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第1話 入部

「大阪公大の進撃は止まらなぁぁいいい!!!」


実況の声がかすれはじめるが、それに気づかない程の熱気があった。


大阪公立大学は、戦前からある名前の通り、公立大学で、偏差値は60を誇る難関大学だった。


スポーツ推薦もない、本当に学力重視の学校であったため、部活動は盛んとは言えず、どちらかと言うとサークルの方が人気の大学。


ただ、野球部は所属リーグが強豪揃いだった事と、また都会に位置する大学であった事から、スポーツが割と得意な新学校の野球部からは人気で、野球部はそこそこの強さを誇っていた。


しかし結果としては、全国大会未出場、大会最高記録はリーグベスト4とパッとしないものであった。


やはり強豪私立と対するにあたり、劣りがあったのだ。


大学野球というのは、ただでさえ高校野球と比べて人気が落ちる。


その上、全国にある26ある連盟リーグの中から、春はそのリーグの優勝校の26校のみが出場する全国大学野球大会、秋は地区の代表校の11校のみしか出場できない明治神宮大会の2つの全国大会というレベルの高さを誇る。


その為、大学で野球をやろうという人間は余程の実力者のみということになる為、野球人口も少ない。


それらはこの大阪公立大学でも同じで、そこそこ強いというプライドから、上下関係も厳しい大学であった為、どうせキツイところでやるならもっと上で、という子が多い為、年々部員も少なくなってきていた。


が、2020年、新入部員が入ってきた事から、全てが大きく変わった。


公大神話。


のちにそう言われる伝説の世代の始まりは、ある男の一声から始まった。


「一浪してこの大学に入りました!小山尚樹です!エースで4番になりたくてこの大学に来ました!ポジションはキャッチャーです!よろしくおねがいします!」


エースになりたいのに、ポジションはキャッチャー?


と、誰もが心の中でツッこんだ。


だが当の本人は自信満々だった。


「…出身は?」


この大学で1年からレギュラーに入り、次期エース候補の2年、前崎が低い声で聞いた。


「はい!大阪です!」


そうじゃねぇよ。


「…高校だよ、出身高校。」


クールキャラの前崎が笑いを堪えながら言った。


「あ、天聖高校です!」


なるほど。


あれだ、コイツはバカなんだ、とその場に居た全員が思った。


天聖高校というと大阪では有名な進学校だが、まぁ野球部に入れば勉強なんて出来ないだろう。


この大学に入るなら一浪するのも不思議ではない。


バカというのは人気者になれるもので、本来ありえない、小山に質問が殺到するという事態が起きてしまった。


「高校の時の実績は?」


「一回戦負けです、ブルペンで3年間終わりましたけど。」


「浪人中身体動かしてたのか?すぐ野球出来るんか?」


「はい!たまに草野球で実戦掴みつつ、筋トレとかして課題だった体の基礎を作ってました!一応一年無駄にはしてないつもりです!」


「なんで一浪してまでこの大学だったんだ?」


「普通にバカでした。引退してからこの大学決めたんで、浪人計画で勉強してました!」


と、一通り質問が終わり、また新入部員の自己紹介が始まった。


「啓明高校出身、上中です。ポジションはセカンド、自分も一浪してます。よろしくおねがいします。」


うって変わって暗い子の自己紹介が終わり、次々と新入部員の自己紹介が終わる。


自己紹介が全員分終了し、初練習が始まる。


部の伝統で、入部2日目に新入部員の実力を見る為、監督が公大のレギュラー対新入部員のチームで紅白戦をさせる。


つまり、新入部員であっても2日目にしてレギュラー入りを果たせるのだ。


そのためレギュラー陣は1日目から新入部員の練習を見つめ、研究する。


しかしこの年は誰一人として、小山に注目する者は居なかった。


天聖高校でブルペン、しかも一浪という時点で知れている、と思っていたのだ。


しかし、キャッチボールで全員のその感覚は吹き飛んだだろう。


バッチィン!!


ミットから出たとは思えない音が聞こえた。


「ナイスボール~」


小山のミットだった。


思わぬキャッチング技術に、騒然としていた。


キャッチボール相手の上中が投げたボールは、実際大したことが無かった。


その為、50メートルほど先に下がった上中に放るボールは、誰もが注目していただろう。


小山が右腕をあげ、ノーステップで投げたボールは、50メートル先の上中の胸に、直線で飛んで行った。


ストライク送球、そしてその速さは大したものだった。


驚くべきは。


「……これ、ノーステップだよな?」


誰もが我に帰った。


あまりの凄まじいボールが、インパクトを与えたのだ。


そして、全員の頭にある疑問が浮かんだ。


“これほどの逸材が、何故レギュラーでは無かったのだ?”


キャッチャーというのは、大抵バッティングが悪くても、キャッチングと肩だけでレギュラーになれる。


それほど天聖の正捕手はバッティングがうまかったのだろうか。


しかしこの推理も、ノックが終わった後のフリーバッティングで覆された。


カアァァァァン…。


響いた音とともに、ボールは悠々とフェンスを超える。


15球中、10球も柵を越え、残り5球もヒット性の当たりだった。


はっきり言って、怪物だった。


ならなおさら何故、正捕手では無かったのだ。


大きな疑問を全員に残したまま、全体練習が終了し、個人練習に移った。


と、小山が動く。


2番手ピッチャーの4年、佐伯の元へ駆け寄った。


「佐伯さん、ブルペン入りますか?」


「あ、おお、うん」


佐伯は驚いた。


「なんで俺なんだ?」


「いや俺、明日には正捕手になりたいですから。エースになる人の球は捕っときたくて」


なら何故、145キロを超えるまっすぐを投げられる前崎ではなく、125キロそこそこのストレートしか投げられないサイドスローの左腕、佐伯なのだ、とまたしても誰もが疑問に思った。


それは佐伯自身も例外では無かった。


一年前、前崎が入部した時、紅白戦で前崎が無双し、佐伯はエースを諦めていたからだ。


小山の発言は前崎、そして先輩の捕手陣をピリ立たせた。


が、前崎はともかく、捕手陣はあの肩とキャッチングを見た以上、下手なことは言えなかった。


前崎も、何かあるのではないかと勘ぐり、敢えて何も言わなかったのだ。


しかしその“何か”は、佐伯がブルペンで投球をおこなってすぐに分かった。


ビッチィィィィィンン……!


と、響いたミットは、一瞬たりとも動かなかった。


佐伯は構えたところドンピシャに投げたのだ。


そして驚くべきはその後のマネージャーの一言だった。


「…佐伯さん、maxでました…。137キロです…」


周りは騒然とした、が、佐伯と小山だけは驚かなかった。


佐伯は驚くほどすっと腕が振れた感覚があったからだ。


左で137キロ、しかも全力ではなく、このコントロール。


いくら前崎でも、エース安泰というわけにいかなくなった。


「ナイスボール!!」


そう言って返球されるボールに、佐伯は心地よさを感じていた。


小山の後ろに、マネージャーと並んで立っていた前崎はボソッと小山に聞いた。


「佐伯さんの、このポテンシャルにいつ気付いた?」


小山は前を向いて、佐伯の次のボールを待ちながら答えた。


「…キャッチボールの時ですよ。腕の振りがぎこちないのに、かなりの距離でキャッチボールをしていた。肩は良いのになぁと思っていたら、フォームが汚かったから、でもちゃんと胸にボールがいってた。器用だから、この人、絶対いいボール放るだろうなと思いました。…137キロは予想以上でしたけど」


そう言って笑った小山を、前崎は恐ろしく見ていた。


これは恐ろしい怪物が入ってきたぞ。


そんな風に思っていた。


ブルペンでの投球練習を終え、ダウンをしている時に佐伯は尋ねた。


「…小山、お前なんで3年間ブルペンだったんだ?お前なら正捕手はもちろん、下手すればプロレベルじゃないのか…?」


誰もが気になっていた質問だった。


と、小山が少しの間を取って答えた。


「…。…俺、高1の時に肘やっちゃったんすよ。手術はしたけど、戻るのに時間がかかったし、なら高校はブルペンで過ごすのもありかな、大学でかましてやろうって、そう思って。高校と浪人の間は、肘の休養期間って事にしました」


公大神話は、この男を中心に、この日、始まった。



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