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#26 設置義務があるんだろ

 メイルズは能力を持続する限り体力を消費する。種は既に割れているが、そうだとしても実体の無いメイルズを捉えることは困難。無数の氷塊がメイルズへと押し寄せ、貫き押し潰すことで炎を散らしはしたがすぐに炎は収束し、結束。再び人の形を取り始める。反撃だけはさせまいとアイリーンは更に氷塊を自身の周囲の地面に発生させメイルズへと突出させる。だが不意打ちであった先程とは違い、メイルズもその挙動を見て回避行動を取る。彼の飛行能力はお世辞にも高くはない。直線的で機敏さもまるで無いし、出足も悪い。それでも動くことでアイリーンの氷の槍に例え貫かれたとしても完全に結束を崩される前に脱出できる。そうすれば反撃もすぐに可能。槍に体の半分を消し飛ばされながらも残る片側の腕を伸ばし、そこから火炎をメイルズは放つが、一つしか残っていない彼の目はしかしそこにアイリーンが居ないことに気付いた。


「――ンなことは分かってるのよ!」


 メイルズを追跡し、結果張り巡らされた氷の柱を駆け上って彼へと接近していたアイリーンはその牙の生え揃った顎をばっくりと開き、彼女の接近に気付きその顔を向けたメイルズの顔面へと咆哮と共に吹雪を放つ。それは万象を焼き尽くす”インフェルノ”の炎と同様、あらゆるものを凍て付かせる無情なる冷気。


 至近距離からその吹雪を浴びせかけられたメイルズは防衛本能から咄嗟に両手を前にし吹雪から自らを庇うもののそんなものでアイリーンの冷気は到底防げるわけも無し。完全に遮断する術が無い限り、吹雪に包まれた時点でそのものの命運は決まったも同然。メイルズはその炎ごと次第に”凍結”、溶かして行く勢い以上の勢いで彼は氷に包まれていった。


「これで終わりと思わないことね……」


 やがてメイルズが完全に氷の中へと閉じ込められたのを見届けたアイリーンは口を閉じ冷気の放出を停止。彼女の眼前、出来上がった氷塊の中で凍て付いたメイルズが落下を始める直前でアイリーンは身を振り回し鋭利な氷毛を逆立てた尾っぽをそれへと叩き付ける。勢いと氷の重量を乗せたその尾の一撃は重く、芯まで凍て付いているメイルズはそれを受けて直後ひび割れ粉々に砕け地上へと散らばって行った。


 きらきらと輝くとなって落ちて行くそれを見下ろした後、アイリーンは眼前のビルを見上げる。そのビルには彼女が発生させた氷槍からなる氷柱が幾本か突き刺さり地上から続いていた。


 人を四人も乗せ、その走力を落としてたアイリーンがあの一瞬もの間にメイルズに肉薄できたのには理由があった。というのも単純で、今の彼女の背中には誰一人として乗せていない。それだけのこと。荷物となっていた要救助者の男女二名は先程までの地点、アイリーンが作り出した氷壁の内側に安置。残る勇作とピースメーカーの二人はといえば……。


 アイリーンは再びその視線を目下の地上、そこに散らばった細かな氷の粒々を見詰める。獣の目をしているとは言え、視力まで獣並みというわけではない。生態変化により造り変えられたその瞳が持つ視力は人並み以上であり、細かな氷の破片一つ一つの様子も難無く見ることが出来る。彼女はその目で氷が少しずつ消滅していくのを見ていた。


「……お使いくらいちゃんとこなしてみなさいよ。ユーサク」


*


 氷槍がビルのガラス張りの壁面を突き破り、そこを伝い内部へと突入した勇作はめちゃくちゃになったオフィスを目の当たりに絶句する。当然、巨大な氷の塊が突撃してきたこともあるだろうが、おそらくはニューヒューマンたちの暴走が主な原因だろう。机や壁には何か引っ掻いたような跡や焦げ目、粉々になった何か。幸い、件のニューヒューマンは既に此処を後にしているようでもぬけの殻であった。勇作はそんなオフィスを駆け回り、ある物を捜索する。右へ左へ、机の下やカーテンの影など、端から端へ走り抜けるが、しかし何処にも見当たらない。


「設置義務があるんだろ……何で無いんだよ!? 何処だ、消火器!!」


 この階のオフィスには目当ての消火器は見当たらない。そして勇作は次の階かもしくはそこに到るまでの通路のどこかにそれがある事を願いながら廊下へと飛び出し駆けて行く。よもやアイリーンが敗北するなどとは思わないまでも、それでも明らかにその力を強めているメイルズは危険だ。自分が非力である事は何よりも理解しているつもりでも、しかし彼女にばかり危険を押し付けたいとは勇作も思っていない。そしてピースメーカーも同じ様にメイルズ打倒に取り組んでいるのだ。今ばかりでも、勇作は彼から相棒に選ばれたのだから、彼の期待にも応えたい。


 廊下をどうせ動いていないエレベーターを無視して階段まで走り続ける。途中いくつか転がっている消火器を見付けはしたがいずれも壊れていたり既に使用されてた後で使い物にならない。角を曲がり、現れた階段を見上げると勢いを止めずに一息に跳ぶ。半分程階段を飛ばし、残りも一飛び。ピースメーカーのような身体能力が向上する力に目覚めたニューヒューマンであればそれこそ折り返しまでの階段など踊り場まで一飛びなのであろうが、勇作の能力は極めて微少である為にそれすら難しい。


 次の階へと上がった勇作はオフィス目指し駆ける。やはり廊下には使える消火器は無かった。オフィスと廊下を区切るのはガラスであったが、曇り加工されているせいでどちらからもどちらを窺い知ることが出来ない。入り口までもう少しと勇作が更に速く駆けようとした時であった。どうせ見えないのだからとオフィスの方に意識を向けていなかった勇作であったが、それが仇になった。彼の真横。曇りガラスに大きな影が浮かび上がる。そこでようやくその影に気付いた勇作だったが、理解する前に影はガラスを突き破り、勇作へと襲い掛かった。


「な――」


 砕け散り、飛散したガラスの破片の中、勇作がそちらを向くとそこには人の形を逸脱した、しかし人の面影を残しもする怪物が彼へとその蔦の絡み合ったような異形の腕を振るう。不意を突かれ、対応の間に合わない勇作はその腕の一撃をまんまと受けてしまい廊下の来た道へと吹き飛ばされる。胸に強く鈍い痛みを覚えながら廊下の床に強かに背中を打ち据えた上で勢い余り滑って行く勇作は、しかしガントレットの装着された片手を廊下へと押し付けて勢いを殺す。ようやくその体が止まると、勇作は仰向けのまま顔を上げる。


「――ちょ、たんまたんま!?」


 そこには既に彼目掛けて突進してくる怪物の姿があり、痛みを堪え跳び起きた勇作は意を決し怪物の脇目掛けて飛び込む。間一髪、追撃する怪物の脇を通り抜けることに成功した勇作は受け身を取りながら着地をも成功させる。転がりつつ背負ったバックパックとの間に挟み込まれた特殊警棒、”ライオットSP”。スタンガンとしての機能も備えたそれは勇作の膂力に合わせて通常の警棒よりも幾分か大型で、野球に使うバットくらいの大きさがあった。勇作はそれを手に構え戦闘態勢を整え、それを見据えた。


 勇作を捉え損ね、不服そうに唸り声を上げる怪物の体は比較的広いと思われる廊下の幅を埋め尽くす程に巨大で、そのまだ人らしい頭は天井に届きそうな程であった。振り返り、ライオットSPを構える勇作を再びその濁った眼に捉えた怪物は、その口を大きく開きおおよそ人の物とは思えない咆哮を上げる。


 異形化したニューヒューマン。一部の暴走したニューヒューマンは彼のように人の姿を逸脱し、濁った瞳とえらのような器官が発生。時にはタコやイカに見られるような触腕すらその体から生えることもあるようだった。勇作の目の前に居るそれには、その全てが見て取れる。。”マン・ディープ・ワン”。


「強そー……マジ、ヤバ……!」


 マン・ディープ・ワンを前に、その威圧感に気圧される勇作であったが、それでもライオットSPのグリップに設けられたスイッチを人差し指で押し込み、それに電流を流しばちばちとけたたましい音を立ててそれを威嚇する。が、その程度ではどうやら怪物は怯んでくれない。その目には恐らく勇作しか映っていないのであろう。


 勇作の額に浮かんだ汗が流れ、目元のはちまきに吸われる。そして砕け散りながらもまだ枠に残っていたガラス片が遂に耐えきれず枠から離れ、そして床へと落ち音を立てた直後、咆哮するマン・ディープ・ワンが肥大化した右腕を突き出し、それを構成する触手を勇作へと伸ばした。

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