#25 負けたなんて、私は一言も言ってないんですけどねえ!!
定時更新できずに申し訳ありません。明日も落とすかも……
そこに居たのは間違いない。今日エンパイアステートビルにてオーバーサイクと対峙し、そして撃退された火炎のニューヒューマン”メイルズ・ホームス”が確かにそこには居た。既に日も落ち、彼の能力たるその炎が暗がりに満ちようとする街を照らし出す。炎と化したその体、頭部に浮かぶ二つの眼が跳ぶアイリーンとその背に乗る勇作とピースメーカーを見上げる。その目は獲物を捉えた狩人のそれと同じ。
オーバーサイクに敗北した後、メイルズはニューアルカトラズへと送られたはず。それは確かであるのにも関わらず何故此処に居るのか。勇作の意見はもっともであったが、脱獄したのだろうとピースメーカーはしかし冷静であった。脱獄不可能なニューヒューマン専用の監獄島。だがその実、それを覆し脱走して見せた犯罪者はそれなりに居る。その都度チームバリアンツやオーバーサイク、イーグルガイなどがそれを撃退し再逮捕されてきた。もちろん、ピースメーカーも。しかしそれでもニューアルカトラズが稼動し続けるのはやはり他にニューヒューマンなどの超能力犯罪者たちを収容しておける場所がないからだ。
今回に限っては変異というそもそもの規格すら変容させるような異変がニューヒューマンたちを襲っている。しかもその規模は世界中に及んでいるのだから、ニューアルカトラズとて混乱に当然陥ったことだろう。その隙にでも逃げ出してきたのではないかとピースメーカーは語り。そしてそのすぐ後に警告する。
空中に氷塊を発生させたアイリーンはそれを蹴って己の軌道を変える。すると先ほどまでアイリーンの居た場所を立ち上った炎が焼き尽くした。地上のメイルズが放った炎だ。彼はその能力であらゆる距離を攻撃できる上に飛行も行える。しかしアイリーンは攻撃のレンジこそメイルズと同等ながら飛行を行えない。空に居ては不利と判断した彼女はビルの壁面へと四肢の爪を突き立て、落下する前に壁面を駆けて降りて行く。
メイルズはその場に居ながら、伸ばした炎塊たる腕から炎を放ち、ビルを駈け降りて行くアイリーンを狙った。メイルズの放つ火球を右へ左へと跳びながら避け。その度に背に乗る勇作らは振り回されつつも何とか地面へとアイリーンは到達する。
「身の程ってのを教えてやる……!」
そして咆哮を上げるアイリーン。その声は冷気を呼び、氷塊を出現させる。鋭利な切っ先を携えた巨大なその氷の群はメイルズへと迫る。勇作はメイルズがオーバーサイクと戦う一部始終を件の事件以降、ネットに上げられていた動画から視聴していた。それ故知っている、メイルズが実体を持たない炎そのものであることを。
アイリーンにその事を勇作は忠告するが、当のアイリーンはそれを一蹴。黙って見ているようにと告げると、やがて迫る氷塊を回避するべく、両足の火炎を地面へ向けて噴射し宙に浮かび上がろうとしたメイルズ。しかし伸びた氷塊は彼の右足を貫く。勇作の言葉通り実体の無いメイルズを氷の槍は貫通するが、そのまま逃げおおせようと彼がした時、氷の切っ先より更に氷が広がりメイルズの体を全身包み込み見事に彼を氷の中へと封じ込めた。
「すげ……」
「まあね。こんなもんよ。”ニューヒューマンなんてね”」
得意気に鼻を鳴らすアイリーンであるが、どうしても余計な一言が付く。それは明らかなピースメーカーへの挑発であり、なんなら背中の彼を振り向き見てすらいた。まるで隠す気の無いアイリーンの嫌味、何故そんなことをする必要があるのかと勇作は恐る恐るピースメーカーへと振り返るが、そこには彼女のその安い挑発にまるで顔色一使えていないピースメーカーが居た。
ほっと胸を一撫でし、安堵の溜め息を吐いた勇作であったが、件のピースメーカーは氷漬けにされたメイルズを見詰めながら、まだ終わっていないことを二人に告げる。驚く勇作と、自身の氷の”特性”を理解しているアイリーンは彼の言葉が信じられずに再び前を、そして完封したメイルズを見る。そして見開かれた二人の視界には、アイリーンの氷をその炎で溶かし蒸発させながら自由を取り戻したメイルズの姿が写る。
「そんな馬鹿な……あり得ない!」
「事実出てきてるだろう!? くるぞ!」
メイルズは白熱する口腔を外気へと曝す、そこに渦巻く炎が集束し、増幅し、火力を増して、そしてピースメーカーの声と共にそれは火炎放射となりメイルズの口から放たれた。悪態を吐くアイリーンの意思に反応し彼女の前肢二つから霜が地を走る。霜はある程度の距離を過ぎるとその時点で氷塊を形成し、巨大かつ分厚い氷の壁をそこに築き上げた。
氷と炎がぶつかり合い、飛散した炎の欠片が氷の壁の影からちらほら見える。結局は”ただの”炎。先ほどの事はきっと何かの間違いだとアイリーンは考えながらも、どうしてか己の自慢の氷から目を離すことが出来ないでいた。
「……ちょっと、ヤバいんじゃね……ヤバいって!」
「クソッ! 何でだ!?」
壁の中心部分が白く発光を始め、蒸気が空へと上がり始める。白はやがてオレンジ色に、そして赤くなった時、氷の壁のど真ん中が円形に弾け飛び火炎が噴き出してきた。勇作の悲鳴に混じりアイリーンの驚嘆が上がる。彼女は迫る火炎を横へと跳躍し回避するものの、壁を破られてからの回避であった為、火炎は彼女たちのすぐ横をすれすれで通過して行きそれから発せられる熱に勇作がもう一つ悲鳴を上げた。
ピースメーカーとアイリーンが彼の身を案じるものの、勇作は大丈夫と言い右手に装着していたガントレットを脱ぎ捨てる。火炎の熱に当てられたガントレットがその熱を持ち溶解を始めていたからだった。
「かすっただけで……あれじゃまるで……」
その光景を後ろで見ていたピースメーカーは高々メイルズ程度の筈の炎を見てある人物の姿をその脳裏に過らせる。それはかつてこのニューヨークに存在していた超人”インフェルノ”の姿。失踪したという知らせが流れてから既に数年が経過していながらも、彼の圧倒的な存在感は接したことのある人物であれば忘れることはないだろう。そんな”インフェルノ”もまた炎を操った。正確には炎であって違う”何か”を。
紡ぎ掛けたピースメーカーの言葉を遮り、アイリーンは自分も同じだと怒鳴り声を上げる。”インフェルノ”と同じ。それは彼女の拠り所であり、自信の源であり、プライド。
氷を溶かしきり、そして遂に空へと上がったメイルズはそこから火球を撃ち出し地面を駆け巡るアイリーンたちを狙う。アイリーンの走力は狼と言うこともあり並ではないが、大勢を背中に乗せていることもあり本来の機敏さを発揮できず、徐々にメイルズの炎は彼女を捕らえ始める。直撃するものは地面から、時には宙に直接氷塊を発生させ防ぐものの、やはり彼女の氷はメイルズの炎により溶かされてしまう。
物理的な破壊はこれまでもあったが、気温や熱によりアイリーンの氷が溶けたことは無い。彼女の氷とはそう言うものなのだ。勇作もその事は知っている。彼女と日本で過ごした時間は短いものであったが、彼女を求めてはるばるニューヨークに来るまでには印象深く、その氷が彼女の意思次第であると言うことも知っていた。
「あい……ヴァナルガンド、まだ負けちゃいないぞ。溶けたからって、それは君の氷がアイツの火に負けたってことじゃあない! オレも、ピースメーカーも居るんだ。アイツをここでぶっ倒してこの人たちを安心できるところに連れていこう」
「どの道、メイルズ・ホームス、あの野郎をシェルターまで連れてくわけにはいかないしな。よく言った、坊主」
「是非! U-フェンスって呼んぶあっ!?」
であれば今の彼女の傷心を何とかしてあげられるのは自分しかないと、意気揚々と勇作はアイリーンへと自信が付きそうな言葉をかける。これは彼のお気に入りの漫画で主人公が仲間にかけた言葉の引用であり、そこに若干のアレンジを加え、そして締めを取って付ける。
するとそこにピースメーカーが補足的にメイルズを倒すことの重要性を告げた上で、勇作のことを褒めると、その勇作と言えば酷くご機嫌な様子で彼に振り返り自らを”U-フェンス”と、そう呼ばせようとする。だが直後に火球と氷塊がぶつかり合い、発生した大量の蒸気が勇作を襲う。
そして立ちこめる蒸気。浮揚するメイルズは晴れ行くそれをじっと見詰めた。
「――全く、役立たずが揃いも揃ってさ……負けたなんて、私は一言も言ってないんですけどねえ!!」
直後のこと、晴れ切らない蒸気を引き裂いて溢れ出したのは大量の氷。鋭利な切っ先を携えた、無数の氷の槍だった。一本一本が太く鋭いそれはメイルズを捉え、彼の原形が留まらぬ程に滅多刺しにして行く。その氷の槍の根元、そこではメイルズの居た場所を見据え、堂々と四肢を地に構え立ち向かうアイリーンの姿があった。




