表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/76

第3話 バッテリー

ロサンゼルス・ドガース。


メジャーリーグのナ・リーグ、西地区に所属するチームで昨シーズンはナ・リーグ王者に輝いた。


その成績はひとえにある1人の男のお陰だと言える。


マーロ・スカルノ。


センターを守り、広い守備範囲にランナーに走塁の迷いさえ許さない爆肩がある。


打っては打率.380。


メジャーリーグ全体でホームラン王に輝き、圧倒的大砲としてその存在を示してきた。


もちろんエースのローランドも大活躍をしていたのだが、ロサンゼルスではスカルノがヒーローだった。


話は変わって小山だが、こいつとスカルノには意外な共通点があった。


バッティングフォームが全く同じだったのだ。


右バッターで、左足を地面から離さず、腰の回転だけで打つ、シュアだが力のあるバッティング。


メジャーの野球は、意外と日本で見られる事は少ない。


親しみがないし、また試合数も日本のプロ野球と比べて膨大である為、日本では人気があまりないのだ。


だからだろうか、このグランドにいる誰一人として小山のバッティングのすごさに気付いていない。


メジャーリーガーと同じバッティングフォームで、メジャーリーガーと同じくらいボールを飛ばすのだ。


体は小山の方が小さいのに、だ。


だから俺は気になった。


キャッチボールの時のボールが、まだ見れていない。


たまたまフォアボールで一塁に出られたから、走ってみることにした。


が、俺は2塁ではなく、一塁で刺されることになった。


走ろうとは思っていたから、少しばかりいつもよりリードが大きかったかもしれない。


ピッチャーからのボールを捕ってすぐ、座ったままファーストに投げてきたのだ。


だからメジャーかよって…。


兎に角、俺は奴が恐ろしく凄いキャッチャーだと理解した。


こいつと組みたい、こいつと勝ちたい。


そう思ったから俺は、監督に直談判しに行った。


だが監督は、訳の分からないことを言って奴を正捕手にはしなかった。


公大野球部の練習は凄惨なもので、練習をすると言うより、練習に“耐える”という言い方のほうが正しい。


「おい、小山。今から俺の球を捕れ。」


小山は結局2番手キャッチャーとしてレギュラーメンバーには選ばれたが、バッテリーとしては佐伯さんと組むことになった。


俺はエースに抜擢されたが、なんとなくわかっていた。


(秋には佐伯さんがエースになるんだろうな…)


それだけピッチャーを輝かせる能力を、奴は持っている。


レギュラーメンバーの練習は、兎に角死ぬまでノックを受け、死ぬまで走って、ポジション練習を暗くなるまでやる。


まぁどこの強豪校でもしていることだ。


公大では、この後個人練習として、自由にやりたい練習ができる。


バッティングにうつるもの、筋トレをするもの。


その時に俺は小山に声をかけた。


流石の小山もヘロヘロになっていたし、ほかにレギュラーに選ばれた1年の上中や山口なんかは、ベンチ前で転がっていた。


「…マジですか?」


「マジだ。」


こいつはすでに佐伯さんの球を40球ほど受けている。


それにあの練習だ、座るのさえ億劫になるのは分かるし、この練習が毎日続くのだから、帰りたいと思うところが本音だろう。


だがそうはさせない。


お前は俺を引き出すという使命がある。


「…20球です。前崎さん、さっきもう古賀さんに30球くらい投げてますよね?」


!!


「…驚いたな…。あの状況で見ていたのか。」


周りを見る観察眼。


こいつ、どこまで…。


「もう座りますか?」


「あぁ、肩は出来ている、座ってもらって構わない。」


「了解です。」


そう言って小山はスッと座る。


辺りはすっかり暗くなり、ナイター設備がつきだした。


個人練習も終わりを迎え始め、グランドでは整備が始まっている。


うちの学校では、くだらない風習で、下級生がそういった雑用をこなす。


ただし、レギュラーは除く、だが。


「真っ直ぐで。」


「はい。」


そういえば、俺はこいつに投げるのは初めてだな。


2人だけのブルペンに、緊張が張る。


いつぶりだろうか、この雰囲気で投げられるのは。


去年の最期の大会、負ければ4回生は引退という時、当時正捕手だった篠田さんとバッテリーを組んだ時だったか。


ツーアウト満塁、一打出ればサヨナラ負けという場面は、妙に心地が良く、その雰囲気で投げたボールはmaxの146キロを記録した。


以来俺は、146キロなんて一球も出ていない。


だが、それはもはや確信だった。


次のボールはおそらく、最速だろう。


そう思って投げたボールは糸を引き、小山のミットに吸い込まれた。


少し遅れて、破壊音が響く。


ビッチィィィィィンン!!!!!


いい音だ、物凄く気持ちがいい。


「ナイスボールぅ!145くらいですか?」


「さあな」


そこから俺は結局20球ほど小山のミットに放り込み、その日の練習を終えた。


部室に戻ると既に全員帰宅しており、俺たち2人だけだった。


「なぁお前、好きな選手ってスカルノだったりする?」


「え!?なんで分かったんすか!?」


着替えながら、そんなことを訪ねる。


「バッティングフォーム、全く同じじゃねえか、スカルノと。」


「そうなんすよね~、俺、スカルノに憧れて野球始めたんすよ、なら外野やれって話なんですけどね」


そう言ってヘラヘラ笑う。


「しらねぇよ。」


着替え終わり、帰り道の方向が違う俺は先に部室を出て帰路につく。


扉をあけて言った。


「…お前、秋までには絶対に正捕手になれ、いいな。」


後ろは向かなかったが、俺は小山の顔が目に見えるようだった。


「もちっす!」


少しホッとして、戸を閉める。


「先帰るわ、おつかれ。」


鍵、閉めとけよ、と言うのを忘れたことに気付いたが、再びその戸を開けるのがひどく億劫に思えて、俺は校舎を後にした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ