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#29 此処は我々バリアンツが受け持つ

 ――スイッチ・オン!

 その炎はメイルズのものでは無い。彼が超人”インフェルノ”の後継者を”騙る”ならば、真の後継者と呼ぶべきはメイルズではなく”彼”であろう。その起源、性質を鑑みても、その炎はインフェルノの炎に最も近い。”神威”、”ヘイロー”とも、呼び名は様々であるが、それはいずれも人の心にある”門”。ゲートの向こうから溢れ出た力が由来となる。その炎も同じであった。


 アイリーンの氷槍をその衝撃で弾き飛ばし、深淵の獣たるヴェンディエイゴの真上へと落下した巨大な影は火炎を吹き上げながら暴れ回る獣を爪を携えた五本の指を備えたその巨大な手で押さえ付ける。


 その姿は言うなれば架空の存在であるドラゴン。長い尾と首を持ち、後ろ脚と前脚からなる形態こそ確かにドラゴンではあるのだが、後ろ脚に比べ肥大化した前脚はどちらかと言えば人の肩と腕と手の構造に近い。外見を除けばゴリラに姿勢や体の構造は近いだろう。下半身よりも上半身にボリュームが偏ったその姿は実に逞しく、特にその巨大な両腕と手は同じく巨大なヴェンディエイゴの体を完全に押さえ込んでしまえる程である。


 白と赤の外殻を鎧のように纏ったそのドラゴンは暴れ藻掻くヴェンディエイゴをしかし決して離すことはなく、前脚を地に押し付けて体を持ち上げドラゴンの腕を押し返そうとそれがしてもドラゴンは容易くそれをまた地に押し付ける。角と牙、爬虫類のような瞳からなる頭部は厳つく、牙の生え揃った大きく裂けたワニのような口からは吐息と共に火の粉が舞っていた。


 アイリーンは突如空から降りてきたその竜を見詰め、しかし依然唸り声を上げ続けていた。ドラゴンはその尾っぽを左右に振りながらアイリーンの様子に気付いたようで、外殻同士とその下にあるのであろう鱗が擦れ鈍い音を立てながら彼女の方へとその長い首を動かし二つの眼で見詰めた。それを見詰め返す、というよりは半ば睨むようにするアイリーンは言う。


「……ナオト」


 それは名前。まるで日本人の様な名前をアイリーンはそのドラゴンへと投げ掛けた。ナオトと呼ばれたそのドラゴンはしばし沈黙を続けた後、火の粉の零れる口を僅かに開く。


「やあ、アイリーン。今は君と戦ってる場合じゃない。行くなら行け……っ、くそ!」


 しかしナオトが喋るのは英語だ。それもネイティブの発音といって遜色ない程に熟達した英語。無論、それだけならば日本人だとしてもおかしくはない。だがその実、ナオトは名前こそ日本的ではあるが歴としたアメリカ人で間違いない。肩書きではなく、流れる血にも、寧ろ日本人の血は一滴として混じってはいない。それでも彼が自らをナオトと名乗るのには訳があった。


 が、アイリーンと言葉を交わすナオトの手の中、押さえ付けられていたヴェンディエイゴは抵抗を試みつつ、僅かに開いた口腔から触腕を密かに伸ばし、隙を見てその触腕をナオトの首へと巻き付け締め付ける。突然の事態に同様を見せたナオトはヴェンディエイゴを押さえる手から力を僅かに抜いてしまい、直後に飛び起きてそこから逃れたヴェンディエイゴはそのままナオトへと覆い被さり押し倒してしまう。


 巨体と巨体が組んず解れつ、それだけでアスファルトは割れ、建物は破壊されて行く。ナオトに覆い被さったヴェンディエイゴはその強靭な顎で彼の首を噛み砕こうとするものの、ナオトはヴェンディエイゴの顔面を手で鷲掴みにし押し返し、引き剥がそうとする。しかし互いの力は同格なのか、膠着状態へと陥って行った。危機に陥るナオトを前に、アイリーンは手助けしようと冷気を放ち始めるが、それを制止したのは他でもないナオトであった。


「行け、アイリーン! コイツはボクが、ボクたち”バリアンツ”で対処する!」


「――その通りだ」


 スイッチ・オン。

 またその言葉が響くと共に、アイリーンの頭上を何者かが飛び越えて行く。空を見上げ、その小さな影を追い掛けアイリーンの首が動く。


 それは女性、まだティーンエイジャーくらいの少女であろうか。長い艶やかな黒髪をたなびかせ翻し、宙で姿勢を整えたその女性は右腕を振り被る。大きく膨れ上がり、体毛が揺れる巨大な右腕を。やがてナオトを押し倒すヴェンディエイゴを間合いへと入れた少女は振り被ったその巨腕を飛び込んだ勢いと共に突き出す。それに合わせ、ナオトもまたヴェンディエイゴの頭を大きく自らから引き離し、そうして少女の拳がヴェンディエイゴの醜い横面を打ち据えた。


 硬質である筈のヴェンディエイゴの鱗肌がしかし波打ち、開かれた顎は左右に揺れ動く。唾液を散らし、飛び出した触腕をそのままに小さな少女の拳を受けたヴェンディエイゴはその巨体を宙に浮かせ、そのまま通りを吹き飛んで行った。


 それを見届けつつ、軽やかな着地を見事決めて見せたその少女はナオト程ではないにせよ肥大化したその右腕を携え、月明かりにその姿を曝す。腰まではある綺麗な黒髪はさらさらと風に揺れ、張りのある柔肌は薄い褐色をしていた。シルエットだけを一見すれば裸にも見えるようなタイトな、ウェットスーツのようなものに身を包んだ彼女は名をロメリアと言う。


 アイリーン。ナオト。そしてロメリア。彼、そして彼女らはかつて超人”インフェルノ”と同等の力を持つ存在を生み出す為の実験、”ハッピーチャイルド計画”に参加していた幸福な子供、”ハッピーチャイルド”。

 今はその能力故に”バリアント”と呼ばれている彼らは、”門”から力を引き出す代償として異形への変身能力を得てしまっていた。それがバリアントという呼称の由来である。

 アイリーンであれば氷の毛皮を纏い操る狼。ナオトであれば炎を操る巨大なドラゴン。そしてロメリアは、ダークグレーの体毛に覆われたその剛腕は正しくゴリラのものであった。


 崩れた体勢を立て直したナオトは両拳を地に付けトップヘビーなドラゴンの体を支えつつ、長い首をもたげて周囲を窺う。既に相当数のニューヒューマンがこの場に集まりつつある様だった。そしてロメリアはゴリラの腕に変化した己の右腕の調子を確かめるよう五指を閉じては開いて、それを繰り返しながら左に流すように整えられた前髪の合間から覗く殆ど黒色と言って差し支えない茶色の瞳をアイリーンへと向けて言った。


「何をもたもたしている、ヴァナルガンド。早くあの二人を追え。ナオが言ったように此処は我々バリアンツが受け持つ」


「ハッ、たった二人で? ”あと一人”はどうしたのよ? 天下のチーム・バリアンツも解散てワケ?」


「彼女は足が遅い。知っているだろう。だが直に到着するはずだ。これで文句は無いな、ヴァナルガンド。お前はお前のすべきことをしろ。集中できない者が居るのは迷惑だ」


 ロメリアの声は鈴の音のように綺麗だが、その口調は厳格と言うよりもかなり偉そうなもので、当然反骨精神旺盛なアイリーンはそれが面白くなく態度としては酷く悪く、彼女にそっぽを向いて鼻を鳴らしていたが、ロメリアの言う通り今のアイリーンの心は此処に無い。ロメリアの言葉を全て耳にし、不満の余り舌打ちすら打ったアイリーンであったが、最終的にはナオトとロメリアの二人に背を向ける。


 それを見てナオトはロメリアに他に言い方があったのでは無いかと注意するが、彼女は彼女で我が強く彼の言葉を突っぱねては集中するように告げる。既にビルやその残骸の合間からちらほらと暴走したニューヒューマンたちの姿が見えるようになっていた。一応のバリアンツリーダーであるナオトはそんなロメリアについ溜め息を吐いてしまうが、その時彼の視界に此方に首だけ向けているアイリーンの姿が映り、ロメリアに気付かれるとまたうるさいと考えたナオトは彼女に対し静かに頷き、そして密かにサムズアップをして見せた。


 それを見てアイリーンはようやく観念したのか勇作とピースメーカーを追いこの場を後に。残されたナオトとロメリアは並び立ち二人同時にさてとと零す。


「ナオ、有象無象は任せる。私はあの犬ころと戦う」


「犬……? ああ……アレのことね。良いけど、ムリは禁物だぞ。っと、来たみたいだ」


 左腕もゴリラへと変容させたロメリアは左右の拳を力強く打ち合わせながら、自らが向かない一対多の状況に向くナオトに周辺を取り囲むニューヒューマンたちを相手取るように指示を出す。

 リーダーは自分の筈なのにと内心思いもしたりするナオトであったが、自分も同じ提案をしただろうと今は余計なことは言わず、通りの先でもぞもぞと起き上がり頭を振るいやがて全身を振るわせているヴェンディエイゴに向かい歩み始めたロメリアに忠告だけ。


 OKと返すロメリアから意識をニューヒューマンに移したナオトであったが、その時僅かな地鳴りをその身に感じ彼は首を持ち上げた。すると多くのニューヒューマンたちが此方を覗き込んでいるビル、そこが突如崩れニューヒューマンたちを巻き込み吹き飛ばしながら巨大な姿が露わになる。


「――ぶはぁーーっ! おっ待たせえ~~……いやあ面倒になって突っ切ってきちゃったよ。ナオ! 後でM.I.B.に提出する始末書書くの手伝ってね」


 ビルに巨大な風穴を開け、のしりのしりと力強く歩み進んでくる巨大なそれは亀であった。しかし生物的なナオトやロメリアとは違い、機械的な装甲を纏うそれは可愛らしい声をそのワニガメの様な厳つい顔で放つのだから違和感が物凄い。


 どうやら遅刻が酷くなりそうであった為に道中を真っ直ぐ建物すら破壊しながら”彼女”はやって来たようである。しかもその悪びれない態度にナオトは大きな溜め息を吐きながら、戦闘準備をと告げた。


「あいあいさー!! このガジュマルにお任せあれあれ~!!」


 ナオトの指示に対し元気いっぱいに前脚を上げて後ろ脚で立ち上がった鋼の亀ことガジュマルは、その凄まじい重量で以て上げた前脚が再び地面へと降りた直後に地響きと共にアスファルトを叩き割り地面を陥没させる。そして次に背負った甲羅。四肢や尻尾、首や頭なども硬質で鉄の様な質感ながら、装甲そのものであるその甲羅が割れて展開を始めると、そこから無数の弾頭が出現。


 ぎょっと目を剥いたナオトが急ぎガジュマルを制止しようとその手を伸ばすが時既に遅し。ガジュマルは格納していたミサイル全てを一斉に発射した。爆音を上げて空に打ち上がり、そしてその後弾頭を四方八方へ向けたミサイルたちは各々目標に向けて飛翔。着弾し一帯を爆発と火の海に変える。


 すぐに火の中をナックルウォークで突っ切りガジュマルの元へと向かったナオトは、ニューヒューマンを一掃し喜ぶ彼女を前に語気を荒げて叱り付けた。よもや喜ばせようと思った相手から怒られたことがショックだったのかガジュマルはただでさえつぶらな瞳を真ん丸にして制止。呆れ返るナオトは顎を大きく開き、火の粉を放つそれを逆に吸い込み始めた。すると周辺を覆い尽くしていた炎がたちまちナオトの口腔へと吸い込まれ無くなって行く。


 しばらくして、全ての炎を吸収し終えたナオトは全身、甲殻の隙間に見える箇所や鼻孔、口腔から熱の揺らめきを放ちつつガジュマルを見て言った。


「ガジュマル! 彼らは敵じゃ無く救助者なんだぞ!? ただでさえキミの力は危険なんだ、少しは考えて使ってくれ!」


 ごめんなさい。そう明らかに意気消沈して謝罪するガジュマルは先程の元気いっぱいの姿とはまるで別人の、もとい別亀のようであった。

 その辺に転がる、奇跡的に気絶しているだけのニューヒューマンたちを掻き集めながら説教をし続けるナオトの一言一言の度に、ガジュマルは左脚、右脚。後ろ左脚、後ろ右脚。尻尾と最後には頭を甲羅の中へと隠して行ってしまう。


 聞いているのか。そう強く言いながらナオトが彼女が隠れた甲羅を叩くと、鉄板を叩いたような音が響くと共にはいと威勢良く言いながらガジュマルの頭が飛び出した。


「まったく……適当に蹴散らせば良いんだ。キミは消耗が激しいんだし、いざという時力を残していてくれないとボクもロメリアも皆が困る」


「ナオト、困る!?」


「嬉しがるな。でも困る。だからいいね? 分かった!?」


 はい! すっかり元気を取り戻したガジュマルが残る四肢と尻尾を甲羅から出しながら元気良く答える。そして次の瞬間には残存するニューヒューマンに向け短い四肢を一生懸命動かしながら突撃して行く。ガジュマルの皮膚とその甲羅は並大抵のことでは傷一つ付かない。しかしその単純さ、純粋とも言えるのだが、そんなところがナオトをはらはらさせて仕方が無かった。


 またまた溜め息を吐いたナオトであるが、今度はしっかりガジュマルを制御する為、彼女に合わせた行動を心掛け、ロメリアに言われた通り、彼女に邪魔が入らぬよう露払いを二人で始めた。


 今宵、ニューヨークの至る箇所で火の手が上がっていた。ニューヨークだけでは無い。アメリカ、更には世界中全ての都市で、街でニューヒューマンによる破壊が始まっていた。人々は恐怖に飲まれて行く。無害であった隣人が、突如豹変したことに。ニューヒューマンと言う存在に。そして――。


 ――そして、より強大な存在を前にして。

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