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#9 とっても好いカンジ……♡

「これぇ……何処から入るんですかぁ?」


 アンジェラの疑問も当然である。

 一行が到着したこの都、と、建造物が密集していることから三人はそう言う認識を共有しているのだが、その実本当に此処が都なのかは定かではない。とは言えそう認識した方が整理もし易く、今彼女らが居る場所は都の中心と思われる巨大で遙か天空まで伸びた塔の袂。見上げてみてもその天辺は曇天の中へと消えて見えないほど高い位置にあるようで、どうすればこんな物が建造できるのかと、スタークはひたすらにそれを見上げている。そんな彼の、迂闊に近寄るべきではないという忠告もまるで意味無く、塔へと接近したアンジェラはその壁面を指で突っつきながらその疑問を誰に投げ掛けるわけでも無しに独りごちる。


 そう、他の建物の悉くがそうであるように、この塔もまた未知の金属物質で形成されておりその壁面の彫刻も同じ歪な紋様、そして出入り口や窓が一つとして存在しないのも同様であった。到着時点では何が起こるわけでも無し、ベアトリクスもここから更に移動することは無く、することの無いアンジェラとスタークの二人はこうして暇を持て余しているわけだ。


 そろそろ首も疲れてきた頃、上げていた顔を下ろしたスタークは痛む首を撫でながら相変わらず言うことを聞かないアンジェラを放ってベアトリクスの姿を捜し左右へ視界を動かした。そうして己ともアンジェラとも離れた場所にその姿を発見、同じくベアトリクスを見つけたらしいアンジェラが歩き出そうとするスタークの腕へと飛び付きその体を寄せてくるのを彼は邪魔だと邪険にするのだが当のアンジェラはこうした方が暖かいからと譲らず、やむなくスタークは彼女をくっ付けたままベアトリクスへと向かう羽目に。


 どうしたのか、そうベアトリクスの元へとやって来たスタークは彼女へと訊ねるものの、彼女は彼と、くっ付く相手をベアトリクスへと変えようとしていたアンジェラに離れているよう促した。疑問にこそ思えど素直に数歩下がるスタークとベアトリクスを抱っこし損ねて残念がるアンジェラ。そんな二人を見て微笑を浮かべたベアトリクスであったが、その視線はすぐに沈黙を続ける塔へと向く。


 どうやらこの場所の影響を受けるのはニューヒューマンのみのようであり、ベアトリクスの魔法に制約が掛かるのは空間転移のみ、しかもこの都内であれば転移は可能である事が分かっていた。そしてアンジェラの力もニューヒューマンとしてのものでは無いため使用可能である。ベアトリクスは毛皮の手袋をした手を塔の壁面へと添え、その魔力に侵され深紅に染まった瞳を浮かばせる目から魔力の光を溢れさせ始めた。その様子にスタークとアンジェラの二人だけでは無い、その他大勢の視線が一挙に集まる。この都に彷徨う形無き者たちの視線であった。


 それを不快に感じながら、しかし意識を塔へと集中させて行くベアトリクス。魔力はその手を通じて塔へ、すると塔の壁面の彫刻へとベアトリクスの魔力である赤い光が流れ始めた。まるで血管の様に塔中に刻まれた歪な彫刻を、血のように赤い魔力は登って行く。その間中、ベアトリクスはひたすらに己の魔力を流し込み続けた。次々に魔力を生み出し、それに伴い活力を磨り減らして行く。極寒である筈のこの場所にありながら、しかしベアトリクスの額には汗がにじみ始めていた。空間が遮断されている以上、ベアトリクスの魔法である異界へのアクセスによる魔力の増強は叶わない。ともなれば彼女の魔力は有限。まだ転生を一度しか果たしておらず肉体の成長も伴わず、であれば今のベアトリクスの魔力量は前世と大した差はまだ無い。しかし彫刻を染める赤はまだ中程までにすら至っていない。思わぬ問題に直面したとベアトリクスは己に対し嘲笑を浮かべ、そのすぐ横を額から垂れた汗が流れて行く。まるで中身を失っているかのような感覚にベアトリクスの膝が震え始めた。すぐに彼女の魔力も底を突く。参った、そうベアトリクスが思ったときである、彼女の中に再び己の感覚が甦り始めたのだ。それに伴い明滅を始めていた目に溢れる魔力光も再びその力強さを取り戻し、その目でベアトリクスは己の頭上を見上げた。


「あはぁっ♡ ミュールちゃんとウォーヘッドさんみたいですよねえ、こう言うの。実はわたし、憧れてました。えへぇ、だからマネしちゃいます。どうですかあ、ベティ」


 そこに居たのは確かにアンジェラであるのだが、その様相たるやまるで別物。瞳に輝く金色、同じく輝きを放つ長髪は翼のように広がり、彼女の頭上に掲げられたるはそれは光輪。


 ”ヘイロー”。

 それは遥か高次に在る超越の力。人々の中の”門”の向こうにあり、かつてベアトリクスも求め、しかしその他大勢同様”合鍵”を持たぬが故に届かなかった森羅万象を悉く凌駕する万能の力。超人”インフェルノ”、そして彼の模造品”エンチャンター”、そして”ナオト”ら”ハッピーチャイルド”が持つ、理不尽である魔法を超える最強の力の名。


 そしてそれをアンジェラもまた持っていた。しかもそれは門との完全直結を果たしているインフェルノと言う特例を除いては、ハッピーチャイルドのモデルである安定個体エンチャンターと同様かそれ以上を出力出来ている様であった。彼女もまた安定個体というわけである。


 ヘイローを発動、展開したアンジェラはその言葉の通りかつてミュールとウォーヘッドが相互共鳴によるブーストをしていたように、ベアトリクスの首へと両腕を回しながら自らの力を彼女へと分け与える。ヘイローの強大すら生温いその威力はベアトリクスの魔力を爆発的に増大させるだけに留まらず活力までも復活させて行く。


 にへらと笑うアンジェラを上目で見遣り、そしてベアトリクスはそこに不敵な笑みを浮かべると今度は横へと顔を向ける。


「アン、助かるわ。それと、スタークも……」


 そこにはいつの間にか傍らにやって来たのかふて腐れたような顔をしたスタークが立っており、事ここに至りニューヒューマンとしての能力を封印され全くの役立たずである彼はしかしせめてアンジェラばかりにはいい顔をさせまいとその手の指先でちょこんとベアトリクスの防寒着の端を摘まんでいた。この行為が何の意味も無く役にも立たないことは分かっていて、けれど恩人であるベアトリクスのために自分だけが何の力にもなれないことなどスタークは到底許せなかった。故の事であったがベアトリクスに感謝されてしまうとやはり己の不甲斐無さが際立ち俯いてしまうスタークの声は極めて小さい。


「まあ……気持ち、だけでも……」


「それっ、それぇ、とっても大事です。わたしの力はそういうのにとってもビンカンなので、スタークのキモチ、スッゴくきてますよ。ベティにも分かりますよねぇ、とっても好いカンジ……♡」


「ええ、もちろん……さあ、じゃあご対面と行きましょうか」


 二人からのフォローはありがたいこと、であるが、何となくそれをされると素直になれないのが男というものでスタークは空いた片手で自らの頬を掻きながら二人からそっぽを向いてしまう。だがいつまでもそのままではいられなかった。


 果たしてベアトリクスをこの場所へと駆り立てたものの正体とは何なのか、それをベアトリクスも知らない。それはブロック島での一件以来彼女の中に現れた”フォールン”としての感覚であった。その感覚が彼女をこの場所まで導いたのだ。ろくな物では無いだろう。それだけはベアトリクスにもよく分かった。


 この漂う空気からして凍えた都。牢獄の様な場所に無数に彷徨う亡霊たち。そしてそれらが崇め奉るこの塔に封じられた存在とは何なのか。何故、そこに何かが封じられていると分かるのか、ベアトリクスの口角が僅かにつり上がった時である、遂に彼女の魔力が塔の全てに行き渡った。


 ベアトリクスはそれを見届けると触れていた手を離し、二人と共に魔力の赤い血管が張り巡らされた凍都の象徴たる牢獄の塔から離れ、そして見上げる。


 この都に音は無く、それもまた静かに始まった。

 不規則な血管は蛇の穴に蠢く無数の蛇のように忙しなく動き回り絡まりながら、しかしやがてどこまで行こうと決して直線を描こうとしなかったそれらは唐突にぴんと張り詰め、塔に不均一な市松模様を作り出した。そして次に起こるのは、塔がその上部からブロック毎に折り畳まれて行く光景であった。


 無音の都にそれは響き渡る。

 擦り合わせた金属の悲鳴か、恨み辛みに焼け爛れた喉から零れる呻きか。千の叫び、万の咆哮、億の雄叫び。それと共に塔から溢れかえった深淵の闇が無色の都へと広まり、黒に染めて行く。そこに浮かび上がるのはベアトリクスの赤とアンジェラの金色。ベアトリクスの魔法である見えざる手に掴まれたスターク。


 三人が見上げるのはその闇より伸びた巨大な二本の腕。その内の右腕、その手には今は闇に飲まれたこの都の建造物と同じ材質、彫刻がされた杖が握り締められ、やがてそれは闇の奥底、深淵より遂に這い上がり現れ出でた。


 ア゛ア゛ァ゛ア゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ッ――!


 直後腕の内無手である左手が振り上げられ、蔦が絡まり形成されたような手とその指先に生えた鋭利なかぎ爪が振り下ろされる。ベアトリクスはスタークを連れ、アンジェラと共に宙へと舞い上がる事でそれを回避すると上空からそれを見下ろした。骨格を持ち、筋肉がそれを包み、黒い蔦のような物がそれを這い腕を形作っているもののそれは人の物と比べれば巨大な上に長く、肘が二つあった。


「不細工な姿……」


 そう言うベアトリクスが目を細めるその先に見る物、それはその腕を持つそのものの姿であった。

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