込まれたからって安直に打てのサインはやめて欲しい…後で言っとこう。)


そんな事を考えながら上中は3球目の真っ直ぐを綺麗にセンター前へ運んだ。


その後上中は初球で盗塁したが、3番の古賀は三振。


4番の真中にツーベースという長打が出たが、5番の太田はひっかけてファーストゴロで結局この回は一点で終わった。


ベンチに戻り、監督に球種と特徴を伝える。


「まっすぐは速さも伸びも並みです。変化球に関しては曲がり始めが極端に早いので、十分狙えると思います。多分太田さんが詰まったのもスライダーだったと思います。」


理想的な1番打者じゃないか、これじゃあ、と監督は自らの采配を悔やむ。


「打てのサイン、もう少し遅くしても大丈夫だったか?」


「え、ええ、…。」


上中は自らが言いたい事を先に言われ、驚いていた。


「さっき小山がブルペンから出てきてな…、上中ならもっと粘れるから、ピッチャーの事調べ尽くすまであいつを信じてやってくれ、自己判断でもあいつは賢いから間違えた判断は絶対しないって。」


「ハハッ…。」


(これがあるから、あいつと野球するのはやめられないんだよなぁ…。)


上中は心底楽しそうに、守備へ向かった。


前崎はこの回も三者凡退。


しかしその裏は公大も三者凡退。


3回の表、ツーアウトで前崎は違和感を感じる。


(あれ…俺まだ30球しか放ってないのに、なんかしんどいぞ…。)


前崎は小山のキャッチングに慣れてしまっていた為、古賀の音に満足出来ず、もっと音を、と思って知らず知らずに力が入っていたのだ。


そうとも知らずにここまでパーフェクトの前崎は県立和歌山の9番に真っ直ぐを投げる。


が、抜けたそのボールは綺麗に捉えられ、マウンドの左を抜けていく。


誰もがヒットだと思った、そんな打球だった。


スザァァァァ−!


セカンドは上中だった。


完全にヒットコースのゴロを上中は飛びついて掴み、すぐに立ち直ってファーストへ送球し、アウトにしてみせた。


「ファインプレー!!」


スタンドからは歓声が、相手陣からはため息が溢れる。


結果として前崎は県立和歌山を一周、パーフェクトで抑えたのだ。


が、上中と小山は前崎の負の予兆に気付いていた。


この場合上中はどのような声をかけるべき分からず、そのまま無言でベンチへ戻ってしまった。


「佐伯さん、多分6回くらいから佐伯さんです!そのつもりで心の準備お願いします!」


小山は佐伯にそう声をかける。


「了解!」


佐伯もそれに応え、きたるチャンスに備える。


ただ1人、ナイスピッチ!と言われながら帰ってきたエースだけが、大量の汗と共に焦りの中へ誘われていった。

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