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#7 でっかいロボットが出てくる映画でした

 深い深い、遙か深淵のそこに沈む。一見すればグロテスクな形状をした奇妙な魚たちが独自の生態系を築き上げる深海の世界がそこには広がるだけ。海底から噴き上がる”煙”を前に、人などこの世には居るはずも無かった。ただ一人、それを可能にする存在が現れるその時までは。


「ふあ……スゴいですねえ。しんかいぎょってほんとうにいたんですねえ。見てくださいスターク、あの魚、スタークにそっくりですよ」


「……そうか?」


 ぎょろりとした目玉を光らせ、巨大な口に鋭利な長い牙を生やした異形の魚は、しかしそんな風貌とは裏腹にのんびりと深海の海を遊泳して行く。それを見て子供のようにはしゃいだ声を上げたのはうねった長すぎる金髪をなびかせた女性”アンジェラ”。


 そしてそのアンジェラに、件の深海魚に似ているとして笑われたのは深海魚とは似ても似つかない、幸薄そうな、けれど端整な顔立ちをした長身で短髪の青年”スターク”。彼はアンジェラに腕を引かれると対応に困って顔を逸らしては口を噤むのだが、ちらりと彼女が指差した方に居る深海魚を見てみれば、それが自身に似ていると言われたことに疑問が湧き上がり、噤んだはずの口からついそれが零れてしまった。


 遙か海の底、そこは深海であり、適応したものでなければ生き抜くことはおろか、そもそも立ち入ることさえ叶わない。それをどうしてこの二人がここに居て海中を漂うという事態になっているのか、ただの人間である二人がどうして。しかし、その答えはごく単純かつ酷く理不尽な物である。どういうことか、アンジェラとスタークの二人は付かず離れずの距離を保ち、それを乱すことをしない。くっつくことはあるにしても、離れすぎることは無かった。離れないことが大事であった。もし離れでもしたなら、その瞬間にも二人の体は人としての形を失うこととなる。では、二人を守るその理不尽とは何だろう。そう、とても簡単だ。


「こんな暗くて息も出来ないような場所、来たいとは思わないものね。こんな機会でもなければ……その点では、感謝すべきだと思う? ねえ、アン、スターク?」


 その声に深海魚を見ていた二人が同じ方を向いた。そしてアンジェラは兎も角として辛気臭い表情ばかりのスタークのすら、その表情を緩めた。


 深海の暗闇の中に踊るのは純白の髪、長くきめ細やかで、まるでそれ自体が光であるかのような白い髪。髪だけではない、肌も、服も、全てが白い。その全てが白い中に二つだけ浮かび上がるのは強い魔力に侵された深紅の瞳。


 アンジェラが天使と呼ぶ、あどけない面相の彼女は”ベアトリクス”。最悪の魔女と呼ばれる彼女は”力”にのみ固執し、その執着は己を恥辱の中に貶めることすら躊躇うことをしなかった。あらゆるものに存在する限界は彼女を食人にまで狂わせ、そして、しかし前に進ませた。完成させた”転生”の魔法により、ベアトリクスは己が限界を遂に乗り越えたのである。もはや、彼女の力への飽く無き探求はとどまるところを知らない。恐るべき、最悪にして、最強の魔女。


 しかし、詰まるところ、ベアトリクスが求めるものは力のみ。それ以外、例えば復讐だとか、世界征服だとか、万物の支配者になるだとか、そういったことに関してまるで彼女は興味を持たない。ベアトリクスに世界に干渉する気は無いのだ。それが何故このような深海に居るのか。魔法術士協会に感知される危険を冒してまで自らとアンジェラとスタークを空間に作用する魔法によって保護し、何故。


「……正直、不安です。何者ですか。ベアトリクス、貴女を呼び出すほどの者とは。それに、何故従うのかも……」


「あはぁ、ダメですよスターク。ベティを信じてください。私はとっても楽しいですよ。ベティと一緒、スタークとも一緒で」


 何に関しても後ろ向きで自信を持てず、そんなスタークの細々とした声から紡がれた言葉に対し、まるで逆に明るく脳天気なアンジェラがそう返した。しかし、彼女の言葉でスタークが顔を上げることは無い。だれの言葉でも、彼のネガティブをどうすることも出来なかった。ただ一人、ベアトリクスを除いては。


 長い白髪を踊らせ、己が展開した空間断裂層の内側で背後の二人に向かって跳ねるようにして振り返ったベアトリクスは幼い柔らかな微笑みをその顔に浮かべ、そしてそれをスタークへと向けた。


「不安なら私の後ろに居れば良いわ、スターク。あなたの恐怖もその不安も全部私が台無しにしてあげる。だから、不安なら私の後ろに居るのよ。あなたたちは私が守ってあげる」


 ベアトリクスのその言葉にスタークそしてアンジェラの二人は頷き返す。ベアトリクスが何故この二人を連れているのか、その理由は正しく彼女の言葉の通り。そしてそれはベアトリクスが唯一捨て切れないでいるある感情に起因している。だがそれをスタークもアンジェラも、そして何よりベアトリクス本人も理解していないことだろう。


 破壊と破滅しかもたらさない最悪の魔女が、異性を己の理想を体現する子供を作る以外の道具としか見なさず、そしてその子供すら自らの器としてしか見ていなかった筈のベアトリクスにどのような変化があったのか、それを知るものは居ないのだ。


 だがどうしてベアトリクスが自分たちを守ってくれるのか、そんなことをスタークとアンジェラは気にすることは無い。これまで誰一人として自分に救いの手を差し伸べてくれることは無く、あらゆる事に怯えて過ごしてきたスタークにとってすればなおのこと。アンジェラもスターク同様、一人で居たはずなのだが、彼女に関してはよく分からない。一人で居たから、ベアトリクスはスタークにもアンジェラにもその手を差し伸べた。それだけのこと。故に二人もまた彼女を信用し、その手を取ったのである。


 そうしながら三人は海底を進み、やがてベアトリクスの一声と共にその歩みを止めた。そしてベアトリクスの両目から輝く魔力が溢れ返り、彼女がその両手を正面へとかざし、何かまるでカーテンを開け放つかのような動作を行うと、スタークとアンジェラは目の前で起こった光景に言葉を失った。


「あやぁ……わたし、こんなの映画で見たことあります。でっかいロボットが出てくる映画でした」


「これ……何処に繋がっているのですか、ベアトリクス……」


 口元を押さえながらしかしアンジェラは相変わらず気の抜けたような感想を口にするばかりで代わりにまともな質問をするのは決まってスターク、しかし彼の質問に対しベアトリクスの回答と言えば”さあ?”の一言のみであった。


 海底を照らし出すオレンジ色の輝き。それはベアトリクスの魔法によって引き起こされた。これを隠蔽するために使用されていたエネルギーフィールドがベアトリクスの魔法により一時的な麻痺を起こし、秘匿されていたこの世の真実の一つが暴かれることとなった。その様相は海底を引き裂く割れ目、ベアトリクスに率いられた二人が裂け目のそこに目をやるとそこには蠢くオレンジ色をしたゼリーのような物が詰まっているのが見えた。熱は無く、逆に冷気がベアトリクスの次元断層を超えて三人の元へと届いた。


「ありゃぁ……でもぉ、あの映画あんまりおもしろくなかったんです」


「……なに?」


 そっと顔を出して裂け目の下を見下ろしたアンジェラは彼女が観たと言う映画が自分のお気には召さなかったことを何故だか今口にする。アンジェラの性格上、彼女は思ったことや言いたいことをすぐに口に出してしまう。


 そしてそれに反応を示したのもこれまた意外なことにスタークであった。どうやらスタークもその映画を観ていたようで、アンジェラとは逆にそれを気に入っているようであった。それこそディレクターズカット版のブルーレイディスクを購入しては一人の時にじっくり観賞を繰り返すくらいには。


 へらへらと笑うアンジェラと、あの映画の何がいけなかったのかと彼女を問い詰めるスターク。仲良しな二人をベアトリクスは横目に見ながら口元に微笑を浮かべていた。


「そこまでにしておきなさい、二人共。これからよそ様のお宅に上がるのだから、礼儀正しくね」


 そうして、ベアトリクスに注意をされてしまった二人はしゅんとしながらも、置いて行かれないよう彼女と共に裂け目へと降下を開始した。三人を認識しての事であろうか裂け目に満ちるオレンジ色をしたゼリーが変形を始めその触手をベアトリクスらに伸ばす。次元断層ごと触手に取り込まれ、三人は遂に裂け目の内部へと侵入を果たした。


 その後は麻痺していたエネルギーフィールドの復調に伴い、裂け目はただの海底の姿を装う。これまで通り。

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