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アネモネ

作者: 小田 貴一

初投稿です。温かく見守ってください。

 腐った生活をしながら生きる自分に絶望しながら今日も生活のために車へ乗りこむ。


 雨が上がった昼下がり、外には雨の独特な臭みが残っていて、煙草でダメになった車のクーラーから匂う外の匂いは嫌なものだ。そんな中、空にかかる虹色の橋で心を癒すことはできず、ただでさえ臭いクーラーを気にせず煙草を吸い、昨日飲んだ酒を恨みながら車を走らせる。


 きっかけはなんだったかな、友達が吸ってたから、そんなものだったような。

 女に振られた腹いせで友達とヤケ酒していて一本もらった時だったような。

 結局は誰かに影響されたからだったと思う。


 気づいたらやめられなくなってしまうんだよな。これがなきゃ自分が律せなくなるんだよな。情けないこんな大人にはなりたくないって幼心に思っていた大人にどんどん近づいていく大学三年。


 車をバイト先の駐車場に八つ当たりするように乱暴に止めて今日も働きに行く。


 裏口からドアを開けて入ると焦げたフライパンが乱暴に置かれている厨房が見えて黒いトサカ頭の背が小さな社員がいる。


「おはようございます!」

「おっす」


 何の意味があるのかわからない挨拶を交わして、少し腰を低くしながら歩く。

 この人いくら社員で年上だからって俺より後に入ったのに態度でかいんだよな。


 そんな小言を心で話しながら今日も仕事をする。


 予約表を見て暇だなと思いながら開店の準備をしていると他のバイトが続々とやってくる。


 挨拶する者もいれば、無愛想に通り過ぎるものもいる。もう三年もいれば移り変わりの激しいこの店ではレジェンド店員と呼ばれたりするものだ。


 開店しても客は来ない、こういう日は何をするのもだるいからとりあえず一番楽な紙を永遠に切ってメモ用紙を作成する作業をする。


 酒のポスターに移った女優を見ても癒されることはない、刃を突き立てるように乱暴に手早く切っていく。



「紙を切るのも不器用なんですね、仕事はできるけど不器用なんて珍しい人ですよホント」


 ここに来て二年になる女の店員、ショートカットの髪をふわりと揺らしながら黒い瞳が俺の指先を見つめる。


「なんだよ」


 少しぶっきらぼうに言って見せる。


「行き過ぎた深爪はヤリチンですって言ってるようなものですよ」


 上目づかいで俺の顔を覗き込む。整ってんだよなーこいつの顔立ち。


「童貞だよ」

「それ私に通じると思います?」


 それもそうだこいつとセフレになってからもう二年。彼氏ができたといっていながら三日後にはこいつを抱いていた。とんだビッチだ。


 こういう女に本気になった男が馬鹿を見る。よく聞く話だろう。


 逃げるようにその場を立ち去る。


「ちょっとどこに行くんですか?」


 口を尖がらせ不服そうに言う。


「たばこー」

「さぼりだ~」


 彼女の方を見なくても意地悪な笑顔が想像できた。



 そんなこんなで客が全く来ないので早上がりさせてもらった。


「お先失礼します、お疲れ様です」


「おいっすー」


 形式上の固定化された挨拶をして再び外に出る。


「お疲れ様でーす!」

「はーい。またねー」


 こいつも一緒だ。それにしても社員は女には甘い、なおさら苦手だわ。


「どこ行きます」


 降る結晶が水の粒へ移り変わる季節。人は別れの季節とも呼ぶ。白い息を吐きながら当然のように言う。


「今日車だから帰る」


 これは俺にとってどこも行かないという合図。


「了解! じゃあコンビニで酒買っていきましょう! あと寒いからおでんも」

「お前うち来るの?」

「はい?」

「それは童貞の僕には刺激が強いよー」

「今日卒業ですねおめでとう」

「いやだ、くんな!」

「こんなかわいいショートカットの先輩好みの女の子が家に行きたがるのを止めるとか頭湧いてません?」

「俺は、自分のことかわいいとかいうやつは高飛車だから嫌いなんだよ」

「あらそうなんですか? でも世間一般で私は残念ながらかわいいんです」

「昨日飲んだから眠いんだよ」

「誰と寝たんですか?」

「新規」

「その言い方がもうサイテー」

 寒空の下こんな会話をしているとバイト先の駐車場に着く。


 車のかぎを開けると当たり前のように彼女は助手席へ座る。結局今日も俺の敗北だ。


「ねえ、私とどっちかわいかった?」


 うるせー女だ。その言葉をエンジン音でかき消すように車を走らせた。


「ちょっと無視?」


 顔に不機嫌と書いているような表情で再び問いただす。


「二五歳、歯科衛生士、昨日クラブで拾った。お前にはない大人の余裕があったよ」

「必死さが年下のかわいさでしょ?」

「俺みたいな男に本気になった女が馬鹿を見るぞ」

「散々見たけど……」


 そう言ってからしばらく沈黙が続いた。コンビニへより酒を買い家に帰る。


 少しづつ買った酒が減っていく。彼女の顔も白い肌が赤みを帯びてくる。こうなると彼女はもっといやな女になる。


「本気で好きになったことあるの?」


 フグのように頬を膨らませ怪訝な顔でいう。


「だから誰も信じられないんだよ」


 少し悲しげに俺はかつてを思い出す。




 高校一年生男が最もデリケートな時期それは高校生だろう。完璧でいたくて背伸びをする。


 けれど中身は全く伴っていなくて男同士でふざけあってるときとか子供がこぼれるんだ。


 そんな日々の中で俺は背伸びをしたまま一人の女性と付き合った。


 年は二つ上自分よりはるかに大人な彼女に対しても俺は完璧でありたいと大人ぶる。


 それでもやはりどこか子供が隠せないから彼女はそれをかわいいねと言って笑うんだ。


 俺はかわいいといわれるのが嫌いで大人になろうと努力するんだ。


 そうして一月経った頃、俺に初体験の時が訪れた感動した。素直にそして自分がすごく大人になった気がした。


 周りにはずっと言われた、思春期の男どもが彼女もちの男に持つ興味の大半は性行為をしたかしてないかだろう。


 当然俺は周りの友達に聞かれた。少し誇らしげに言ってやったのを覚えている。


 男にとって童貞かそうでないかは徐々にステータスになっていくからちょうどいい時期に抜けだしたのかもしれない。


 しかしその幸せも長くは続かなかった。


 俺はその彼女に依存するようになった。童貞をささげた初めての女に依存するのは男の性なのかもしれない。


 結果その彼女は俺の知らぬ間に何人もの男と寝ていたのだった。それを知ったのはラブホテルから腕を組み、自分とは似ても似つかない口髭を携えたダンディーな年上男と出てきた時だった。


 俺は激怒した。しかしそれを見たときに問い詰める勇気がなかった。


 それから会った次の日に放課後彼女を呼び出したのを覚えている。


 日が落ちかけの公園であたりに人は全くいなくて、自分の心の中のように寂れた景色の中、それを告げる。


「あなたはどうしたいの?」


 残酷な女だな、俺が依存してしまっているのもわかっているくせに。


「俺が決めるのかよ」

「あなたはそんなことも自分で決められないの?」

「普通謝るだろ! 何様のつもりだよ!」

「話にならないわね」

「待てよ、どこ行くんだよ、行くなよ」


 情けない男だった。離れてほしくない。自分のそばにいてほしい。失いたくない。


 いなくなれば自分の大切なものを失う気がして様々な絶望が押し寄せてくる。


「情けないよ」


 最後にそう言って、彼女は俺の前から消えていった。


 俺はその場でただうずくまりながら押し寄せる絶望を体に刻むことしかできなかった。


「その傷はいまだに残っている?」


 ショートカットを乱して頬を赤らめながら悲しげな黒い瞳を俺に向ける。


「心の傷も体の傷も結局時間が解決してくれるもんだよ」

「なんですかそれ、この流れ私が癒してあげるって流れでしょ」

「今なら俺が元カノ泣かせるぐらい依存させる自信あるからな」

「本当にすごい人だね。いかれてるよ」


 彼女は深くうなだれた後、何かを決心したかのように立ち上がる。


「え、どうした?」


 俺は恩枠の表情を浮かべずにはいられなかった。


「帰る! 残念だったな私を抱けなくて!」


 こいつもすごいやつだな。静かに俺は笑みを浮かべる。


「わかったよ、今から違う女よぶから早々に帰ってくれ」

「クズだわー」


 そう言うと風のように去っていく彼女。悲しいな、その後ろ姿を見て不意に心がつぶやいた。


 自分を好きでいてくれた一人の女性が自分の前から去っていく。けれどそれでいいよ。


 君が俺を見捨てるぐらいでいいよ。俺に本気になる価値なんてないよ。


 いつかそれでも俺を見捨てない人と一緒になるから。


 ベランダへ出て煙草に火をつける。


 開花したアネモネの花に煙がふりかかる。


 いやだな、目からも雨って降るんだな。



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