第6話 レギュラー
四月。
入学式が終わり、だがもう少しだけ春休みという時、ビッグ、いや、分かってはいたニュースと共にリーグ戦が開幕する。
「新…大阪国立大学…?」
「お前は漢字覚えたての小学生か。」
小山が新聞を手に見出しを読み、それを前崎が冷静にツッこむ。
部室で着替える部員は、もはや慣れたこの光景に安心感があった。
新大阪国立大学。
今年になって大阪市の公立大学と大阪府の国立大学が合併し、一つの国立大学となった。
同じリーグに所属する野球部だった為、ニュースと言えばニュースだった。
「でも前崎さん、リーグ戦の開会式って明日ですよね?間に合うんですか?」
「んなもん前から準備してたに決まってんだろ。大会のホームページ確認したけど、ちゃんと新大阪国立大学って書いてたよ。枠は一つ減ってた。」
「ヘェ~、じゃあこの大学は一気に部員増えたのかぁ。大変だなぁ。」
付け焼き刃のチームに負けるわけがない、そういう反応だった。
ともかくそんなのんびりした空気を抜け、今日は明後日以降始まるリーグ戦のミーティングと、軽い調整だけだった。
「というわけで、春はこのメンバーで戦う。以上、明後日は第1試合、県立和歌山大学だから、各自調整しておくように。」
1番、サード山岡。
2番、セカンド上中。
3番、キャッチャー古賀。
4番、センター真中。
5番、ファースト太田。
6番、DH滝下。
7番、ショート坂本。
8番、レフト仲野。
9番、ライト河本。
以上が野手のベストメンバー。
エースは前崎。
2番手に佐伯、3番手に福原。
ベンチに小山、山口、峰腹、里崎、新井、嬢元、島田、そして紅白戦で先発した1年山野。
後はスタンド25名というふうに、名前を呼ばれた。
1年からは4人、しかも1人はスタメンという異例のオーダー。
2年からはベンチに2人、エースに1人。
3年はベンチに2人、控え投手に1人。
あとは4年である。
「上中すげぇじゃん!」
まるで自分の事のように、小山が嬉しそうに上中の背中を叩く。
「ありがとう。」
寡黙な上中も嬉しそうに微笑みながら応える。
とは言え、スタメンはともかく、それ以外のメンバーは誰1人として小山のようなテンションにはなれない。
秋のスタメンを約束されている小山とは違い、あとのメンバーの心情としては、
(チャンスを1度逃してしまった。)
だからだ。
特にスタンドに入ってしまった4年生部員は後がない。
スタンドのメンバーは調整と言っておきながらもいつも通り、いや、いつもより熱の入った練習をこなした。
横目に、前崎が小山に絡みに行く。
「おい小山、今日も俺の球を捕れ。」
「前崎さん明後日先発じゃないすか、今日と明日はノースローっすよ。」
「いいから捕れ。先輩の言うことは聞いとけ。」
現代風に言うだる絡み、昔風に言う駄々である。
「もー…じゃあ立ち投げで5球っす!それ以上は聞きません!」
「それで良い。」
やや不満そうに、小山と前崎はキャッチボールを開始する。
この光景が面白くないのはレギュラーキャッチャーの古賀だった。
「そういじけるな、古賀。前崎はちゃんとお前を信頼してるよ。」
一応キャプテンの佐伯が仕事をする。
「でも前崎、全然俺と組まないんすよ。」
「大丈夫だ、そこはあまり関係ない。同じピッチャーだから分かるがな、古賀。前崎はただお前に最高のボールを投げたいだけなんだ。だから小山を利用してでもお前のために最高のボールを準備している。お前がそれを理解してやらないと、前崎が可哀想だぞ?」
古賀は納得したように佐伯とキャッチボールを開始したが、これはもちろん嘘である。
前崎の気持ちは完全に小山に向かっていたし、佐伯もそれを理解していた。
ただ春勝つためには、古賀に自信を持ってホームに座ってもらう必要があったのだ。
(やれやれ…、監督も酷なことするよなぁ。)
事なかれ主義の佐伯は内心監督に舌打ちをした。
「うぉるぁああ!!」
バッチィン!
と物凄い音を立てる。
「ブルペンで吠えるなよ、前崎。」
小山に投げる前崎はもはや輝いていた。
佐伯には、試合の時より輝いてるようにも見えた。
「フゥーー、佐伯さん。」
大きく深呼吸し、前崎は佐伯にブルペンのマウンド上で話しかける。
「なんだよ。」
「明後日は、俺が完投するんで、佐伯さん今日普通に投げてもらっても大丈夫ですよ。」
自信満々の前崎に安堵しつつ、その冗談に佐伯はフフッと笑ってしまった。
「まぁそう言わず、福原にも投げさせてやってくれ。あいつももう3年なんだ。」
「でも佐伯さんは4年ですよね。」
その言葉にハッとする。
まだ春休みは終わっていないから、正確には4年にはなっていないため、忘れていた。
いや、忘れようとしていたのだ。
「エースになる人の球は捕っときたくて。」
小山のセリフを思い出す。
そうだ、俺もまだ、エースを諦めたわけじゃない、佐伯はそう再確認する。
「前崎!」
小山にラストですよと言われてむくれる前崎に、佐伯は声をかける。
「なんすか?」
「やっぱ明後日は俺まで回しても良いぞ、いやむしろ回せ。監督にアピールしないといけないからな?」
「やですよ。」
「先輩と言うことは聞いといた方がいいんだろ?前崎。」
佐伯はそう言って生き生きした顔で笑った。






