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第2話 紅白戦

大阪公立大学硬式野球部の監督をはじめた時、是が非でも全国、と思っていた。


規律を厳しくし、選手を育て、そうすれば、全国には行けるなんて甘く考えていた。


三年もすればそんな考えは変わる。


圧倒的に、“強さ”が足りないのだ。


勝負強さ、とも言うのだろうか。


しかし、それはきっと大学の4年間でつけられるほど簡単なものではない。


その中で、見つけたのが小山だった。


マネージャーの、佐伯がmaxを超えたという報告を受け、キャッチャーとしての才能を見たのだ。


ピッチャーを最大限に引き出してこそキャッチャーの価値である。


キャッチャーの定石を、そのままに写す者が入ってきた。


波が、やっとこの大学にきたと思った。


監督として、予想が当たったのはこの時が初めてだったのではないだろうか。


紅白戦のオーダー表を眺めながらそんな風に思っていた。


「小山、新入部員チームはお前が全て采配しろ。」


だからこそ見たくなった。


この天才の、限界を。


「はい!」


そう答えた小山はサッとオーダー表を持ってきた。


当然のように4番捕手に自分の名を書いている。


あとは…まだ誰の名前も分からない。


「プレイボール!」


審判は監督である自らが務める。


正直、小山だけが今年の収穫だろう、新入部員チームは小山のおかげで試合にはなっても、勝ちはしないだろうな。


そう思いながら眺めていた試合は、始まってから既に前崎が12球も投げていた。


1番バッターは、ええと、誰だったかな…。


「おっけい!そろそろ打っていいよ、上中!」


小山の声が響き、バッターがヘルメットのつばを触る。


イチローを彷彿させるその右バッターは、指令通りに次のスライダーを見事にへそまで呼び込み、逆らわずに、綺麗に流した。


器用なバッティングとはまさにこれだ、と言わんばかりのバッティングだった。


そしてこの粘り、1番バッターとしては完璧だった。


こいつは使えるなぁ。


そう思っていた矢先だった。


前崎が少し腕を上げた瞬間に一塁ランナーが走り出した。


キャッチャーが慌ててセカンドへ投げるが、上中は悠々セーフ。


足も速いのか。


この時点で、誰もが上中を天才だと理解した。


2、3番バッターは凡庸まさに極まれり、と言ったところで、なんとか上中を三塁へ進ませ、ツーアウトランナー三塁。


エース候補の前崎としては、何がどうあっても新入部員どもに点を入れさせたくない、というところだろう。


驚いたのは小山のオーダーだった。


ヒット一本で相手ピッチャーの心をへし折れる場面で、自分が回るように采配していた。


エースの頭に、1年を敬遠という選択肢はない。


だが、キャッチャーは違った。


今エース候補の前崎が点を取られれば、確実にこのゲームを予想していた自らの責任になる。


つまり、焦っていたのだ。


昨日の時点で株を上げた小山に、正捕手を取られる。


そう考えたキャッチャーは小山を敬遠させた。


前崎はプライドを踏みにじられ、イラついている。


ナインもこのピンチにこわばっている。


計画通りか、きちんと小山はレギュラーチームに悪い流れを呼び込んだのだ。


そして俺は、小山の加入で、公大の全国優勝を見てしまった。


5番バッター、山口に前崎が放った初球で、小山は走った。


決して足は速くなかった、が、この場面、正捕手の古賀がセカンドへ送球することは見えていた。


「投げるな!古賀!」


前崎の声は古賀に届かず、ボールは前崎の頭上を超える。


と同時に、大きくリードを取っていた上中がホームへ走り出した。


上中もまた、古賀が投げることを予測していたのだ。


結局焦って投げたボールは少し逸れて、小山はセーフ、見事一点をもぎ取った。


俺は胸が高鳴った。


公大野球部は、“そこそこ”強豪と呼ばれていたのだ。


その野球部が、まるで赤ちゃん向けの野球ゲームのように翻弄されている。


本来ならありえないミスだった。


その作戦が、こうして成功している。


その後もバッティングに自信があると言っていた山口が見事にライト前へヒットを放ち、2アウトでスタートを切っていた小山はそのままホームへ。


結局この回、新入部員チームは2点を奪った。


前崎は見るからに荒れ、公大ナインは沈んでいた。


もはやこの時点で、勝負は決まったようなものだった。


野球において、流れが全てであり、小山は初回からその流れを完全に引き込んだのだ。


だが俺は、まだ小山が何か隠しているんじゃないか、と結局ゲームの最後まで使ってしまった。


本来なら、上中と小山は変えても良かったのに、だ。


新入部員チームは小山と上中以外は似たり寄ったりで、強いて言うなら山口の肩が強く、勝負強いバッティングをするので、ベンチに入れてもいいな、という評価くらいだった。


ピッチャー陣は小山におんぶに抱っこ、という投球だったが見事レギュラー陣を9回で3失点に抑えた。


公大ナインは、小山に弱点を見抜かれ、センターの真中、ファーストの太田のホームランで3点を得点した以外、特に目立った実績は無かった。


主軸であり、独立リーグのスカウトが来ているこの2人をあのピッチャーのレベルでホームラン2本に抑えたあたり、流石のリードだろう。


新入部員チームは結局、小山の3打数2ホーマー1ツーベース、上中の5打数5安打3盗塁、山口の5打数2安打1ツーベースといった活躍で7点を獲得した。


「…レギュラー陣が負けたのは、この紅白戦が始まってから初めて見たな。」


7対3。


圧倒的に、“勝運”があるチームだった。


今年のナインは、確実に全国へは行くだろう。


甘い監督の俺は、そう確信した。


紅白戦を終え、グランド整備を終え、ミーティングを終えた後、前崎が俺を訪ねてきた。


この前崎は結局小山に打ち込まれ、6回で交代、自責点は5点だった。


変わった佐伯は2失点で3回を締め、結果として前崎に負けがついた。


前崎に負けがついたのは、去年の紅白戦以来であり、昨シーズン防御率が1.35だった彼には、今日の5失点がよっぽどショックだったのだろう。


だから、気の強い前崎が俺の元へ怒りをぶつけに来ることは分かっていた。


だが前崎から出た言葉は、予想外のものだった。


「…監督、小山をレギュラーキャッチャーにしてください。あいつが多分、このチームで…いや、多分このリーグでさえも、1番のキャッチャーだ。」


俺もそう思う、が、ここまでやられた相手を褒められるこいつも、やっとエースの風格が出てきたと言ったところで、思わぬ収穫だった。


が。


「…いや、レギュラーキャッチャーは古賀で行く。小山は2番手だ。ただ練習では、古賀よりも小山と組むことが増えるだろう。しっかり準備しておけ。」


前崎は納得しない様子で、しかし上の人間にこれ以上の談判が可能ではないことを悟り、礼をして去った。


ピッチャーを引き出す能力は非常に高いから、春の全国大会は小山をブルペンに入れてしっかりと前崎と佐伯を引き出してもらう。


ただ、レギュラーキャッチャーにはまだ出来ない理由があった。


それは2番手キャッチャーとして、古賀に潰れてもらうわけにいかないから、と言う理由。


それから、まだ“足りない”のだ。


佐伯と前崎だけでは、全国優勝を見据えた時、まだ戦えないだろう。


だからこそ、正捕手にして試合に出すよりは、秋の神宮大会までに2人ほど、最低でも1人、佐伯や前崎に並ぶピッチャーを引っ張る。


それが小山の課題であるからだ。


そして1番の理由は…。


「俺、高1の時に肘やっちゃったんすよ。手術はしたけど…。」


まだ奴に、ぽんぽんボールを投げさせるのが怖かったのだ。


彼は間違いなく、世界へ羽ばたける人材だろう。


だからこそ、うちの大学で潰すわけにはいかない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


2020年、四月、明神大学。


「おいおいおい…。あんな怪物、今までどこに隠してたんだよ…。」


スピードガンは、157キロを計測していた。


一昨年入部した、甲子園優勝ピッチャー、3年のエースである松島の最高、155キロを上回る記録だった。


そして、ボールのキレもおそらくこちらの方が上だろう。


「っしゃぁぁぁあ!!!」


ブルペンで吠える、ただのバカのようだ。


だがそのバカに東京六大学でも強豪中の強豪、そして去年の全国大会王者の明神大学硬式野球部が誰1人として敵わないのだ。


いや、松島だけは、まだ変化球の多さで勝っているだろうか。


と、その圧倒的エースの怪童・松島がバカに聞く。


「お前、なんで一浪してこの大学へ来た。しかも一般入試で。」


明神大学と言えば、野球の強さもさることながら、非常に高い偏差値を誇る難関私大である。


「いや、やっぱ野球やるなら六大学でしょ。」


「でもお前くらいのボールを投げられるなら、推薦くらいもらっていただろう。」


「いえ?貰ってませんよ?俺高校行ってないし。高卒認定とって、必死で勉強してこの学校来ました。」


ヘラヘラしながら答えた。


「…、高校の時は野球してなかったのか?」


「ピッチャーですからね、ボールととってくれる人さえいたら、あとはジムとかでどうにかなります。まぁ、実践経験ゼロだから使えないかもだけど!」


そう言って1人で爆笑する。


「もう一球いきます!」


そう叫んだ彼に、明神の一軍監督が告げる。


「藍野、お前は二軍だ。」


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