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#30 相棒だろ

 戦いの音を背中に感じながら、”U-フェンス”は走る。勇作は、走る。その双肩に二つの命、二人の人を乗っけながら。


「きたきたきたぁ!! ピースメーカー!!」


 その彼を追う者たち。突如その数を爆発的に増やした上、まるでその時を見計らったかのように一斉に暴走を始めた人類の変異種、”ニューヒューマン”。

 彼らは同じ状態にあるニューヒューマン以外を手当たり次第に襲い、街を破壊している。そしてその魔の手は民間人を二人担いだ勇作に今まさに伸びようとしていた。


「今行くぞ!」


 走る勇作に追い縋るニューヒューマンの二人の合間へと降り立ち、一人の腹部へとその膝を、もう一人の横面へと拳をねじ込み、その神速の連撃故に二人はほぼ同時に地面へと崩れ落ち転げて行く。

 だがその二人は勇作を追い立てていたにすぎない。獲物を狩るは、その本命は鷹。その翼で空より襲い掛かる。哀れなかも、それは勇作のことだ。しかもネギを二本も背負った特上のかもである。


 走ることに夢中の勇作は頭上から襲い掛かるニューヒューマンの存在に気が付かない。気付いたところで勇作の力では逃れることは叶わないが、今此処には彼を救える者が居る。

 平和を作り出す者、”ピースメーカー”。黒き風は鷹の翼をも狂わせる。


 彼は目覚めた力によって超強化された脚力により跳び上がると、その勢いを以てして勇作の頭上のニューヒューマンの横面を握り締めた拳で打ち据える。その膂力は凄まじく、ニューヒューマンはその首を大きく捻り、姿勢を崩してそのまま地面へと墜落して行った。


「……うっ!? サンキュー、ピースメーカー!!」


 無我夢中で走っていると突如空からニューヒューマンが落ちてきて転げて行くのだから、驚き声を上げて立ち止まり、体を強張らせた勇作だったが彼の傍らに着地したピースメーカーの姿を見てその胸をほっと沈める。


 救い主たるピースメーカーに感謝の言葉を述べた後、勇作は再び走り出そうと、彼にもそれを促すのだが、勇作の目の前でピースメーカーは膝を付いた。


 それに気付いた勇作は駆け出しかけた足を急遽止め、危うく転倒しそうになるところをたたらを踏みつつも堪えては怪我したのかとピースメーカーの元へと急ぎ戻る。

 彼のすぐ側で勇作は身を屈めてその様子を窺うと、ピースメーカーの黒い肌の上には大粒の汗が幾つも浮かび上がっていることが確認できた。

 しかし、当のピースメーカーは怪我などしていないと勇作に答えるが、その声にはいまいち覇気が無かった。


 そうしている内にも周辺からは物音が幾つも鳴り響き、もうすぐそこまでニューヒューマンたちが迫っていることを勇作に感じさせる。


「……お前だけで行け。U-フェンス。俺もいい加減、おかしくなる手前らしい。迷惑は掛けられん。時間は稼ぐ。行け!」


「バカ言うな。相棒だろ? 一緒に行こう。でなきゃ、担いででも連れてく。ねえ、どっちが迷惑?」


「はっ……まるで、どっかの誰かみたいだ」


 立ってと急かす勇作の言葉に応え、ピースメーカーは一度は付いたその膝を再び持ち上げて立ち上がる。闇夜の中で、はちまきに隠された目元からはその感情は読み取り難い。しかし、大きく厚ぼったい唇がある口元ばかりは違い、そこには確かな笑みが浮かんでいた。


 ピースメーカーの記憶が、勇作のお節介により呼び覚まされる。

 かつては自分も彼のようであったと、思わずそのことが口を衝いて皮肉として零れてしまう。けれどその言葉を、周辺の警戒に気を取られている勇作は聴き取ることは無かった。

 それで良い。ピースメーカーはそう口の中で呟くと、行けると言うことを勇作の背を軽く叩き知らせた。

 そうして二人は共に走り出す。


 しかしその背を路地やビルの中より姿を現したニューヒューマンが追跡を始める。

 その数は一〇や二〇、続々と増やしており、例えピースメーカーが万全であってもどうすることも出来ない数にまでなっていた。


 逃げ切ることは困難。

 鈍いゾンビとは違い、相手はニューヒューマン。

 能力に差異はあれども、いずれもその身体能力は常人を上回っている。

 平たく言えば、ニューヒューマンの殆どが勇作と同等以上の力を持っていると言って良い。


 やはり勇作と彼が抱える二人を逃がすためには、これから数多のニューヒューマンと同じ暴走に陥る自分が身を挺するほかに無い。そう、ピースメーカーが考えた頃、後方で徐々に距離を詰めてきていたニューヒューマンたちを突如地面に発生した氷塊が蹴散らした。


「あれは……」


「ええ!? なに!?」


 勇作を走らせるために後方の警戒に当たっていたピースメーカーがその光景を目の当たりにして零した言葉に、それを耳に入れたらしい勇作が息を切らしながら訊ねる。


 気になったのか、勇作が後ろを確認しようと首を回した時にはもう、二人の横には巨大な氷の狼が居た。


「あ……ヴァナルガンド!」


「乗って!」


 アイリーンはその口で勇作の頭に掛かるフードを咥えると放り投げて器用に己の背中へと落とし、続いてピースメーカーも飛び移ろうと跳躍を行う。


「――ピースメーカー!!」


 しかし疲労や、精神への干渉の影響で既に疲弊しきっているピースメーカーの跳躍は弱々しく反応も鈍かった。

 あと一歩、ほんの少し、アイリーンの背に届かない。

 ピースメーカーも潮時かと諦める。


 しかしそんな彼の手を掴んだのは勇作であった。

 彼は肩の一人を落としてしまわないように衣服に噛み付きながら、空いたその手をピースメーカーへと伸ばして掴まえたのであった。


 そうしてアイリーンの背中までピースメーカーを引き上げた勇作は、再び両手でそれぞれの救助者を支えほっと一息。

 まさか勇作に救われるなどと思ってもいなかったピースメーカーと、二人は何とかなった事につい笑ってしまう。


「借りが出来たな」


「借り? ヘンなケチ付けるなよ。……相棒だろ」


「――だな。ああ、その通りだ相棒。助かった」


 お安いご用さ。得意そうに勇作は鼻を鳴らして笑う。

 唯一詰まらなそうなのは、そんな二人を背中に乗せて走るアイリーン。

 彼女はもの言いたげに咳払いをして聞かせた。


 それに気付いたのはピースメーカーであり、彼はアイリーンの態度を理解できないでいる勇作の背中を小突く。

 そうしてようやくどういうことなのか合点がいったらしい勇作は、彼女の顔を少しでも視界に収めようと体を傾ける。

 彼がそのままずり落ちてしまわないようにピースメーカーが支える中、ようやくその厳めしい狼の横顔を視界に入れた勇作はにっとはちまきで隠れた目元に代わって口元に特大の笑みを作り言った。


「ありがとう、ヴァナルガンド。来てくれなかったらヤバかった」


「……別に、手が空いたから来ただけだし」


 自分から求めたにも関わらず、いざ勇作からお目当ての言葉が贈られると、アイリーンはふいと彼が見ている方とは逆に顔を向ける。その言葉もなんとも素っ気ない。


 間違ったことを言っただろうかと勇作が彼女を追い掛けて今度は逆に体を傾けると、アイリーンはその逆にまた顔を背ける。

 アイリーンの素直で無いところや、勇作との二人のやり取りを後ろから眺めるピースメーカーはにやにやと意地の悪い笑みを浮かべるばかり。

 その時、突如アイリーンが後ろ脚を蹴り上げたことでピースメーカーは彼女の氷で出来た硬い毛皮に腰をぶつけ、痛みに呻き声を上げることとなった。


「ごめん、躓いた」


「……嘘つけよ……っ痛~」


 仲良くしろと言う勇作の言葉に、二人は誰のせいかと溜め息を吐きながら、アイリーンの駿足と能力である氷の生成、それによりニューヒューマンたちを振り切った三人は遂にシェルターへと辿り着く。

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