第5話 ライバル
何かの失敗を誰かのせいにはしたくないし、それこそ俺の成功を誰かのおかげにしたくないから、本当はこんな過去は捨て去りたいんだけど。
ピッチャーを始めたのは中学の時だった。
親が離婚して、んで再婚して。
はっきり言って家には居たくなかったし、反抗期もあったのだとは思う。
んで、逃げるように野球始めて、ピッチャーやってたんだけど、これまた母親の再婚相手がロクでもないやつで…
いや、ある意味まともだったのか?
ともかく、自分で金も出せねぇくせに高校なんて行くんじゃねえよ、なんて事を言われた。
まぁ中学の時にはある程度の球を投げられたから、色んな野球高校から声がかかったんだけど、学費全額免除なんて訳にはいかなかった。
しょーがないし、自分の力で手にできないものは何一つ価値がないってな考えにもなってたから、身元保証人にだけなってくれ、それなら金はかからないからと頼んでど田舎のボロアパートの一室を借りた。
バイトして金貯めて、生活費も家賃も全部自分で出した。
親は俺が生きているかどうかも知らないんじゃないかな?
ともかく俺はそこから死ぬほど働いて、死ぬほど練習した。
声がかかるくらい上手い俺が、野球辞めるなんてもってのほかだと、そう思ったし、心のどこかで見返してやりたいと思っていたんだと思う。
本来なら高2になる年だったかな、俺が明神大学に行きたいと思ったのは。
甲子園で優勝し、ドラ1確定なんて言われていた最強ピッチャー、松島が大学進学なんてトチ狂った事を言い出したんだ。
その大学が明神だったから、あぁ、こいつに勝てば俺は心の底からエースになれるな、なんて思っていた。
もちろん私立だから金もかかる。
幸い親2人、ろくに働きもしない日暮らしのくそったれだったから、奨学金を借りられる権利はあった。
それで行こう、とにかく勉強だ。
明神は一般で受ければ偏差値60を超える。
野球漬けの俺はさらに朝の新聞配達のバイトを始め、走って配達した。
バイク代がかからないし、配達自体は遅れないわでなんか重宝された。
中学の時にバッテリーを組んでた奴が高校は野球をやらなかったから、俺はそいつに球を捕ってもらい、ひたすら金貯めて、ジムとか行って体鍛えて、マジで頑張った。
はっきり言って、試合とかがないからモチベーションを保つのも大変だし、誰にも監視されない中で一切自分に甘えず、あれだけの練習をこなすのは体力的にも精神的も大変だった。
で、高3になる年にちゃんと高卒認定とって、貯めた金で明神まで行って受験した。
「嘘だろ…。」
番号はなかった。
「参考書代もバカにならねぇんだぞ…クソ。」
とにかく言い訳しても仕方がないから、俺はひたすら勉強した。
中学時代のバッテリーでキャッチボールをする機会もかなり減った。
あいつはもう大学生なのだ。
(関係ねぇ、俺は俺がやらなくちゃ何一つ得られない。)
そう思ってひたすら鍛えて、走って、勉強した。
で、結局2回目の受験前にはそこいらのキャッチャーが捕れないくらいのボールを投げられるようになっていた。
(今度こそ受かっていろよ…!)
今だから言えるけど、このとき落ちてたら俺はもう死ぬつもりだった。
もう無理だ、今後何をしたって達成できない自信があったから。
「…あった…良かった…!」
そんなこんなで俺は無事明神大学に合格し、硬式野球部に入部した。
入って分かったのが、私立だからなのか強豪だからなのか、設備が死ぬほどいいってこと。
半端じゃない、部員の数もレベルも、それで綺麗なグランドにブルペン。
最高かよ、ここ。
そんな気持ちで投げるボールが悪いわけもなく、俺は中学時代のmaxを大幅に超える157キロを記録した。
自分でもびっくりしたけど、速くはなっているだろうと思っていたから、まぁあれだけの努力もしたし、驚くことはないかな、なんて思っていた。
むしろ驚いたのは、その後の監督の言葉だ。
「藍野、お前は二軍だ。」
え、え?
なんで?
「え?」
声に出ていた。
「実践経験を積め、秋にはエースだ。」
あー、なるほど。
二軍の方が松島さんがいない分投げられるってことね。
「分かりました、行ってきます。」
そう言って俺は2軍に所属することになり、春の全国大会はスタンドで迎えた。
6月。
もう暑いと感じるこの季節に、俺は寒気がした。
金がかからない国公立大から全国に出てきたのも普通にびっくりしたけど、1人だけ抜群に上手い奴がいた。
「誰だ…あいつ…。」
後半から代打で出てきてホームランを打って一点差まで迫り、次の守備で完璧なキャッチングにリード、そして爆肩を披露した。
結果としてそいつの後続が続かずにチームは初戦敗退となったが、こんな風に代打で出てきただけで空気を変える天才がこのチームをここまで連れてきたのは一目見れば分かった。
「ちっくしょー…なんか試合出てないのに負けた気分だぜぇ…。」
こいつにだけは負けたくないな、喋ったこともないのにそう思った。
次の日からの練習の時、俺頭の中には常にホームランを打って悠々と走るあいつの顔があった。
なんだか、俺が打たれた気がしたから。
初めて誰かを意識して練習した。
その練習は今までのどんな練習よりもキツくて、どんな練習よりも幸せだった。